「由緒正しげなまがい物」この世界の片隅に Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
由緒正しげなまがい物
NHKニュースで取り上げられ、しかもキネマ旬報の第1位ということで、期待感を持って見た。個人的には、良いと思われるところも無くは無かったものの、大部分で、がっかりとさせられた。
まずクライマックスであるはずの、すず号泣のシーンでの涙の絵が良くないと感じた。あの大きな玉が涙なの?液体感が無く、涙の感じがせずに、美しさも無かった。アニメは動画の質感がとても大切だと思うが、あそこではその仕上げレベルが低いと思われた。又、すずの言う言葉も陳腐で、その前の韓国旗の絵との繋がりも悪く、号泣の訳が理性的にも感情的にも十分につくりとして納得させられていない様に思え、ここの部分の原作からの変更は失敗していると自分には思えた。
第2に、登場人物の誰もが良いヒトであることを、とてもつまらないと思った。少しとろく、少女の様に無垢のまま妻となったすずのキャラクターは、監督の理想かもしれないが、アニメ界での宮崎及び庵野両監督の二面性有するヒロイン像からすると、少し、監督の計算?があざとくも感じられ、自分には魅力を感じられなかった。自分で「うちゃはぼーっとしとるもんで」と言ってしまう主人公を2017年の今、女性の蔑視にも思え、自分は見たくないのだろう。原作では習作は遊女リンと関係していて、すずはそれを知って苦しむらしいが、映画ではただただ良い旦那との設定で、視聴者の理解レベルを低く見ている様で、あまり気に入らない。第一面白くもなんとも無くなってしまっていて、勿体無い変更だと思われた。
第3に、リアリティが十分には無いと感じてしまった。確かに、戦争中といえども穏やかな時間や家族団欒や笑いもあっただろう。しかし、呉空襲や自宅に被害受けた後、もちろん笑顔の時間帯もあっただろう。でも、やはりその笑顔には多少の陰やどうなってしまうかという恐れや不安が滲み出ているのが、やはり真実に近かったのではないか?どうせやるなら、そこまでリアリティにこだわって欲しかったとの思いが強い。中途半端による嘘っぱちに思えるリアリティは、自分にはかえって良くないと思われた。
まあ、良いと思えたところも有るには有り、オープニングのコトリンゴさんによる「悲しくてやりきれない」は、その歌声だけで涙が出てしまうほどで、とても良かった。無機的美しさは感じられるまでではないが、戦艦大和の精密さには感心させられたし、何処よりも、対空の高角砲の煙幕が赤青黄と色々で、絵画のキャンバスをすずがイメージするところは、絵作り屋としての製作者の想いもこめられてるせいか、とても気持ちが動かされとても良いシーンに思われた。
そして全体としては、自分の居場所を見つける物語に、きちんとした監督なりの前の戦争に対する解釈が無い中途半端な状態のまあ、なってしまっている様に自分には思えた。というのは、あくまで戦争が表舞台に有るにも関わらず、原作のベースにある反戦的メッセージ性を唯そぎ落とすことにより、異なるメッセージ性、即ち、たとえ戦争になろうと、主婦たるものは、どんな環境でも細部にも工夫を怠らず、些細なところにも楽しみを見い出し、たとえ夫がいなくても家や家族をしっかりと守るべしというのがメインメッセージとも解釈可能に思えるグロテスクなものになっている様に思え、かなり嫌な気分になってしまった。声だけでかい様な反戦表明もひたすら被害者視点的なもの、どちらも自分は嫌いではある。とは言え、主舞台である戦争に対する知的考察が殆ど無い様に感じられるこの映画を、自分は正直とても嫌いであるし、多くの現在の一般的日本人に対して、罪深いものと感じている。
確かにこのアニメだと生ぬるいんです。凄く物足りないんです。それで、長尺の方を僕は見ました。でも、やっぱり、物足りないと僕は思っています。アニメは。しかし、原作の漫画を読んで見て下さい。そして原作漫画の『夕凪の街桜の国』も合わせて読む事をおすすめします。何故生ぬるくほのぼの終わるかが理解できると思います。アニメはオリジナルは『見る価値はありません』し、長尺は『大事な大事な所がかけています』
僕は、この原作は反戦漫画じゃないと思っています。言い換えるなら、現実でしょうか。
なるほど! 私の評価とは異なりますが、このレビューには「原作を読んでみなきゃ」と思わせる力がありますね。読んでみよっと。ありがとうございました。
(原作からの改編は映画として当然と自分は思いますが、「天空の蜂」の改編に対してはでは、Kaz Ann さんと似たような感想を持ちました。自分は両方は別々のものと解釈しています)
少なくとも私は、多角的に他人の多数の意見を取り入れて書いたような個人レビューなど、読む気はしません。多くの方が評価されていたら、その事実をまず受け入れて評価すべきである。そうですかね、芸術作品に対する考え方が少し違うようです。
他人がどう評価しようと、自分が良いと評価できるものは良いし、そうでないものは理由を挙げた上でそうでないとする、そう考えることが芸術作品に対する真摯な態度だと私は考えています。他人の評価を重視することは、商業主義的なところに繋がる気が、私にはしてしまいます。多くの方が良いというからには、これは良い商品なのだと。映画って完全にそういう商品そのものなんですかね。私はそうは思いたくないです。
原作から映画にする際、変えるのは勿論有りです。ただ根本的なところ、基本メッセージを変えてしまうなら、より良い変化となっていて欲しい。それがそうなっていなければ、評価は当然に落ちると、私は考えます。
レビューに間接的に書いた様に、私もイデオロギーから切り取った戦争映画は大嫌いです。
naga1548さんが言われているように、イデオロギーを取っ払って、この映画をみたとき、①クライマックスの動画表現が理からも情からも稚拙、②キャラクター設定、特に映画のヒロイン像(少女の様に無垢のままに見える)を好きになれない(再生はよくわかりませんが、無知からの開眼が丁寧に表現されている原作の方がずっと良いと思えます)、③その時代の本当のリアリティが感じられない。
さらに、イデオロギーを外して、呉空襲や広島原爆投下、軍隊や遊女、憲兵や庶民の暮らしを、本質的なところで知的にどうとらえるかという視点の表現の欠如。
といったところから、漫画の原作は秀作とおもえるだけに、本映画をまがい物と表現させていただきました。
じっくり読んで頂いた上でのコメント、有難うございます。戦争物の映画では、硫黄島の手紙(2006)が、私にはとても素晴らしい作品でした。そこには二宮和也が演ずるごく普通の兵員からの視点という形で、戦争の本質的なもの(理性を欠く熱さと狂気)が、しっかりと 声高ではなく、しかし知的に描かれていました。戦争映画としては最高級、本物の傑作だと思いました。一方、漫画原作のアニメとしては、今NHKで放映中の三月のライオンに注目しています。大いなる敬意からか実に原作に忠実であり、その上にアニメとしての表現的オリジナリティを多分に加え、とても素晴らしいものになっています。漫画自体でもとても感動させられましたが、さらにそれが奔流の様に押し寄せる経験を、嬉しいことに、今させてもらっています。
Kazuさんに共感しました。作品からは、普通に前向きに生きようとするいうメッセージを受け取りましたが、ホンワカまっすぐ過ぎて拍子抜けしたのも事実です。評判良すぎるのも怪しいし。