「生々しい将棋バトルと人間ドラマ」3月のライオン 前編 みかずきさんの映画レビュー(感想・評価)
生々しい将棋バトルと人間ドラマ
好きなジャンルである将棋映画だったので公開初日に鑑賞した。シンプルでスマートな作品という予想に反して、泥臭く生々しい将棋バトルと人間ドラマが一体化した奥深い傑作だった。
主人公・桐山零(神木隆之介)は、幼い頃、交通事故で家族を失い、亡父の友人であるプロ棋士・幸田(豊川悦司)の長男、長女と同様に内弟子として育てられ、めきめきと上達していく。そして、次第に長男、長女との実力差による確執が高まっていくことを避けるため、単身上京し中学生でプロ棋士となる。そして、高校生となった主人公は、次々に格上の棋士達を破っていく。そして、敗者の現実を目の当たりにして心乱れながらも、偶然知り合った心優しい川本家・三姉妹に支えられ、新人王戦に挑んでいく・・・。
家族を失った主人公は、生きていくために将棋を選ぶ。そしてプロ棋士になってからは、生きるために容赦なく相手を倒していく。育ての親である幸田、事前に事情を聴いたプロ棋士も倒していく。感情をあまり変えない非情とも思える主人公だが、中盤での、俺は悪くない、俺には将棋しかないんだ、将棋が俺の全てなんだという慟哭は迫力十分であり、勝負の世界に生きる者の厳しさと覚悟がヒシヒシと伝わってきて胸が熱くなった。
従来の将棋映画では、将棋戦=勝負に主眼を置いている作品が多いが、本作は、勝つ者の実態に焦点を当てている。勝つ者は、誰でも、過去に、敗北、挫折、迷いを経験し、それを乗り越えてきていることが、繰り返し語られる。才能だけで勝てるわけではなく、努力に努力を重ね、将棋に命を懸けて満身創痍状態の勝者達の姿は、泥臭く、生々しい。主人公は正しくそんな勝者達の代表格である。勝つことの壮絶さが実感できる。
主人公ばかりではなく、プロ棋士達の抱える様々な事情も丁寧に描いているので、将棋バトルは、単に勝負の行方、顛末に魅せられるだけでなく、彼らの人生を背負った戦いという凄味も加わって、盤上の格闘技を観ているような迫力だった。特に、宗谷名人(加瀬亮)と島田(佐々木蔵之介)と名人戦シーンは、二人の人生を賭けた戦いという感じが伝わってきて画面に釘付けになった。
主人公に理解のある高校教師役・高橋一生が良い味を出している。従来の優しいイメージとは異なり、男っぽい感じで、主人公へのエール、人生訓のようなアドバイスが清涼剤のように効いていた。育ての親の長女役の有村架純は従来のイメージを払拭した演技が凄かった。別人のようだった。主人公に負けてプロ棋士になる夢を絶たれた長女の鬱屈した気持ちを、表情、台詞、佇まいで表現していた。
本作の登場人物のなかで一番気になったのは川本家・三姉妹である。出会いが出来過ぎていたが、それ以上に、本作の他の登場人物とは違い、非の打ち所の無い完璧な三姉妹であった。本作の作風からすれば、後編は、この三姉妹に大きな変化が起きるだろうことを予感した。それにしても、またしても、前編、後編のパターン。一本で一気に観たかったのが残念。本作が、将棋バトルと人間ドラマを融合した、勝つこと、生きることの壮絶さを実感できる傑作であることに変わりはないが。