美女と野獣のレビュー・感想・評価
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名作中の名作
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調子に乗った王子が魔女から野獣の姿にされる。
そして誰か女に愛されなければ元に戻れないルール。
野獣は城に美女の父が迷い込んで花を摘んだ事に怒り監禁。
助けに来た美女が自ら捕虜となり父を逃がす。
やがて美女が脱走、狼に襲われたところを野獣が助ける。
さらにそれで傷ついた野獣を美女が城に連れ帰って看病する。
そんな中で2人は仲がよくなり始める。
だが美女を好きな最低野郎が父を殺そうとし、監禁しようともする。
それを知った美女は父を心配し、野獣は美女を解放する。
それで最低野郎は美女が野獣を愛しかけていることを知る。
で民衆を煽って大勢で野獣の城に攻撃を仕掛ける。
途中で美女が到着、最低野郎は野獣を撃つも転落死。
野獣も死んだ・・・と見せかけて、魔女が全てを戻してくれた。
こうして家来共々人間の姿に復活、ハッピーエンド。
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このストーリー、知ってたんかな?少なくとも覚えてなかった。
それもあって感動したなあ、ええ話やわ。
抑圧され心を閉ざした人物が解放される映画って胸を打つ。
劇場で見て、正直最初の30分くらいは退屈で寝てもたんやが、
途中からは嬉しいやら辛いやらで涙が止まらんかったわ。
ミュージカル映画自体苦手やったけど、意外と悪くないね。
しかしこの魔女って、なんちゅう意味不明なルールで野獣にしたんや?
正直、一体何の目的やったんかよう分からんわ(場)
ガストンの嫁は、そりゃ嫌だろうね。
初めて「美女と野獣」を観たのだけれど、こんな最先端なヒロインがディズニーにいたなんて!と衝撃を受けた。
アニメ版は1991年なのだから私は観ていてもおかしくない訳だけれど、お姫様の登場するような物語から足を洗うのが早かったせいで全く興味がなかった。
「ダークナイト」や「キングスマン」や「ヒメアノール」が戴冠するビデオ屋さん大賞で1位を獲得しているのを発見してなかったら観ようとは思わなかったんじゃなかろうか。
この映画は「こじらせ草食系男子」の野獣を「ゴーイングマイウェイ女子」のベルが導く物語だ。生きたいように生きて何が悪い、と言わんばかりのベルに「強い子だなぁ」と思わずにはいられない。
既存の価値観(野獣=危険・野蛮、女は本を読まないなど)にとらわれず、助けたいものを助け、行きたいところへ行き、やりたいようにやる。
一方の野獣は父の価値観に乗っ取って振る舞い、そのせいで魔女から呪いをかけられ、煽動された村人に城を襲われる受け身っぷり。超受け身。
最後そんな野獣が頑張れたのは、そんな自分でも受け入れてくれていたベルの姿が目に入ったから、なのだろうか?
話をまとめるためには必要なんだろうけど、最後は「戦う男と見守る女」の図になっちゃったような感じではあった。
でも、とにかく利発なベルが輝いていて気に入ったね。素敵だった。
原作から約260年、アニメから約四半世紀、少しずつアップデートされているのだろうけど、今支持されるヒロインにマッチしていてとても楽しめた。
欲を言えば、もう少し野獣を掘り下げて欲しかったかな?野獣と化したからこそ自我を超越したみたいな、哲学的解釈を…。それは無理か。
良い実写化
かなり最高な実写化だと思う。
歌がいいよね!
ディズニーらしいミュージカルな演出が実写で出来てますよねディナーのところ。
序盤の村でのミュージカル好きすぎる。
エマワトソンの美しさに見惚れる。
バラが全て散って物になっていくシーンが泣けた。
切ねえ・゜・(つД`)・゜,
呪いが解けてみんな喜ぶシーンがそれはそれで嬉し泣きでした。
良い映画だった。恋したくなったわえへ
17.11.28
ディズニー
レビューしていると思ってたら、まだだった。
映画館でも観て数年後TVで観た時、前後してアニメ版も放送されたので、見比べられた。
ほぼ同じ。
エマ•ワトソン可愛い。
黄色のドレスを着てダンスするシーン。
白や赤、ピンクでもいいのに、なぜ?
