「毎日を明るい色で生きていく」この世界の片隅に 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
毎日を明るい色で生きていく
やっと福島での上映が決まった!
いつ上映するのかなと隣町の映画館の上映予定スケジュールをチェックし続け(地元の映画館ではまず上映しないので)、何とか年内鑑賞に間に合った!
当初はそれほど興味惹かれなかったが、ここまで評判いいと俄然見たくなってくるのがいつもながらのミーハー心。
時期的に今年最後の劇場鑑賞。
締め括りに相応しい名作であった!
今年は本当にアニメ映画の当たり年。
「君の名は。」も「聲の形」も非常に良かったが、より日本人の心に響くのは本作ではなかろうか。
まずは当時の市井の人々の営み。
自分はその時約マイナス40歳ぐらいだが、その時代の空気や息遣いをしかと感じた錯覚に陥った。
これは何年もリサーチしたという片渕監督の丹念な描写と演出に尽きる。
開幕からこの素朴な手描きの画に心満たされた。
「君の名は。」のような圧倒的な映像美にも魅了されるが、このタッチの画こそ温もりと(マイナス40歳の自分が言うのも何だが)あの時代の懐かしさを誘う。
すずが美しい。
実年齢より幼く見え、凄い美人でもない。
心が清らかなのだ。小さな些細な事に素直に笑い、泣き、喜ぶ。
それらがとても魅力的。だからこそ、時折容姿さえも美しく見映える事も。
性格はおっとりほんわか…と言うか、かなりボーッと抜けている。
完璧な嫁ではないが、彼女なりに嫁いだ先で健気に奉公し、減っていく食材で工夫を凝らして食事を作る姿に、嫁さんになってほしいと思った。
そんなほっこりするような人柄のすずに、自身も天然な能年玲奈改めのんの声がピタリとハマった。
プロの声優ではないので序盤の子供時代と成長した大人時代で声の違いをつける事は出来なかったが、穏やかな人柄と共に広島弁が耳に心地よい。
あまりにも突然だった。
広島・江波から呉へ嫁に行く事に。
慣れないお嫁さんとしての生活、小姑はちとキツいが、義理の両親は優しい。
夫は不器用だが、愛情深い。すずを嫁に欲したのは、ある出会いからの彼のたっての希望であった。
すずには仄かに想いを寄せていた幼馴染みが居たが、二人は少しずつ愛を育んでいく。
キス・シーンがアニメ史上屈指と言ってもいいくらい美しい。
すずと幼馴染みの再会、夫の計らい、嫉妬、初めての夫婦喧嘩、キツいけど優しい優しい一面もある義理の姉、愛らしいその娘…。
ヘコむ時もあるけど、食べて、笑って。
貧しく、苦労が絶えない中で見つけるささやかながらも満ち溢れる幸せ。
それが人の本当の幸せではないだろうか。
絵を描く事が大好きなすず。
毎日を、明るい色で描いていく。
…突然、それはドス黒く混入し始める。
夢見心地な感傷に浸っていると、ハッと気付く。
ここは広島。この時代。
忍び寄り、どんどん濃くなっていく戦争の色…。
誰かのレビューで、広島・呉は太平洋戦争の起点というのがあった。
確かに歴史的に振り返るとそうなのだろう。
しかし、呉を拠点にしたのも、戦争を始めたのも、国だ。
そこに住む人たちには何の罪も無い。むしろ被害者だ。
壊されていく。
日常が。
ささやかな幸せが。
奪われていく。
手を繋いでいた愛する人が。
自分の体が。
失われていく。
大切なものが。
何もかも。
戦争物を見る時、いつも必ず重視する点。
庶民の姿を通して、戦争の不条理を訴える。
これまで見た中でも特に胸に重苦しくのしかかった。
一日何度も鳴る空襲警報にうんざり。
防空壕の中から聞こえる爆撃音が怖い。恐ろしい。
表記される年月。それが“あの日”に近付くにつれ、タイムリミットのようにハラハラする。
呉は爆心地から離れている為直接的な描写ではなく、玉音放送~終戦も割とあっさり描かれる。
当時の人々にとってもそうだったのだろう。
突然何かが起きて、突然何かが終わる。
庶民はただ流されるだけ。
戦争は終わった。
多くのものを壊して。奪って。
庶民の営みは変わらず続く。
いやそれ所か、より貧しく、苦しく、辛く、悲しく、疲れ果てて。
そんな中からまた見つけていかなければならない。
ありふれた日常を。ささやかで満ち溢れた幸せを。
この喧騒とした世界。
その日陰のような片隅で、ひっそりと美しく咲く一輪の花。
再び、毎日を明るい色で描いていく。
私たちは生きている。生きていく。