劇場公開日 2016年1月8日

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「高潔な魂が封印を解かれる」フランス組曲 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5高潔な魂が封印を解かれる

2016年2月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

知的

幸せ

クラシック音楽をモチーフに使った映画は、大好きです。本作も予告編を見た時から「どうしても観てみたい」と思わせてくれた作品。劇場に観に行って正解でした。
エンドロールで涙が溢れました。
60年間、トランクの中にひっそりと閉じ込められていた未完の小説。作者が書き溜めた、戦時中の悲恋物語。フランス人女性と、ドイツ人青年将校との許されぬ恋。
そして、この物語を書き綴った、作者イレーヌ・ネミロフスキー。
彼女は作品の完成、出版を見届けることなく、アウシュヴィッツのガス室へ送られていったのです。

物語の舞台は1940年、フランスの片田舎。ドイツがフランスに攻め込んでいた頃です。
主人公、リュシルは領主の息子と結婚。しかし彼女の夫は今、戦地で戦っています。
屋敷は義理の母である、アンジェリエ夫人と下女、そしてリュシルの、女性3人だけで守っています。
アンジェリエ夫人は領主ですので、広大な農場を所有しています。土地を貸し付け、毎月小作人から賃料を取り立てて生計を営んでおります。
アンジェリエ夫人は、若い嫁のリュシルを車に乗せて、小作人の家々を回ります。
農家の生活は貧しく、厳しく、見るからにみすぼらしい。しかし、容赦なく、お金を取り立てて廻る夫人。
「大事な仕事なのよ。次の代はあなたが取り立てるんですからね」
そんな農家が可哀想になり、リュシルはちょっと憂鬱です。

パリから遠く離れたこの田舎町には、まだ戦争の実感がありません。
しかし、ラジオでは「パリが陥落した!! 街から地方へ逃げ出す人で道が溢れかえっている!」と伝えています。
そんなある日のこと。
ズサッ、ズサッ、ズサッ。
リュシルが住む片田舎の町に、なにやら規則正しい、不気味な音が響きます。それは占領にやってきたドイツ軍兵士たちの軍靴の足音でした。
ドイツ軍はめぼしい屋敷を次々に接収してゆきます。立派な邸宅は、将校の宿舎として利用するのです。
アンジェリエ夫人とリュシルが住む屋敷にも、一人のドイツ人青年将校がやってくる。
「私の宿舎として、書斎と寝室をご提供頂きたい」
相手がユダヤ人ではなく、フランス人だからでしょうか、それともこの青年将校の性格なのでしょうか、ずいぶん礼儀正しい。
ちなみに、襟章を見ると分かるんですが、彼らはドイツ軍の中の「国防軍」と言われる軍隊。
ヒトラー直属の狂信的なナチスの軍隊「SS」(親衛隊)ではありませんでした。
青年将校ブルーノ・フォン・ファルク中尉が案内された部屋には、ピアノが置いてある。
一つ屋根の下、敵のドイツ人将校との暮らしが始まります。
アンジェリエ夫人も、リュシルもなんだか嫌な気分です。

そんなとき、青年将校の部屋から、ピアノの音色が流れてくる。
美しさと儚さと、心の気高さを感じるメロディー。
リュシルはそっと将校の部屋を覗いてみます。それに気がつくファルク中尉。
「実は、私、軍隊に入る前、作曲をしていました」

リュシルはファルク中尉の机に、大量の書類を見つけます。どうやらそれは「密告」の手紙のようです。
いまや、村を占領し、権力の頂点にあるのはドイツ軍。そこへ密告すれば、自分の家族に対して、ドイツ軍は優遇してくれるかもしれない、という実に切ない思惑がある訳です。
敵国の占領下で生きる、ということ。さらには、まだ戦争の行く先も見えず、これから戦火が拡大してゆく時代。市井の人々の、生き残ることへの生々しい執着。
その戦争の時代に奏でられる、美しいピアノの旋律。
ファルク中尉とリュシル。
禁断の恋の扉がここから開いて行くのです。