何で黄色かと言うと、アニメ版も黄色だったから。それくらい似せている。
野獣役の俳優さん、最後の最後で顔を出していた。ハンサムなのにもったいない。
確か、本だと、追憶シーンとかで、魔法使いに野獣にされる前とかに人間の姿の時があったと思うけど、アニメ版に倣え❗️で、アニメ版に無い事はしない実写版。
ただの『美女と野獣』ではない、
ディズニーの、『••••』
だった。
感動作!歌も物語も最高!
私自身、『美女と野獣』自体が大好きであるということもあるが、冒頭の城のパーティシーンから世界観があり、過去の過ちとして雰囲気が抜群だった。転じて、朝の風景の描写では軽やかな歌と共にベルと町の生活が垣間見れ、映画冒頭から美女と野獣の世界に引き込まれた。晩餐会や決闘のシーンなど、作品を通じて、原作を忠実に再現しつつ、ミュージカルとしてストーリーと歌が上手くマッチしており、素晴らしい作品であった。また、野獣とともに愛の形について考えることができる作品であった。
美しい
昔から何度もディズニーの映画を観ていて心底大好きだったため、中々観る勇気が出なかったのですが、観て本当に良かった!!
思い入れのあるあれやこれやのシーンをこんなにも美しく映像化してくださって、感謝の想いでいっぱいです。
品と知性溢れるパパ、役者さん絶対良い人でしょ⁈が顔に出ちゃってるガストン、めっちゃいい奴なルフウと、周りの人たちもとても魅力的で、どこを観ても楽しめました。
お城のキャラクター達も最初ギョッとしましたが、ナルホド現実になるとこんな感じなんだなという体験ができて楽しかったです!!
ルフウ、ガストンの事を親友としてじゃなく、そういう意味で好きだったのかなと最後の舞踏会シーンで男性と組んだ時の反応で思いました。
ベル…エマワトソンにありがとう…
本に感激するシーン、野獣と負けじと言い合いするシーン、恋が芽生えていくシーン、最後駆けつけるシーン😭😭😭
どこをとってもベルでした。
ベルの新しい表情を見られたと感じる事ができ、本当に幸せです。
や〜、良い映画でした。
ディズニー
喋る家具達が可愛いし、歌も良い。
ガストンが死んでも誰も悲しんですらなくて悲しい。
そこまで悪い人じゃないのに、、。
ストーリーはそんなに。
最後の魔法が解けてみんなが人間に戻るところはちょっと感動した。
二人の恋愛だげではない。母の言動に感動。
ディズニーアニメを実写化された作品では個人的にナンバー1の作品です。
映像、ストリー、主題歌を含めた音楽、配役等々どれも素晴らしいの一言。
物に変えられた召し使いも可愛らしい。
特にポット婦人親子は最高です。!
このストーリーには絶対必要な人ではなく、ポットです。!
主人公ベルや野獣になってしまった王を温かく励ます存在。!
「母親の力に勝る物無し。!」
母親と言えばこの映画で個人的に一番感動したシーンは、野獣の王かビルに、幼い赤ちゃんのころの映像を見せるシーンがあります。
それは、ビルの母親が当時の不治の病「ペスト」にかかってしまい幼い我が子にこの病気が移らないよう、妻から離れられないビルの父親に対して「この子をつれてここから出ていって。!」と言い放つシーン。!
何とも切なく、何ともやりきれないシーンですが、母の非情だが深い愛情と決意を示す忘れられないシーンです。!
子の為なら自分の命はいとわないその潔い姿勢、まさしく菩薩。!
「女性は弱いが母は強し。」ですね。
(男は駄目だなー。!)
「母は偉大です。!」
ビルと野獣になった王は勿論ハッピーエンドになります。
ビル約の「エマ ワトソン」可愛らしく役にピッタリ合ってました。
いつの時代になっても子供から大人に感動をあたえてくれるディズニー映画の代表作と言っても言い過ぎではないでしょう。!
