「未来は今」ヘイル、シーザー! 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
未来は今
1950年代ハリウッドが舞台のコメディ。
「フューチャー」を名乗る脚本家集団が、大作主演俳優を誘拐して映画スタジオは右往左往の大騒ぎ…というストーリー。
スタジオは、俳優の無事がどうのというよりも、主演がいなくなって撮影が延びる→エキストラの時給など費用がかさんで困るという、金銭的な問題に直面する。早く事件を解決しなければとフィクサーのエディ・マニックスを投入する。
対する脚本家たちも正当なギャラが支払われない代わりに身代金を要求するんだと主張する。こちらも金銭的な問題だ。
この誘拐事件、当時頻発した映画業界のストライキを、戯画化したものだと思う。ストライキにより撮影がストップ、スタジオ側はスト破りに四苦八苦した(その様子は「ビッグ・ノーウェア」などの小説にも出てくる)。
当時の左派「ストライキ」、それに対するスト破りや赤狩りなど、政治的・思想的・文化的な問題として語られがちだが、現場のスタジオにとってみれば、「撮影が延びて予算オーバーですごく困る」という金銭的な経済的な側面もあったんだなと思う。
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映画業界のストライキで印象深いのは、むしろ近年2007〜2008年に起きた全米脚本家ユニオンのストライキの方だ。大規模なストで、映画やテレビシリーズの製作がストップしたり、その年のアカデミー賞の開催が危ぶまれたりで、かなり話題になった。(こちらのストも利益配当を求めたものだった。)
50年代も、50年代の未来…つまり現代も、経済的な問題で右往左往している点で、変わってない。
監督自身の言葉を借りるなら
「ハリウッドは根本的な点で変わらなかった。あなたは過去の話と思うだろうが、現在の姿でもある。過去も現在も、非常に似通っている」
ことを描いた映画なのではないか。
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変わってないのは、経済的なことだけでなく。
本作に出てくるような大根大物俳優も、ビッチな女優も、煩いゴシップライターも、今だっている。
この映画で描かれた、脚本家がその思想を映画の中に忍ばせたように、宗教家が己の主張を映画の中に入れ込んだように、映画は何らかのコマシャールを孕んでおり、今ならさしずめ車や飲料の製品コマーシャルが差し込まれてたりもする。
映画は、経済であり、コマーシャルであり…といった、コーエン兄弟の自嘲とも不満ともとれる作品のようにも思えるが。
いや、そうではなく、いろんな制約がある中で、いろんな右往左往がある中で、昔から映画は作られ続けてきた。その様子はまるで本作のようなコメディさながらであるが、それでも、50年代素晴らしい映画が作られたわけで、今だって可能な筈だという願いが込められているようにも思える。
本作、過去への愛惜ではなく、未来への願いを描いた映画なのではないかと思った。
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追記1:
主人公エディ・マニックスは、実在の人物だ。スタジオの大株主ニコラス・シェンクの配下にあった。シェンクとスタジオの利益を守るためなら殺人も厭わずの黒い噂の絶えない人だった(この映画では随分とまろやかに描かれているが)。マニックスが仕えていたのは、株主であり、映画ビジネスである。
彼の神が「映画ビジネス」なのだとしたら、実際の彼の悪行も、利益を支える善行である。本作中、マニックスが懺悔をして神父から「そうたいして悪い事をしてない」と言われるシーンがあるが、映画ビジネスの神からみれば、彼は善人である。
昔から
映画を作る→観る人がいる→お金が儲かる→また映画を作る
という経済の循環があって、現在に至っている。映画は続いている。マニックスの神は「映画ビジネス」であり「映画そのもの」でもあったのだと思う。
(ちなみに、実際のマニックスの私生活に触れた映画『ハリウッドランド』は、めっぽう面白い。当時のスト破りの話も、ほんの少し出てくる。)
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追記2:
スカーレット・ヨハンソンが演じたのは、ロレッタ・ヤングとエスター・ウィリアムス、二人の女優の混合型。
エスター・ウィリアムズのスタントなしのアクション(?)って、本当に度肝をぬく(『イージー・トゥ・ラブ』の水上スキーなど)。今、これに本気で対抗できるのは、トム・クルーズのミッションシリーズくらいだと思う。そんなエスターをコーエンが扱うのは、ちょっと無謀な挑戦だなあと思った(判ってて敢えてやってるのだと思うけど)。
チャニング・テイタムのミュージカルシーンは、大変チャーミングでテイタムらしいフラがありとても楽しめた。ジーン・ケリーの床を感じさせない優しいステップとはまた異質であるが、それでも、大変魅力的だった。往年ミュージカルを模した映画『ペニーズ・フロム・ヘブン』はミュージカルシーンを完コピしておりジンジャーが生き返ったのかと鳥肌がたったが、それとはまた違うアプローチで面白かったと思う。
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引用元:
economist.com(Feb 12th 2016)
Not that Hollywood has changed in certain fundamental respects. You do read these recollections of particular productions in Hollywood, and there are certain ways in which you think that was then and this is now, and there are other ways in which you think it’s really very, very similar.