永い言い訳のレビュー・感想・評価
全50件中、1~20件目を表示
自分の幸せとは?
ある日、突然に妻を亡くした男。
それまでは、あらゆる事を妻に任せてばかりであり、その上で不倫をも重ねていた。
妻が居なくなってしまった事で自分がなんとも情け無い人間かを改めて知る事になる。
妻の友達も亡くなった。その友達の家族の世話をする事になるという発想が面白いと思った。
そこは、理想と現実とギャップのような自分がありたい姿でありたくないと思っていた姿でもある部分だった。
最後の自分の今までの姿に気づいたシーンは、とても滑稽でもあり、素敵なシーンでした
心に残る名作
トキメキさえも無くなった仮面夫婦…夫の浮気の最中に妻が突然の事故で逝ってしまった
遺された夫は、各々の相手に対しての愛情を探り続ける
そして、自身はその妻に対して愛情も残ってない事に自己嫌悪しながら生きている
ある日のこと、妻のスマホが突然、起動して(天からの妻の遺言という奇跡)夫に愛情のカケラも残ってない旨の下書きを読んでしまった事で、更に自分自身を追い詰めてしまう
永い永い言い訳は、美容師の妻にしか切らせなかった長くなった髪の毛をカットし、妻の遺品整理をした事で終わる
モッ君の映画にハズレがない事を実感する
微細な表情から見える心の動きが色んな想像を掻き立てる
ラストは妻の死を乗り越えハッピーな映像に心も和んだ
突然親を失くす子供達が一番の被害者であるけど、そこから学ぶものも沢山ある
公立中を選択したけど、頭の良いあの子なら我が道を迷わず歩んでいくんだろうな
少し苦手な作品
サチオがタクシーに乗る前に、陽一へ浮気をしてたことを告げるシーンが良かったです。
個人的には、少し苦手な作品でした。
苦手な理由を考えてみました。
・人間の嫌な部分を出す人が多い。
サチオは勿論ですが、陽一も好きになれません。取材中に声を掛けたり、子供の世話を他人に任せる感覚が理解できません。妻の同僚や編集者も共感できません。
・子供へ語る感じが説教臭く感じる。
電車でのシーン。良い台詞なのですが、心に響かなかったです。台詞でなく行動で示して欲しいと思うからかもしれませんが。
以上
自分を大事に思ってくれる人を、簡単に手放しちゃいけない。離れる時は一瞬だから。
夫や家族の対比なんかじゃない。そんな簡単なメッセージではない。
役者一人一人が演じる感情が、これでもかというくらい溢れて迫ってくる。
熱い涙も、笑う瞬間も、色んな感情を与えてくれる、とても素晴らしい作品でした。
是枝監督の「誰も知らない」とどこか似ているな。子供たちの無邪気で無垢な可愛さ、小さな感情の揺れも見逃さない丁寧で一つ一つを大切にしている事が伝わってくる撮り方。
と思って調べたら、監督の西川美和さんは、テレビマンユニオンの面接担当だった是枝裕和監督に意気込みを見出され、映画『ワンダフルライフ』にフリーのスタッフとして参加された経緯があったのですね。そしてエンドロールで流れて気がつきましたが、企画協力に是枝さんの名前が。納得。
ーーー
妻がバス事故で亡くなった時に不倫相手と真っ最中だった最低な幸夫(本木雅弘)。でも、妻同時の死をキッカケに大宮家と関わるようになり、変わっていく心情。メンツやテレビ映り重視の幸夫だったのに、岸本(池松壮亮)の言葉に違和感を感じるようになる。以前の自分だったらすんなり受け入れただろうに。
家族に小さな歪み、交差する心のすれ違いが生じ始めた時。歪みが、ほころびがまだ小さいときに、深く心を閉ざしてしまう前に、立場は違えどそっと気づいてくれて寄り添ってくれる、潤滑油のような幸夫のような存在が、今の世の中で生活している一人一人に居てくれたら。と思った。