本作は第二次大戦中という時期ではありますが、ちょっと、時代劇の雰囲気も持ち合わせているんですね。
ここで、映画の大切なお楽しみがあります。ロケーションと舞台装置ですね。
たとえばアンジェリエ夫人のお屋敷。年代を重ねた、建築物の佇まい、室内調度品。
フランスの地方貴族っていうのは、その昔、こんな風に暮らしていたのかぁ~、と思わせてくれます。また、第一次大戦を経験した貴族たちの屋敷には、万一に備えて、食糧を備蓄する隠し部屋があったことなど、興味深いです。
映画に登場する小物に目を移すと、夫人が乗っているクルマも、1940年当時のものですね。フロントのエンブレムを見ると、おそらくシトロエン。7CVという車種(なんと先進的な前輪駆動!!)でしょうか。また、ドイツ軍が使っているバイクにはBMWの紋章が見えます。こんな、ちょっとしたところを見つけるのも、映画の楽しみであります。

さて、第二次大戦当初でも、地方の田舎町などでは、戦争の雰囲気はどこか遠くの街でやっていること、のような雰囲気が当初はあったんですね。ところがそのうち、パリから逃げてくる、大量の「難民」に出くわすリュシルとアンジェリエ夫人。難民たちの列を狙う戦闘機の機銃掃射。あっという間にドイツ軍がやってきて、突然、田舎町は占領。
ようやく「ああ、これが戦争ということなのか」と実感することがわかります。

先日テレビ放送された、井上ひさしさん原作の戯曲「きらめく星座」を鑑賞しました。
太平洋戦争に突入する直前までの、庶民の生活が実に丹念に描かれています。
当時、日中戦争の真っ最中。でも、庶民の間には、さほどの悲壮感は感じられないんですね。
のちに東京が火の海になるなど、想像もしていません。
ただ、物資は少なくなっています。本物のコーヒーがなかなか手に入らない。銭湯に行くのに、石鹸に紐を結びつけてゆく、という場面があります。というのも、当時すでに石鹸が貴重品で、銭湯で石鹸を泥棒する輩がいたからです。
そんな当時の日本では、どんな音楽が庶民に好まれていたでしょうか?
例えばその中の一曲
「私の青空」
https://www.youtube.com/watch?v=59bnXW280lE

これ、オッフビートの紛れもなくジャズのリズムです。のちに「敵性音楽」と呼ばれた楽曲です。

なお、本作「フランス組曲」でも、ドイツ人将校がレコードをかけるシーンがあるんですが、どうやらこの曲「エディット・ピアフ」の曲ではないかしらん? と思えるのです。
彼らドイツ人にとっては敵国の音楽。でも、楽曲は敵味方、関係なく「いいものは良い」のです。音楽がもたらす楽しさ、こころの安らぎは、国境を越えてしまうのですね。
なかでも、ピアノ演奏などの「器楽曲」には言葉がありません。
ゆえに、ドイツ人であろうが、フランス人であろうが、それこそ日本人であろうが、音楽を愛する心があれば楽しめます。
自分の胸を開いて、音を受け入れるココロを持っていれば、高潔な魂を持った音楽は、必ず、あなたのココロの深ぁ~いところまで、感動を届けてくれます。
音楽にはそういうチカラが、紛れもなくあるのです。

60年以上前、無念の思いでこの世を去った、作家の魂は死んではいませんでした。
ノートにびっしりと書き残された貴重な遺稿は、時を超え、ついに出版され、映画という形で見事な大輪の花を咲かせました。
アウシュヴィッツのガス室で、死を迎えざるをえなかった、作家の魂が、本作で流れるピアノのメロディーを借りて、21世紀の今、私たちに語りかける「想い」を感じてみてください。
本当にいい作品に出会えました。
作者イレーヌ・ネミロフスキーの魂に、感謝を捧げたいと思います。

ユキト@アマミヤ