アニメ版と比較すると
公開初日に観に行き、その後地上波でのものを繰り返し観ましたが、アニメ版の美女と野獣が好き過ぎるあまり、比較ばかりしてしまいました。
美女と野獣はここが良い、という個人的なポイントが実写版で尽く潰されていたので、その点を記載したく。
感情が入り口調が乱雑で申し訳ないです。
1.魔法の解け方
愛し愛されることで魔法が解ける、という前提どこいった??アレ??冒頭で説明…アレッ??
最後お情けで解いてあげたん?魔女がちょこちょこ登場していたのなんのフラグ?いる?しかも最後踊って…エッ??
製作者陣、皆「愛してる( I love you )」アンチ勢ですか?もしかして連載長すぎて初期の設定ガバガバになっちゃうアレですかー?!
…が一点。
2.図書館
図書館先輩軽ゥ!!!扱い軽ゥ!!!!
野獣がベルへのプレゼント何にしようかなーどうしようかなーって一生懸命考えて、本が好きなら喜んでくれるかな?ベル喜ぶかな?って野獣がワクワクしながらベルにお披露目されるはずなのにアッサリィ?!
“通りがかったんで寄ってみましたわ〜あ、そんな欲しいならあげるけど?“っていう野獣テンション何?!私の知ってる野獣じゃないぞ?!
あれここファンとしては大分大事なシーンなんですけど、こっちはドキドキしながらスタンバってたんですけど??!
…という私の混乱ポイントで二点。
3.ベルが早めに王子だと知ってる
正体が誰か知らないからこそ、最後に「僕だよ、ベル」「あなたなのね!」の名シーンが生まれるんじゃあないですか!!!
いやベルお前先に話聞いて野獣は王子ってもう知っとるやないかーい!!逆になんで確認してるの?!
あやうくスクリーンに突っ込むところでしたよこっちは!!
…というツッコミだけの三点
ここから冷静さが多少帰還いたしましたが、私個人ではベルという女性の気品が、映像よりあまり感じられなかったです。
エマ・ワトソンさんは大好きですしとても美人ですが、あくまで個人的なベルではなかった気がします。
最初のシーンで街を歩くベルの姿勢の悪さ。あとなんでそんなに腕を振って歩くのだろう、という。
その後のシーンでも歩き方を始め所作に雑さを感じてしまいました。
イメージでは奔放ながらも品のある女性がベルでした。
選考に残ってたらしいリリー・コリンズさんの方が適役だったかなと思いますが、だからと言って、私は上記と同じ感想を抱いて一人でつっこんでいると思います。
結論といたしましては、アニメ厨なので色々申しましたが実写化してくださってありがとうございました!!!
基本的にはアニメ版を忠実に再現。 だからこそ、何故実写化したのか?という疑問が付きまとう…。
1991年公開のディズニーアニメ『美女と野獣』を実写化。
変わり者と陰口を叩かれていた美女ベルと、呪いにより野獣へと姿を変えられた王子との恋を描くラブ・ファンタジー。
脚本に『RENT/レント』『ウォールフラワー』のスティーヴン・チョボスキーが参加している。
主人公ベルを演じるのは『ハリー・ポッター』シリーズや『ウォールフラワー』のエマ・ワトソン。
野獣へと姿を変えた王子を演じるのは、『ナイト・ミュージアム エジプト王の秘密』『シンクロナイズドモンスター』のダン・スティーヴンス。
ベルを狙う乱暴な青年ガストンを演じるのは、『ワイルド・スピード EURO MISSION』『ホビット』シリーズのルーク・エヴァンス。
ティーポットに姿を変えられたメイド長、ポット夫人を演じるのは、『ラブ・アクチュアリー』『ハリー・ポッター』シリーズの、オスカー女優デイム・エマ・トンプソン,DBE。
時計に姿を変えられた執事、コグスワースを演じるのは『X-MEN』シリーズや『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの、レジェンド俳優サー・イアン・マッケラン。
燭台に姿を変えられた給仕頭、ルミエールを演じるのは『トレインスポッティング』シリーズや『スター・ウォーズ』シリーズの、名優ユアン・マクレガー。
チェンバロに姿を変えられた宮廷音楽家、マエストロを演じるのは『ターミナル』『プラダを着た悪魔』の、名優スタンリー・トゥッチ。
第25回 MTVムービー・アワードにおいて、作品賞を受賞✨
リメイク元であるアニメ版は、アニメーションながらアカデミー賞の作品賞にノミネートされた傑作。
あまりにも有名な作品である為、実写版の観客の多くはこのアニメ版を観賞済みなのでは?