家族でもない赤の他人だけど、大宮家にとって、子供たちにとって、幸夫はかけがえのない大切な存在。
冷めきっていた幸夫の心の秒針の針が、大宮家と触れ合う事で暖められて、だんだんと動き出していく。
描かれてはいないが、最低な人間だった幸夫も、そうなってしまった背景があったのかもしれない。否定から入るのではなく、汲み取る暖かさの大切さも感じた。
またゆっくりと見たいなと思える素晴らしい傑作でした。
好きな作品
出だしのサチオが髪を切ってもらう場面、何を言っても否定して持論を繰り広げる嫌な夫と、もう改善することを諦めた妻のシーン。
後に出てきた『もう愛情はひとかけらもない』という言葉、このシーンを見れば当然だと思う。
陽一くんと出会って、子供達の世話をしているうちに段々と浄化されていくサチオ。
自分でも、前のダメな夫の自分を忘れかけてた時にケータイの『ひとかけらもない』の言葉を見て愕然とする。
子供達の世話をして生きてる実感を得ていたのに、科学館で出会った女性に、自分の居場所を奪われそうになって、子供達と陽一に暴言を吐く。あれはイカン。
陽一が前を向こうと、妻の声を消去したときや、子供達のシーンで何度も泣けたー。
最後は希望を持って終われたので良かったけど、お兄ちゃんが学ラン姿だったので、私立行かずに公立中になったのかなと思った。
プライムビデオで鑑賞。
夫婦のカタチ、家族のカタチ
妻に余り関心を持っていない小説家の幸夫が、或る朝突然、妻が不慮の事故に巻き込れた事を知る。当たり前に過ごしていた日々の大切さ、何故きちんと向き合わなかったのか、自身を支えてくれていた存在の大きさに、失って初めて思い知り苦悶する様を、本木雅弘さんが巧みに演じる。
幸夫が当初戸惑いながらも、子供達との触れ合いを通して徐々に喜びを感じ、人としての優しさを取り戻していく姿に魅了された。
トラック運転手の父(竹原ピストルさんが熱演)に対し、心を震わせながら反抗的な言葉をぶつけてしまう真平のやるせない思いに泣ける。藤田健心君、名演技でした。
幸夫の妻夏子を演じた深津絵里さん、恋人智尋を演じた黒木華さん、それぞれに魅力的でした。池松壮亮さんの演技もいい。
ドラマ「凪のお暇」で小学生の少女を演じた白鳥玉季さん、この作品で既に名子役ぶりを発揮されていたのですね。
台詞の一言一言が刺さる作品でした。
西川美和監督の見つめる眼差しの優しさ、深さに改めて魅了されました。
映画館にて鑑賞
邦画ならではの良作
深っちゃん(深津絵里さん)が出てる時点で、私の中では評価ダダ上がり。なんとなく見始めたらとても良かった。
最初の髪を切るシーンで、長い付き合いからくる夫婦2人の溝がよく伝わってくる。
もっくん演じる作家の幸夫が、今まで自分の周りにいないようなタイプで、不思議な感覚で見ていた。
ああいうタイプの男性が、子供を目の前にしてあんな優しさを見せるなんて、意外というか、、そういう一面があったから2人は惹かれあったということなのか。単なる罪滅ぼしとは言えないくらい、子供たちとの関係が特別だった。本人が子供のような人だから、わかり合えたのかな。
なっちゃん(深っちゃん)の真意は語られないけれど、間接的に想像させられるシーンが散りばめられる。
未送信フォルダのメッセージは、すごいパンチだけど、それが真意とも言い切れない。幸夫くんを打ちのめすには充分だったけれど。
髪を切っているのが伏線であることもわかっていながら、だんだん伸びていく髪、散らかっていく部屋、モッくんの動作に、引き込まれていく。中からえぐられるような心情が、なんとも苦しい。
それなのに子供との対話はとても温かい。
子役がまたすごい。しんちゃんもあかりちゃんも。
自然体の演技といい、映画全体の空気感といい、是枝監督に通じるなぁ、と思ったら、西川美和監督だから当然か。
