「「少女」だった主演女優が「大人」の扉をノックする。」ブルックリン 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
「少女」だった主演女優が「大人」の扉をノックする。
時々、映画は「少女」と「女性」の狭間に立った女優の一瞬をレンズに捉えることがある。「ブルックリン」は、まさにシアーシャ・ローナンが少女から女性へと美しくメタモルフォーゼする映画だ。「つぐない」ではまだ中学生だったシアーシャ・ローナンが年齢を重ね、今作で「大人」の扉をノックする。まだ大人にはなりきれていない、しかしもう子どもではないローナンの顔つきや体つきが、ヒロインの繊細な心の機微をセリフ以上に雄弁に語る。この役とシアーシャ・ローナンの出会いはまるでひとつの奇跡のようだ。
物語は初めての恋と迷いを描く。特に前半部分の、お互いに好意を持ち始めた者同士の初々しくも熱っぽい交流の描き方が爽やかで良い。この辺は脚本ニック・ホーンビィのうまさを感じるところ。そして中盤から舞台を再びアイルランドに戻してからは、一度極限まで接近した二人の心が静かに離れていく危うさを描く。姉の死、母の不安、友人の結婚、姉の仕事、そして新しい出会い・・・と言う具合に、ヒロインを引き留めようとする力がじわじわと働き始め、まるで言い訳のように滞在を引き伸ばしてしまうその姿に焦らされる。アイルランドとブルックリンの一往復が引き起こした変化の積み重ねが、そのまま少女が女性へ羽化する変化と連動して実にドラマティックだった。
結末には少し不満が残る。ヒロインが恋の迷いから目を覚ますその展開が、ヒロイン自身の力で迷いを振り切るというよりも、他人に刺激されて反動のように答えを出した(ように見えてしまった)のは、いくらか心許ない動機だろう。夫から届いた手紙の封も開けられないほど、そしてその手紙の返事も書けないほどに心が揺れていたのは事実だ。それを振り払う力が、ヒロインの内側からではなく外側からのベクトルで生じたという点だけがどうしても納得いかず、★5つにできなかったたったひとつの理由だ。
作中のローナンが纏うファッションが目に楽しい。登場は田舎娘らしく冴えない地味な服を着ているが、洗練を獲得するにつれて、色彩豊かでセンスのいい着こなしが見えてくる。グリーンのコートも良く似合っていたし、黄色のワンピースも可憐で爽やかで愛らしい。シンプルなデザインなのにぐっと目を引く、というのは本当に洗練されたお洒落だと思うし、それを着こなせるローナン自身の魅力に因るところでもあると思う。
この作品のように、大人の女性へと成長しようという若き女優の背中をぽんと押してやれるような映画が日本でも生まれてほしいと思う。そうすれば、日本の若い女優たちにも充実した年齢の重ね方が許されると思うのだが・・・(日本の女優さんは、ちょっと容姿が大人っぽく成長しただけで劣化呼ばわりされていて本当に気の毒だ)。