ちなみに自分もこのアニメは大好きで、幾度となく見返しております😆
これほどの有名作品が元になっている以上、本作をアニメ版と比較して語ることは宜なるかな。
あの名作と比べるのは少々可哀想な気もしますが、これもリメイク映画の定めでしょう。
率直な感想は、「これならアニメ観りゃいいじゃん!」です。
確かに元になった1991年のアニメーションを丁寧に実写化していますが、丁寧にすればするほど、「アニメの方が出来いいじゃん…😅」という感想に…。
アニメ版の最大の見所である、ベルと野獣のダンスホールの場面も、再現こそしっかりと出来ていましたが、なんだかこぢんまりした印象であまり感動できませんでした。
いや、感動することはするんですが、それは偏にアラン・メンケンの音楽が素晴らしすぎるからであって、映像面で感動したわけではないんですよねぇ…。
ストーリーラインはアニメを忠実に再現しているが、当然実写化にあたり改変している点もある。
アニメ版ではギャグキャラクターという側面のあったガストンやベルの父・モーリス。
しかし、本作では狂言回し的なキャラではなくシリアスなキャラクターに変更。
その為、アニメ版ほど笑えるポイントがなく、面白味が減ってしまっている。
「つよいぞ、ガストン」の場面はもっと破茶滅茶で笑えるシーンにして欲しかった…。
また本作には、アニメ版では語られることのなかったベルの母親に関するエピソードが追加されている。
このベルの母親ネタは無い方がスマートだったんじゃないかなぁ、と思います。
ベルと野獣が突然パリに瞬間移動して、彼女の母親の過去を知るという展開が唐突すぎるというか、映画全体の雰囲気とあっていなくて浮いてしまっている印象を受ける。
この時用いた「どこでもドア」的なアイテムも本作のオリジナル要素だが、これが良くない!
アニメ版、本作ともに「魔法の鏡」というキー・アイテムが存在する。この「魔法の鏡」はクライマックスの展開に繋がる超重要アイテムなのだが、この鏡が登場する前に上位互換のようなアイテムを登場させては、魔法の鏡の役割が弱くなってしまうでしょう。
本作はアニメ版の表面を上手くなぞって実写化しているものの、ディズニー・アニメーション特有の映像的面白さが上手く再現できていないと思うのです。
そもそも『美女と野獣』って、物語自体はそんなに面白くない作品だと思うんです。作中の経過日数とかかなりデタラメだし、展開にも無理があるし…。
じゃあ何が素晴らしいのかというと、革新的なアニメーションと愛らしいキャラクター、そしてアカデミー賞を獲ったアラン・メンケンの素晴らしい楽曲の数々!