竹原ピストルの熱苦しさもいいスパイスで、子供心の葛藤も、ちゃんと回収してくれた。ゆきさんがいい奥さんでお母さんだったこともよく伝わる。なっちゃんがそんな家族と親しかったことは、とても意味がある。
余計なセリフがないシーンもあって、映画っていいもんですね、水野晴郎。と思った。
「ちゃぷちゃぷローリー」の完成度がすごい(笑)
素直に泣ける人と泣けない人。
とっても考えさせられた。
突然。愛する妻が事故で亡くなる。妻が居なくなっていつまでも泣いている男と自分で納得して泣かない男。(泣けない男)なぜ泣けないのか理由を考える。泣けない事には訳があった。妻への愛が冷めていた。(妻も気付いていた)友だちの夫は妻を愛していた。
本木の言っていることが理屈っぽく聞こえる。…… 何を言っているんだろう。 よく聞いてみると言っている意味が分かる部分もある。(誇示付け) 自分本位だった本木が子供と接する事で人に寄り添っていく。生活に潤いがでて本人の意識が次第に変わりつつある。家族と関わることで自分の中の何かが変わる。子供がいることはリスクと思っていたが人を育てることで人はもっと柔軟な考え方ができるのかも。妻の死から沢山の事を学んだ。 本木の細かな表情がよかった。
劇中で語られていない部分の想像を掻き立てられる作品
本木雅弘さんを筆頭に、自然でリアルな演技に終始惹き込まれました。まるで現実のドキュメンタリーを見ているような会話のやり取りに、役者さんたちの力量を感じました。
また、タイトル通り、映画の中ではエピソードとして取り上げられていない場面や劇中で亡くなった2人の生前の様子を、他のキャラクターの発言などから想像させてもらうことのできる、奥行のある作品と感じました。
例えば、主人公幸夫に対し「もう愛してない。ひとかけらも」という衝撃のメッセージを遺していた夏子ですが、生前大宮一家と交流した際には、幸夫のことを「幸夫くんがね、幸夫くんがね。」とたのしげに話題に頻繁に出していたのではないかと私は想像しました。
でなければ、陽一が初対面であれだけフレンドリーに「幸夫くんだよね!?」と親しみをもって呼びかけ、「会いたかった人にようやく会えた!」というような接し方はあの場でなかなか難しいのではないかと思ったからです。子ども達が懐くのにそう時間がかからなかったことからも。親友のユキには夫婦間の悩みなど打ち明けていたかもしれませんが、少なくとも陽一や子ども達には幸夫についてポジティブな印象しか与えていなかったんじゃないかな〜と想像しました。
だからこそ余計に衝撃のメッセージの真意はわかりませんが、おそらく本当はまだひとかけらも愛していなかったわけじゃないのではないかと私は思います。ひとかけらも愛していなかったのならわざわざ携帯に文字を入力し保存することすら手間に感じるかとも思いますし...。
また、はじめて幸夫と大宮親子で外食した際、灯がアナフィラキシーショックを起こしてしまった場面では私も本当に不安になりました。「お父さんエピペン持ってないの??」としっかり者の長男が言うと、慌てふためく父親の姿に目を覆いたい気持ちになりました。
ユキの生前は、家族で外食の際は真っ先に気をつけていたことでしょう。娘の命に関わることですから..。それにも関わらず父親はオーダーの際に気を配ることもなく、いかにユキに任せきりだったかがうかがえます。天国のユキがこの場面を見ていたら、不慮の事故で突然亡くなったしまった自分を責めてしまったかもしれませんね。
幸夫は、大宮家に関わるようになり、かつて経験したことのない子どもの世話や家事を経験し、予想外に自分の居場所や存在価値を見出す。
