「リアル宇宙ものは映画館で観なきゃ」オデッセイ SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
リアル宇宙ものは映画館で観なきゃ
今年一番の傑作!、というにはまだ2月だけど、これを超える映画が今後出るか疑問に思うほど良かった。
■映像
なんといっても映像が素晴らしい。薄青い火星の空、グランドキャニオンを思わせる赤い大地、吹き荒れる砂嵐…。実際の火星に降り立ったかのような臨場感。そして無限の、驚異の、非情な宇宙。これは映画の大スクリーンでなければ味わえない。
宇宙船を含む機械類も、本物にしか見えない。この映画に全面協力しているNASAは、実際に火星への有人探査を計画しているらしいので、リアリティの面ではすごいレベル。
■ストーリー
火星に1人取り残され、サバイバル、という、いわゆるロビンソンクルーソーものなんだけど、他とは一味違う、2つの特徴がある。
1つは、主人公はスーパーポジティブで悲壮感がない、ということ。映画全体が楽観的で楽しい。かといってご都合主義というわけではなく、次々に絶望的な困難が降りかかってくることには変わりがない。
人間が絶望的状況に立ち向かうために必要なもの。「知識、知恵」はもちろんだけど、「意志、勇気」も同じくらい必要であることに気づかされる。
もう1つは、地球やクルーの協力の部分にかなり大きな比重がかけられていること。映画のドラマ全体の中で、主人公のドラマ以上の比重がかけられている。
これは、ウルトラマンでいったら、たまにある科特隊のドラマが中心になってる話のようなものだ。
主人公はこの映画におけるヒーローには違いないが、そのヒーローは大勢の準ヒーローに支えられている。
なんだかこの構図、既視感があるな、と思ったら、「はやぶさ」はまさにこの形だったな、と思う。地球への不可能に近い帰還を、地球側からあれやこれやしてなんとか助けを出すところが似ている。
■テーマ
「合理的判断を超えたところにある価値」「進み続けることの価値」を強く感じた。
たった1人のアメリカ人の宇宙飛行士を救出するために、世界全体が協力するという、現実にはありえなさそうな事が起こる。
しかし、決してご都合主義ではない。打算、政治的駆け引き、感情、様々なものをときに正攻法に、ときにトリッキーに、1つ1つクリアしていく。
国家機密、予算、人命を伴うリスク、様々なものを犠牲にする、あり得ない判断だ。合理的に考えれば。
しかし、その合理的判断を超えたことに挑戦することで、逆説的だが、とてつもない大きな利益が得られることもある、と言っているようだ。例えば、世界の気持ちを1つにする、というような。
中国が協力するくだりには、この映画のメッセージ性を強く感じた。普通であれば絶対に協力するはずのない二国が協力するきっかけを与えたのは、たった1人の人間の命を救うことだった、と考えると、なんとも面白い。実際の政治の世界でもこういったことはときどきある。
合理的判断というものはイコール現実的判断というわけではないし、合理的判断をしたからといって、未来を予測できるものでもない。
実は宇宙開発そのものが、合理的判断の文脈では否定するしかないものだ。地球以外の星に移住することや、宇宙の資源を利用することは、現実的な話ではない。では、一体どんな価値があるのか。なぜ人は宇宙に出ていかねばならないのか。
原作小説のタイトルである、Martian(火星人)に、どんな意味が込められているのか。火星人、といったとき、そこに対比されるのは、地球人、だ。地球を外(例えば火星)から見た視点を全人類が手に入れたとき、人類が協力し合える可能性もあるのではないか。
■科学考証
最後の主人公のアイアンマン式移動法は、なんだか無茶な感じもするが、映像として見せられるとギリギリ有りかな、と思った。映画のリアリティと盛り上げのどちらを優先するかで、かなり取捨選択が難しいシーンだと思う。
火星の大気圧に1つの疑問が…。火星の気圧は常に低いように描写されているが、一方で建物を大破させるほどの猛烈な風があるとされてて、矛盾しているように思った。
ポテト農園を、火星の砂と排泄物から作っていたが、排泄物を分解する土壌細菌はいらないんだろうか?
これらは原作小説読めば、詳しく解説されてるのかな。
ちなみに2Dで観た。個人的にはこの映画は2Dで観た方がいいと思う。比べたわけではないので、あくまで個人的見解。それより、できるだけ大きなスクリーンで観ることが重要と思う。
■追記
この物語におけるキャプテンには何かある、と思って考えていた。
主人公をはじめに見放したのは、完全に合理的な判断で、それを誰もが認めている。生還の望みの薄い彼のために、全員を全滅させる危険にさらすなどできない。
にも関わらず、キャプテンは負い目を感じざるを得ない。そして、最後に主人公を助けるために、キャプテンは自分の身を捧げる。キャプテンにとって、主人公を救う機会を再び与えられることは、とてつもない喜びだっただろう。決してやり直すことが許されないはずの過ちを、取り返す機会を奇跡的に与えられたのだから。
と、ここまで考えて、この物語の全体が実はイエスキリストの復活の伝説を雛形にしたものなのではないか、と気づいた。
主人公はイエス、ペトロを代表とする弟子をキャプテンと考えると、なんとなくあてはまる気がする。
英雄は死ぬことによって英雄となる。
英雄は死から蘇り、奇跡を信じさせる。
人々の「祈り」により、英雄は地上に帰還する。