「主人公以外、ほぼ全員他責思考(ヒロイン含む)。教育的にはちょっと良くないかな?」映画 聲の形 わさんの映画レビュー(感想・評価)
主人公以外、ほぼ全員他責思考(ヒロイン含む)。教育的にはちょっと良くないかな?
タイトルに書いたとおり、一見「星の金貨」的なハートフルストーリーかと思いきや、見方によっては終盤まで胸糞展開が続きます。
【見る前のイメージ】
聾唖の人は差別されたり、いじめられたりしがち。
でも(手話/手記で)話してみれば普通の人間。健常者同士のコミュニケーションとは少し違うし、不便を感じて傷つけたりすることもあるけど、「やっぱお前がすっきゃねん!」みたいな恋愛映画だと思ってました。
【見た後のイメージ】
それぞれが抱える罪悪感を、それぞれどう処理するか・処理できずに抱えているか、って映画でした。登場人物のほとんどが、現実世界に普通に居るような、典型的なキャラクター像です。
学級委員長が
"私も悪いかもしれないけど、私を指摘しないで。あなたの方が悪いから、むしろ私はそんなに悪くない。相対的に見ればもはや私は良い人。" みたいな考え方とか、
先生ですら、いじめを認識していつつも解決せず、問題になった途端に "やったのはお前だろオラァ!" と恫喝気味になったり。
うーん。
【観るべきポイント】
なかなか切り込んだテーマだと思ったのですが、それは「いじめ加害者が、死ぬ以上につらい罪悪感を抱える」という主人公にフォーカスしていた点でしょうか。
視聴者含め、登場人物が外野と化していることを痛感させられます。
「いじめた本人」と「いじめられた本人」は過去の経験から、性格はもちろん人生観にすら歪みを持っていたり、人付き合いに臆病になっていたりします。
でも、後悔して、謝りにいって、友達になって、仲良くなって、恋心すら芽生える。
それがメインストーリーかと思いきや、サブキャラクター達は前を向こうとしている2人を巻き込んで、「今一度、後に振り返って悪者を改めて認識しましょう」という感じです。
「良くなろうとしている関係」を、周囲の人間が自分のために「自分は悪くないという自己肯定感」で破壊していってしまう。
事情・実情・現状をよく知らない外野の正義感(?)の罪深いこと。これが一番残酷なストーリーだなと思いました。とてもリアリティがある映画でした。
【余談】
ちなみに、植野さん(小学校のとき隣の席だった態度のでかいクラスメイト)は口が悪いし粗暴な態度ですが、
「耳が聞こえないのがあなた、手話ができないのが私。それが事実。」
「そして私は貴方と話をしたい。分かる?あんたの境遇も、周囲の反応も関係ない。」
「察してもらいたくても察してもらえねえんだよ!ソースはわたし!!」
「だから、ニコニコして誤魔化すなテメェ!お前はお前の思ってること言え!」
という感じだったので、一番良いやつだなと思いました。
人と分かり合うことに大きな価値を感じている、唯一のキャラだったように思います。世渡りが下手くそすぎる性格ですけど。
手話も覚えようとしてたし。母ちゃんの次に好印象キャラです。
なお一緒に見ていた息子は「植野さんはいじめっ子に見える。一番キライ」って感じでした。
私は学級委員長が一番クズキャラに見えました。なんでだろう。
人一倍強い承認欲求を持ってて、他人の評判を使って相対的に良い人と見られたい、という歪んだキャラクターに見えたからかな?
さておき、「一番好きなキャラ」ではなく、「一番嫌いなキャラ」を語りたくなる映画です。