もしも、夏子との間に子どもをもうけていたら、彼の人生はもっと輝いていたのかもと、思ったり思わなかったり。結局は失ってはじめて気づいたということなのだと思いますが...。
こんなふうに、アナザーストーリーを自分で想像し、物語をさらに楽しませていただくことができました。とても心に残る作品でした。
大切な人を失うということ
奥さんのことを雑に扱い、ろくに話もしないで、しかも留守中に愛人を連れ込み堂々と浮気。
その最中に奥さんを亡くす。
最初は喪失感や悲しみなど感じられなかった主人公。
しかしながら愛人に拒まれ、そのタイミングで奥さんと共に亡くなった友達の旦那とその子供たちと関わることから少しずつ変わってく。
自分にとって“かけがえのないもの”を見つけた感じ。
これもある種の“愛のかたち”。
自分の居場所であり、心の拠り所であり、自分の存在意義も感じていた。
でもそこに現れたのが、“新しいお母さん”となり得る女性。
自分が月日を重ねて積み上げてきた“絆”を一気に横取りされたような気持ちになったのではないだろうか。
同時に奥さんを愛さなかったことの後悔。
浮気をしつつも奥さんは自分のことを愛してくれているんだろうという奢りの気持ちがあったけれど、実際は奥さんは分かりきっていて「もう愛していない」と携帯の未送信メールに残していたことに気づき、自分は大切なかけがえのないものを全て失ってしまった…そもそもそんなの最初から築けていなかったのでは…と自暴自棄に。
そんな主人公を元の軌道に戻させたのは、子供たちのお父さんの事故。
事故の前にお父さんに暴言を吐いてしまったという息子に、主人公は言い聞かせる。自分自身に言い聞かせながら。
“大切に想ってくれている人を貶めるようなことを言ったりしてはだめだ”と。“側にいてくれるのが当たり前だと胡座をかいてると気づいたら失ってしまうものだ”と。(正確な台詞ではなくこんなニュアンスだったはず)
主人公は奥さんを愛していた…でも…
その『永い言い訳』を自身の小説として出版。
もうこれ以上大切なものを失ってはいけない、主人公が心に刻んだようにみえた。
本木さんはこういう不倫系の悪い役が多くて、その印象があまりに強くて好きになれなかった(ごめんなさい。本木さんのせいではなく役柄のせい)
この作品のオープニングからして、やっぱりな!っていう感じで悪い顔をしていた。
でも最後のシーンでは本当に清々しく、むしろ格好良く見えた。不思議と。役者さんってすごいな。
そして、西川監督は人の腹黒い部分を綺麗に描写するのが相変わらず上手いなぁー
人生は、他者だ。
幸夫の思想や在り方が自らと重なり、序盤見ていて非常に辛かった。自分ばかり見ていて他人を見ない人は、突然の別れに泣く資格を失っている。居て当たり前だと思った人がいなくなった時にそんな人が感じる事は、『勝手に居なくなって自分はこれからどうしていけば良いんだ。』という自己の身を案じた不安ばかりだ。
そんな人生の、何と軽い事か。
幸夫は思考は常に自分の為であり、誰かの為の思考をしてこなかった。その結果、事故後に幸夫の元に残る物は何も無かった。
この映画を見て、家族や友人や職場での自分の行いをとても反省した。同時に思い返せば、自分の人生を彩ってくれている場面場面は自分の為でなく、誰かに思われ、誰かの為を思って行動した結果の集合である事を実感した。
人生は、他者だ。他者を思った数だけ自分の人生は豊かになる。そして自分を思ってくれている人の存在を当たり前に感じず、寧ろその人をこそ大事にしよう。
そんな学びを得る事が出来た映画だった。
不倫の悔い。子供のいない悔い。
『永い言い訳』(2016)