アラン・メンケンの音楽は本作でも素晴らしく、アニメで使われていた楽曲は勿論の事、新たに書き起こされた楽曲も最高でした。
しかし、アニメ版にあった映像の躍動感は失われており、キャラクターもアニメ版ほど面白くないので、リメイク元と比べ劣っていると感じてしまうのは仕方のないことだと思います。
華やかだけど全くテンションが上がらない作品だった。
全くアニメ版を観たことがなければ楽しめると思うのですが、それならまずアニメ版を観ることをお勧めします。
美しい音楽と共に美女と野獣の世界へ
ディズニー作品の中でもアラジンと共に数ある作品の中で最も好きな作品の一つ。この実写も年に数回は見てしまい、今回もリバイバル上映をやるとの事で劇場まで足を運ばせてもらった。
美女と野獣の好きな理由として恋愛までの過程が非常にシンプルで見やすい。そのシンプルの惹かれあいこそが恋愛の過程の根本であり、魅力を感じるのかもしれない。
そしてアラジンもそうだが、美女と野獣は劇中内で使われる音楽が非常に素晴らしい曲がいくつも使われておる。
そこがアラジンと共に数あるディズニー作品の中でも魅力を感じるところだと個人的には評している。
この実写作品はアニメーション版に比べるといくつかストーリーやセリフに変更点はある。もちろんそこに違和感を抱く場合もあるかもしれないが、個人的には美女と野獣の好きなところは、互いが心を開き合いゆっくりゆっくりと距離を縮めて愛を育むところである。
その点においてはこの作品でも丁寧に描かれていた為個人的にはとてもこの作品に魅了された。
そしてなにより美女と野獣の魅力の一つである素晴らしい音楽の数々。美女と野獣、朝の風景、ひとりぼっちの晩餐会、愛の芽生をはじめとした素晴らしい音楽を素晴らしい俳優人たちで奏でてくれる。この素晴らしい、美しい音楽こそが美女と野獣の1番の魅力でありその音楽と共に美女と野獣の世界に没入してしまう。
序盤の朝の風景で興奮を覚えこの世界に簡単に入ってしまい、やはり美女と野獣が流れた時には興奮の限界を超えて自然と涙が流れた。
映画作品は色んな見方があると思うがこの作品に関しては個人的には心で観て感じ、楽しめる作品だと思ってる。
もちろん根本にはアニメーションの美女と野獣の世界が頭にあるからそういう見方ができるのであろう。
心で音楽を聴き美女と野獣の世界に没入し、美しい音楽とともにこの世界を楽しめる作品である。何度見ても大好きな作品の一つである。
技術のみで哲学無し
冗長で眠くなるシーンが多く、シーンやキャラクターについて整合性のなさから違和感が拭えない。まさか大好きな美女と野獣の映画で眠くなるとは予想していなかった。アニメ版の方を幾たびも見ているので正確な評価するが出来ないかもしれないが、映画単体としても退屈な出来ではないのか?
まず、ベル役の演技だ。ベルは美しいがいつも本ばかり読んでいる夢見がちな女性なのだが、エマワトソンの演技では冒頭シーンからかなりの割合で何故かドヤ顔だ。これが非常に違和感がある。彼女はフェミニズムの活動をしているが、多様性を売りにしたいディズニーがフェミニズムへの理解を示すために採用されたと訝しんでしまう。
ガストンについては俳優から変えた方がいい。知的にすぎる。彼を取り巻く環境も見せ方が雑で酒場でガストンを讃えるミュージカルシーンも迫力がないし、演出のせいで人望がない馬鹿が騒いでいるようにしか見えない。
違和感のあったシーンはベルと野獣さんの邂逅シーンではベルは全く怯えていないところと、言いつけを破りベルが野獣の自室でバラを見つけるシーンだ。というかなんか全部違和感があって語るのに疲れる。
この映画の中で素晴らしいのは家具(元人間)のデザインとミュージカルシーンの演出のみ、ほかのシーンはそのつなぎでしかない。そしてそのつなぎシーンは時間稼ぎのためか無駄が多い。飛ばしてみることをオススメする。
脚本の細部に美女と野獣の根幹を理解していないと思われる部分が多く、これで本当に満足しているのか?と言いたい。
ディズニーはこれからこういう映画が多くなるのだろうか?スターウォーズ8の時といい実写映画についてはCGや技術的な部分以外で作品の評価を落としている。過去の哲学を思い出して欲しい。
人間の邪悪は野獣もてこずる
