劇場公開日 2016年11月12日

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「日常の大切さと、それを奪われることの悲惨さ」この世界の片隅に ふまさんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5日常の大切さと、それを奪われることの悲惨さ

2016年11月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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70代で幼少期に戦争体験をした世代の人と観に行きました。彼女の感想は、「ひもじさは、こんなもんじゃない」。しかし片渕監督は6年がかりで資料や現地調査など、当時の状況を徹底的に調べ上げているので、史実とそんなに食い違いはあるとは思えない。その齟齬の原因は、おそらく、のん演じるすずさんのメンタリティにあると推察します。いわしの干物4匹で一家4人の3食分のおかず(これもおそらく比較的マシなときの設定ですが)、など、徐々に追い込まれている状況は描かれて入るものの、描写も淡々としているし、すずさんは相変わらずほんわか、のんびりしていて、めげる様子がないので、悲壮感がないのです。しかし、この作品は、ほんわか、明るいメンタリティの人をどこまで追い詰めたら壊れるか、の思考実験的な側面があり、淡々と平和時からの日常を描くこともその思考実験の前提になっているので、その点への了解がないと、なかなか壊れないメンタルはおかしい(ので、ひもじさの描写が甘い、と映る)とか、日常描写もトロ臭いとか感じる人も居ても仕方がない。逆に、その点への了解があれば、どんなに明るいメンタリティの人でも究極に追い詰められれば壊れて笑顔を失うし、そのことが戦争の問答無用の悲惨さを状況証拠的に描いているという話の構造もわかってきます。反戦イデオロギーを大上段から振りかざして、グロテスクなシーンを盛りだくさんにして厭戦思想を押し付ける作品は過去にもありますが、このように、平和時の日常風景からはじまり、真綿で首を絞めるように主人公を追い詰め、状況証拠的に戦争の悲惨さを浮き彫りにするという方法論は今までにないと感じました。この方法論を成立させるには、すずさんのメンタリティの描き方が精緻でなければならず、その点から、のん以外の役者では本作は絶対に成立しなかったでしょう。

ふまさん