Amazonプライムにて。まず、原作を書けば直木賞候補になり、それを脚本、映画監督までするという、西川美和という人物の凄さがある。早稲田大学の文学を出て美人。才色兼備と言うわけである。しかも師匠筋のような人物が、タイムリーにカンヌ映画祭で最高の賞を得た是枝裕和らしい。内容は重い。小説家(本木雅弘)が妻(深津絵里)の旅行中に不倫しているところに、妻が事故死したという電話が入る。愛人が黒木華が演じているのもイメージと違ったキャスティングで、清純派女優にセックスシーンをさせるほど淫らなのかも知れない。だが、愛人は妻の死後に悔恨を含めて小説家宅を訪問したのに、小説家は肉体を求めてしまい、セックス中に冷めた愛人は、小説家を蔑み出て行く。小説家の妻と一緒に旅行に出ていた女性も事故死し、その主人(竹原ピストル)が小説家と心情を共有しようと小説家と、二人の子供を連れて食事する。その際に娘がアナフィラキシーショックとなり、小説家と兄の男の子が、病院に行った父娘を待つ間に会話する。その前のシーンになるが、花見で小説家に妻の死を小説にすればと言われて小説家は酔って怒って編集者(池松壮亮)を蹴飛ばしたりして、仲間に制止されるが、編集者はここ数年のあなたの小説は魂がこもってもいないからだというシーンがあり、小説家と編集者の仕事に対しての本気が表されるところも印象的だ。小説家は二人の幼い兄妹の家に行き、家事も苦手で運転手か何かで世話できない父親の代わりを買って出た。ここら辺でこの映画のテーマは一体何かとも思えたりする。妻が事故死した時に不倫していた罪悪がテーマなのかと思っていると、共に妻を亡くした男の子供たちを世話する話になっている。兄妹が健気なのである。小説家も変に純真である。本木のコミカルな面をみせる。ちょっとしたエピソードが実にリアルに描かれている。思えば、子供がいなかった事故死した妻と小説家の関係が暗に描かれているのかも知れない。子供がいたら良い親に小説家はなっていただろうに。編集者は若いのに、年配の小説家に対して正面から向き合い、きついことも言うが、優秀な編集者ということなのだろう。難しい会話をする。どちらも実は純真なのだ。子供を残された父親と子供がいなかった父親が話し合う。子供がいなかったら楽かなと、子供がいて良かったなというのと、子供たち2人を2人の男やもめが眩しそうに眺めている。そして、幻想のおシーンで、亡き妻が子供たちと遊んでいるシーンが小説家に浮かび、悲しい表情をする。この映画は複雑な見せ方だが、妻を亡くした悲しさと子供のいることの大切さを映しているようだ。小説家はお兄ちゃんのほうに「弱いから泣くんじゃないんだよ。強い人は大事な人を亡くした時にちゃんと逃げずに悲しんで泣くの」と小説家は言う。編集者に先生は泣きもしていないじゃないですかと言われていたのだった。これも深い設定だと思うが、妻の遺していたスマホをみると、「もう愛していない」と下書きされていて、小rr説家は怒ってスマホを壊してしまう。不倫していた癖にである。(本当に死んだ妻は愛してなかったのかどうか)小説家は、テレビ番組に妻を供養するドキュメンタリー番組に出るが、演出家にまるでドラマのように指図されてゆく。それには従うが、スマホの文面をみてしまっていたために、撮影中に妻をなじり怒鳴ってしまう。後ろから抱えて支える編集者(マネージャーか)。だが、それを含めて本心のように作った番組になっているようだった。
学芸員の先生が話に入ってくるが、山田真歩という女優も、『花子とアン』で知名度が上がったのかも知れないが、『レンタネコ』でもみたが、味が出ていた。調べないと誰だか認知出来ていないくらいの段階ではあったが。だが、小説家は異性として嫉妬したわけではなく、学芸員と運転手の父親と子供たちのいる関係に嫉妬してしまい、酔いも手伝って、お姉ちゃんの誕生会で嫌みを言って荒れてしまう。そして二人の男は子供のいるいないで口論してしまう。嫉妬というより、小説家の本心もあったのだろう。「こんな遺伝子が増えて良いかと思ったりするんだよ」「俺は違うと思うよなっちゃん(亡き小説家の妻)は子供が欲しかったと思うよ」「何がわかるのよ」子供の前で本音中の本音というのか、問いかけをしてしまう。「頼むから自分の尺度だけで幸せを言わないでよ。