ディズニーがアニメで有名にした名作だとはなんとなく知っていて、アニメの美女と野獣の一枚の絵のようなものはみたことがあったが、実写版で初めて観てしまった。ミュージカルが織り込まれているが、それをミュージカルと言うのだろうか。全部が歌ではないが。昨年の公開だとは、どこで漏れたのか、私の記憶に無かった。愛のない暴力的な位の高い男が、その罰として野獣に変えられてしまった。お互いに愛を知る人と出会うと人間に戻るという魔法だった。薔薇の花の最後の一枚が散ると永遠に人間に戻れなくなる。召使たちは食器に変えられたりしていたが、話したり動くことが出来た。ちょっとぼおっとしていたら話が進んでしまっていて、なぜか一人の若い女が野獣に変えられた男たちの住む城に入り込んだ。食器たちが、この女こそ呪いをかけられた自分たちを人間に戻すことのできる、すなわち野獣と愛し合えばそうできる女だと感じて、女をもてなす。これがアニメでなくても表現できてしまう時代になってしまったCGの凄さが見て取れる。もし美女と野獣が結ばれる結末なのだとしたら、食器たちの女へのもてなしは、祝福の儀式のようなものであって、周囲というか、社会と言っても良いが、そうした背景に結婚への祝福があれば、結婚へつながっていくのだろう。現在の日本は社会の多くが、男女の結びつきに絶望している。野獣も女をみた最初は人間で無くなってしまったこともあって、絶望的だった。女は複数のオオカミに自らを防衛しようとするほど勇気があったが、危機一髪の時に野獣が現れ、オオカミたちと格闘して女を救った。
そして気絶した。この物語では、男の姿が野獣であっても、命を助けてくれたものとしての女の気持ちがあった。なぜ野獣は女を助けたのかというのもある。その二人とは別に、女と結婚を望む、
がさつなガストンという男が出るが、これがひどい男で、女の父親が言うことを聞いてくれないので、オオカミに食われてしまえと木に縛って道に放っておいてしまう。これでは父親も女もガストンとは結婚するもんかと察知しているわけである。脇役には善人もいれば悪人もいるが、ここでは悪役であった。物語によっては善人の脇役が主役の男女二人が結ばれるサポートをしたりする。この物語では食器たちであろう。食器たちは女と結婚しようというわけではないが、人間に戻れるきっかけにはなる。食器たちの愛が自らも人間に戻り、愛を教えてくれているのかも知れない。社会が結婚を祝福するならば結婚は増えるだろう。ガストンたち対食器たちになるが、邪悪な人間のほうが、
野獣よりも怖いのかというようなところを垣間見せているのだろうか。ガストンが悪者だと知った男が、カップのおばさんを助けて味方になるところは爽快であった。強欲な人間の男こそ形は人間でも野獣だったんだな。キリスト教の復活のような影響があるんだろうか。それでもカタルシスな感じだった。個人的にはキスシーンはないほうが良いと思ってしまっている人が私なのだが、西洋的なラストだった。愛は勝ち、戻るのだった。
うっとり。アニメから映画への理想の形
実写化されて、感動も世界観も全てがより美しく、壮大に深まった作品です。
見終わった後はジョンレジェンドとアリアナの美しい歌声に包まれ、余韻に浸れます。
個人的に、チップをコートラックさんが最後の力で受け止めてポット夫人の横にそっと置くシーンが大好きです。
うーん、こんなものか・・・
映画がヒットしたというからBDを借りて妻と見たが、あま冗長さと深みの無さに妻は家事を始め、私は眠気に襲われ仕様が無かった。
もっと愛に発展する物語を描けばよかったのにと思う。
狼に襲われたところを救った、本を差し出し一緒にいるいうだけではちょっと物足りない。
まぁ、所詮はねずみぃだな。アニメをそのまま実写にしてそれだけに終わった作品。エマ=ワトソンは良かった。
考えさせられる、群衆の恐ろしさ
アニメ映画や劇団四季のミュージカルでお馴染みの、言わずと知れた名作。その実写化となるとどのように作ってもヒットに導かれることは想像出来るが、それまで描かれていなかった、城と村人たちとの関係性や距離感、ベルの母親のことなどをきちんと描き物語にもより深みを与えディテールにこだわりが見える作品になっている。
エマ・ワトソンの美しさ、知性、正きことを貫く高潔さは本人とキャラクターが非常にマッチしていて違和感は全くなく、素晴らしいキャスティング。
ダウントン・アビーで好演していたダン・スティーブンスが演じる野獣も、どちらかというとアニメのような粗暴さが少なく、知性と上品さのある人間性が与えられていてとても良かったと思う。
主要キャラクター、脇役ともに大変に豪華で観るものを飽きさせない。
わたしはガストンと村人たちが出てくるシーンが本当に恐ろしく感じてしまう。
田舎町のヒエラルキー最上位に位置し、腕っぷしの強さが自慢で知性はなく粗暴。
野獣とガストンは何が違うのだろうか?
