劇場公開日 2016年3月18日

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「ノンバイナリーの悲鳴」リリーのすべて きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ノンバイナリーの悲鳴

2021年8月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

オリンピック2020東京大会での最大のトピックは、複数の「LGBTQ+選手」のカムアウト参加だった。

それについてはSNS上では盛んに意見が戦わせられた。
・場違いな自己主張で五輪を利用するな、キモい
・元男性が女子競技で勝つ=体格の優位性の悪用
・性別種目の崩壊
・LGBTQ+用のクラス新設が必要
・いっそ全種目をバリヤフリーの混合にしては?
等々。

そしてそれら紛糾する投稿の中で、ノンバイナリーの支援者の立場から寄せられたオーサーコメントには、僕は唸ってしまったものだ

すなわち
― 戸籍上の性別変更を日本政府は形式の上では認めているが、そこには“臓器摘出の強要“という欧米では考えられないような野蛮な条件がつけられている ―
と。

・・・・・・・・・・・・

【僕はどう捉えるか?】
リリーのように、
摘出・切除を望む当該者の気持ちを、僕はどう受け止めるべきなのか、まだ分からずにいる。
①自分を今の姿でありのままに受け入れることと、
②自分をありのままに受け入れるために自分を改造することと・・

このふたつのどちらに、正解があるのだろうか。

肉体と精神の不整合という「違和感」を訴える本人の気持ちに対して、(改造せずに今のままの肉体であり続けること=)それをも受容してみる=そのようなもうひとつの新しい決断はあなた自身と他者の両者共に、更なる多様性を認め合う、次世代の生き方と言えないか?
また、“改造”は自己実現ではなく、自己否定なのではないか?
と、
僕は問うてはいけないのだろうか。

ゲルダの問いかけには一切の返答をせずにリリーは微笑むだけで。リリーは自分の道を進み、ゲルダは孤独に取り残されるのだが。

・・・・・・・・・・・・

「彼氏」だと思っていたのに「彼女」だったというパターンは「わたしはロランス」に重なる。本人は夢を叶えて目をキラキラさせている。
しかし映画の主題は「置き去りにされるパートナーの混乱と苦渋」だ。
本作品「リリーのすべて」でも主演はリリーではなく、エンドロールでキャストの筆頭に挙げられたゲルダだと思うのだ。

⇒男女逆パターンのシナリオの映画があったら、ご同好の皆さん教えて下さい。

ちなみに
男性の夫と結婚している妻だけど、(=いわゆるノーマルな外見上多数派の男女の結婚だけれど)、
本当のところは実は彼女の心は男性で、夫には知られずに男性同士の同性愛として結婚をしている
という人を知っているので。
小説にも同じケースのものがありますね。

性的指向や性自認のノンバイナリーは、そのケースは人の数だけ存在するのだろう。

・・・・・・・・・・・・

美術学校でクラスメートだったというリリーとゲルダ。
違うタイプの絵を描く二人だったけれど、
今一度リリーの生まれた土地ヴァイレに戻って、リリーの存在の源流を眺めるゲルダと親友。
「リリー」とは何だったのだろう。
思いを巡らす素晴らしいエンディングでした。

風景はあくまでも美しく、
人物個々は被写界深度の浅いカメラでその人の心象まで写し、
そして二人のシーンでは背景はあっさりとミニマムに撮る。

くすんだ青い服、青い壁、青いシーツ、青い空。
リリーが、心身が訣別していく過程は、シンメトリーな画面と色彩の補色=黄色が効果的。

問題提起をば様々な手法をもって、揺れる心と決断までを、スクリーンの構図と色彩で映像化する、
まったく見事な映画芸術でした。

ちなみに我が弟はカミングアウトしていて、本も出しています。

きりん
こころさんのコメント
2022年4月7日

きりんさん
コメントへの返信を有難うございます。
あの風景画がラストシーンに繋がるとは…。風に舞うスカーフを見つめるアイナーを愛し抜いたゲルダの表情が印象的でした。

こころ
こころさんのコメント
2022年4月7日

きりんさん
美しいラストシーンが印象的でしたね。
自身の性に違和感を持つ者の苦しみ、身近に居る者が苦悩する姿がリアルでした。

こころ
近大さんのコメント
2021年8月25日

自分と違う、人と違う。
そこから差別や偏見が生まれる。
人間はその繰り返し。
スポーツの祭典ながら、世界中の人々の平和と調和の為でもあるオリンピック。
その裏で、分からぬ誹謗中傷。
特に日本人は、LGBTに対して、世界に比べまだまだ理解や受け入れが。
悲しい事ですね…。

近大
talismanさんのコメント
2021年8月24日

きりんさん、コメントありがとうございます。私の知り合いでは、外国に行ってなりたい性の身体になった子(私よりずっと若いので)が一人居ます。自分の足で立って強く生きてると思います。

他には、二人とも自分の身体のままで自分と同じ身体・心の親友と結婚(役所も教会も)して子ども二人を育てているカップルも居ます。この二人は日本でなくてドイツ(人)です。

結構普通にまわりに居ます。誰も困らないのになんで反対とか嫌がらせとかするんだろう。そういうことをSNSなどで書き散らす男性は一度、女になってみるといい、女性は自分が愛するきょうだいや配偶者やこどもが言ってきたらどう答えてあげるか考えてみるといいと思う。

日本では臓器云々が条件づけられてるの、たまたま私も知ってました。そして未だに別姓婚すらできない国、本当に残酷です。

ことば足らずですみません。また。
talisman

talisman
きりんさんのコメント
2021年8月24日

追記

レビューを推敲していたらYouTubeから福山雅治の「カーニバル」が流れた。

『君と手を繋いで どこまでもパレード
僕らありのままに あるがままに歩いてゆこう
少し調子外れでも構わないさ 歌おうカーニバル

生きてゆくために
置き去りにしてきたものを
大人になるために
無視してきたものを
取り戻しにゆくんだ
憧れという名の忘れ物を

君と手を繋いで どこまでもパレード』

一緒に歩きながら考えていきたいと思った。

きりん