僕の子供なんて欲しくないですよ。あの人は。で、欲しくないまま死にました。アハハ、何の話。これ。」これは、学芸員と運転手が子供たちをこれからみるという事に対して小説家が嫉妬したということなのだろう。小説家は帰った。運転手はしばらくして思いついたように急いで追いかける。「お似合いだよ。よろしく言ってよ」「ゆきちゃん(運転手の亡き妻)忘れるには一番の薬だよ」と言ったときに、運転手は怒り、小説家の襟首をつかむ。「ボクは夏子が死んだとき、ほかの女と寝ていたんだよ。夏子が凍り付いた海に沈んでいくとき、セックスしてたの。君とは全然違うんだよ」と小説家は逆ギレして、運転手の家庭から去る。飲み屋で荒れる小説家。汚めのトイレで酔いつぶれて座り込む本木雅弘のシーンもすごい。子供番組が流れ、兄妹との交流を思い出す小説家。この後がよくわからないのだが、学芸員とうまく家庭生活が行くのかと思っていたら、なぜか怠惰に寝込む運転手。塾を休むようになったお兄ちゃん。こわもてだがむしろ良い人の運転手が、どうして
親子の調整がずれてしまったか。このお兄ちゃんの父に対する反抗が私には深すぎるのかよくわからなかった。そして運転手は深夜のトラックで事故を起こしてしまう。病院から連絡が入り、あわてて病院に向かう小説家。小説家に電話してボクお父さんに最低な事言っちゃった。というお兄ちゃん。その後も深いセリフが続く。「自分を思ってくれる人を簡単に手放しちゃいけない。みくびったり陥れたりはいけない。そうしないとボクみたいになってしまう。簡単に離れるわけはないと思ってた。離れるときは一瞬だ。だから君らは離れないで握ってて」と小説家はお兄ちゃんに言う。
父の怪我は比較的軽く、息子を連れてトラックで去り、息子は小説家をトラックから後ろを振り向いてみる。手を振る小説家。一人電車に乗る小説家。真剣にメモを書き始める。泣きながら走り書きする中には、「人生は他者だ」など書かれている。背景に流れるのは『オンブラマイフ』という曲か。なぜかさみしいソプラノか。少し時間が経過して、息子は中学、娘は小学の1年生。小説家の新刊出版の祝賀会。息子と娘が壇上でお祝いの言葉を述べる。編集者と並ぶ小説家。学芸員と並ぶトラック運転手。運転手と小説家も少し遠くから微笑み合う。みんなにこやかに踊ったり飲んだりしている。父親と中学生もボクシングの真似事で楽しむ。そんな中で小学生から渡された、死んだ妻2人と子供たちとトラック運転手の写真を真剣に見つめる小説家。部屋にそれを飾る。ヘアデザイナーであった妻の愛したハサミを見つめる小説家。それら遺品を箱に詰めた。
幸せとは
「強い人はね、大事な人を亡くした時に、ちゃんと逃げずに悲しんで、ちゃんと泣くの」
「頼むから、自分の幸せの尺度だけでモノを言わないでよ」
「殴ったって何も変わらないよ、痛いだけだよ」
「お父さんみたいになりたくない」
自分がうまくできないことを、誰かのせいにしたり、過去の失敗を、なかったことにしようとしたり。過去の事実を忘れて前向きに生きる、自分の解釈したいように。
そんな人間の心の弱さをありありと写し描いた映画だった。
去る者は日々に疎し、なのだろうか。
「人生は、他者だ」主人公がノートに書きなぐった、深い、言い訳。
重い映画だった。
もっくんってこんなに素敵な人だったっけ!?と感じた映画でした。 元...