野獣には生い立ちの中に孤独があった。母を亡くし、父親に傲慢に育てられた。そして時折母を思い出す優しさがある。悔恨の時間は過ぎた。あとは、孤独を理解し合い、奥に潜む優しさを引き出してくれる誰かがいたら…その時にこそ呪いは解けるのだ。
ガストンは傲慢であり最後まで自分のためにしか行動しない。ベルを愛しているというが、彼が愛するのはベルの内面ではなく美しい顔だけ。群衆を先導し、得たいものを得ようとするだけだ。
愛はまず人に差し出し、分かち合うことから始まるものだと思う。
この作品のなかで、一番怖いのは、誰が正しいことを言っているのか考えることをせずに
盲目的に、力の強い者であるガストンについて行く行動をする村人たちという群衆だ。
皮肉にも何も考えず攻撃していた城の住人は、実は忘れていた自分たちの同胞、家族であった。
主体性を失い、思考しない人たちほど怖いものはないというメッセージを、この作品には込められていると思う。
だからキューピッドは盲目に描かれている
映画「美女と野獣」(ビル・コンドン監督)から。
名作ディズニーアニメのこの作品は、
映画に留まらず、ミュージカルなどでも表現されたストーリー、
ご承知のとおり「真実の愛」がテーマに掲げられ、
冒頭、老婆の姿で現れた魔女が、王子にこう忠告するシーンで始まる。
「外見に騙されるな」「美は内面に宿るのだから」
それを無視した王子は、呪いで野獣の姿に変えられてしまうのだが、
呪いが解ける条件は、王子が「愛し愛されること」を学ぶこと。
この「愛し愛されること」が「真実の愛」なんだ、と私は理解した。
また、こんな例えをメモしてみた。
「恋は醜いものを美しく変える、恋は目でなく心で見るもの」と言い、
「だからキューピッドは盲目に描かれている」。
そんな視点で、キューピッドを観察したことがなかったので、
ちょっと嬉しい発見だった。
2人にとって「最高の瞬間が来たら・・」と、その告白のタイミングを
王子の周りの人たちがアドバイスしようとしたら、
本当の恋をしたことがない王子は、その会話をさえぎり、
「(その瞬間を)どうやって知る?」と聞き返す場面があるのだが、
部下たちは彼にこうアドバイスをした。「胸が苦しくなる」。
さすが「恋愛」をテーマした名作だけに、台詞も抜群だと思う。
最近、アニメの奥深さに、ようやく気付いた気がする。
ミュージカルも観たくなったなぁ。
エマ・ワトソン!
名画座でまだ掛かっていることを知って、もう一回劇場で観ておくことのできた『美女と野獣』が今日の4本目。
学生の頃に作曲の真似事をしていた頃に、オリジナル・サウンドトラックをそれこそ繰り返し聴いていたから、なんだかどの歌も懐かしさが詰まっている。
1) とにかくエマ・ワトソン のベルが登場した瞬間からずっとかわいい。かわいさのクライマックスは、ビーストにライブラリに案内されて一人になった瞬間に声を上げるカットと、中盤の「Beauty and the Beast」のダンスのシーケンス。
2) そのダンスの直前のビーストの、自分の愛は受け入れてもらえないのではないかと懊悩するシーンはとても切なくなる。
3) とにかく同情の余地がないガストンの邪悪な描きぶり。アジテイターと、それに率いられて凶暴化する群衆の恐ろしさ(ル・フゥはそれにとても意識的だ)は、この作品が示すダークな側面でもある。ここで考えたいのは、その凶暴さは邪悪なアジテイターに先導されていたからだという弁明のみで、群衆を免罪することは果たして適当であるかどうかという問題だ。
4) まあ、とにかくエマ・ワトソンのかわいさです。冒頭、王子に呪いをかける魔女(アガット)は「見た目の美しさに騙されるな。美しさは内面に宿る」と言っていたはずが、エマ・ワトソン持ってこられると説得力がないというか、土台から崩れる感じがします。
5) ベルの老父の英語の台詞はわりと素敵な言い回しが多い。自分は村人が言うように変わっている(odd)のかと気にするベルに答える「誰がそんなこと言っている(Where did you get the idea like that?)」とか。
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