もっくんってこんなに素敵な人だったっけ!?と感じた映画でした。
元々は池松くんとピストルさん目当てで見たけど、池松くんの出番は思ったより少なかった(でもいい味だしてたさすが)
ピストルさんもピストルさんの子供を演じた二人もとてもよかった。
宣伝を見てるだけのときは、奥さんを亡くしてそれから奥さんに自分がどれだけ愛されてたかを知り、弔う感じのストーリーかと思ってたけど少し違ってて、もっくん演じるさちおくんが少しずつ変わるのを見守るお話でした。
奥さんが亡くなるというお話なのに、悲しいわけでも重いわけでもなく、じんわりしたいいお話だった。
永い言い訳読んでみたいなぁ。
純粋に悲しめない僕たち
この監督は何でここまで男の心理を読めるのか不思議です。
トラックの運ちゃんのように奥さんの死を真っ直ぐに悲しむのではなく、主人公のような状態になってしまう人に共感する男の方が多いというのが分かってるんでしょう。
主人公に対して知的レベルが低く、それでいて純粋な人を比較対象にして、ダメっぷりを表現するのは流石です。
最初の方で主人公の奥さんが浮気に感づいていたという前フリが、直接的には回収されず、それでいて見終わった後に気持ち悪い感じで残像のように残されるという効果があります。
欲を言えば、主人公が「俺のようなるなよ」みたいに悟るまでにもう一手必要だったかなと思います。
ラストは自分で片付けをして、本当の意味で「整理をつけた」ということでしょうか。
「悪いけど、後片付けはお願いね」「そのつもりだけど・・」
映画「永い言い訳」(西川美和監督)から。
妻が、親友と出かけたバス旅行の事故で突然、他界するところから、
この物語がスタートするが、私のメモ帳に残ったメモは、
なんと、そのバス旅行に出る前の「夫婦」の会話だった。
「悪いけど、後片付けはお願いね」「そのつもりだけど・・」
本当に何気ない台詞で、気にすることもないのだろうけれど、
事故で亡くなる前の妻の台詞だから、気になった。
自分の旅行中に、夫が不倫相手とエッチするだろうなぁ、と
考えていたかもしれない、そんな想像が膨らんだ。(汗)
だから「悪いけど、後片付けはお願いね」と声を掛け、
不倫がバレていることを知った夫は「そのつもりだけど・・」と
口ごもったのではないか、とまたまた想像が膨らんだ。
作品の中に隠されている「何気ない会話」「例え話」が、
作品後半になって、意味を持ってくると、なぜか嬉しいから、
こんな会話が「気になる一言」になってしまう。(笑)
あっ、この作品、原作があったんだよなぁ。
全然、関係なかったら、ちょっと恥ずかしいけれど、
今度、本屋で確かめてみようっと。
とても人間らしい作品。よかったです。
本木雅弘と言えば、おくりびとのイメージ。人生に葛藤しながらも納棺師という職業を通して故人と向き合い、人生の意味を再発見するといったものだった。
今回の作品もある意味で人生の再発見をしている。この作品での役どころは、おくりびとのイメージとはうって変わって、夫婦円満とはほど遠いプライドのかたまりになってしまった亭主役である。
最愛だったはずの奥さんに愛想がつきてしまっている。奥さんが旅行で家をあけている間、ほかの女の人を家に連れ込んでしまっている矢先、奥さんが高速バスの移動中に事故に遭い、還らぬ人となってしまう。
しかし、愛想が尽きていたためか、主人公は、奥さんの死を目の前にしても涙はこれっぽっちも出なかったのである。情事にいそしんでいた自分を責めることさえもなかった。
そんな無機質な状況のなか、奥さんの友人であり、一緒に旅行に行き、命を落とした方の遺族との出会いを通して、葛藤しながらも、人を愛することの意味を見いだしていくといった感じの話である。
自分自身は、同じような状況ではないけれども、今の環境を愛して、大切にしていきたいなと思わせてもらった。
出ている役者、一人一人の表情やセリフがリアルで、とてもよかった。多彩な才能を発揮されているらしい竹原ピストルさんの演技がとてもいいなと思った。また、池松壮亮のセリフにも、グッとくるものがあった。映画っていいなと思った今日この頃である。
全50件中、1~20件目を表示