劇場公開日 2016年11月12日

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「漫画と映画で補完しあう「この世界」」この世界の片隅に hhelibeさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5漫画と映画で補完しあう「この世界」

2016年11月12日
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鑑賞方法:映画館

公開日2016年11月12日以来、2回目の観賞。

もともと原作ファンで、1回目はなるべくフラットな状態で観たが、今回は原作を久しぶりに再読し、アートブックも読んだ上で映画館へ。

アートブックを読んだ後だと、1秒にも満たないちょっとした画にもいろんな情報が盛り込まれてることが分かる。
例えば、祝言のために浦野家一同が呉駅を通るシーンだけでも、駅のあちこちに海軍の軍人がいること(逃亡する兵隊がいないか見張っている)、改札の駅員に女性しかいないこと(男性を兵隊に取るために、女性ができる仕事に男性が就くのは禁止されていた)など、語られない背景にも細かい情報がぎっしり詰め込まれている。

それとやっぱり、画の美しさ、緻密さが凄い。
原作の絵を尊重しつつ、ここまで微細で美しいアニメーションになるのか…!という驚きは、原作を読み直した後の2回目のほうが大きかった。

個人的に、映画オリジナルで一番好きなのは最初の空襲シーン。
初めての空襲に怯えるすずさんと晴美さんに対して、発動機部に勤めるお父さんは2人を守りながらも自分が携わった航空機が活躍するのを誇らしく思い、「広工廠歌」を歌う。
画用紙に絵筆で色を置くように、放たれる砲弾。
空襲の恐ろしさとともに、「恐ろしい」だけでは片付けられない呉の人々の複雑な心情が描かれていて、なんとも言えない気持ちになる。

が、映画の尺に収めるため、漫画で描かれた大事なことの多くがすくい取られないままになってしまっているのもまた事実だと思う。

リンさんのエピソードの多くが削られているのはもちろん、それに伴いすずさんと周作さんの関係性の変化、心の機微もだいぶ簡略化されてしまっている。
そして例えば、近所に住む知多さんや刈谷さんが8月7日に広島へわらじを届けたことでどうなるのか、とか、終戦後にすずさんが生家を訪れた際、家はどうなっていたのか、とか、ストーリーの枝葉の部分なれど「この世界の片隅に」という作品を形作る上では欠かせない様々な要素も間引かれている。

また、これも尺の都合だと思うが、特に映画の前半部分で「もう少し間を取ってほしいなぁ」と思う場面が散見された。
特にコミカルなシーンは、ちょっとした間でもう少し笑えるようになるのに…と思うことが多かった。
また、すずさんと周作さんが橋の上で語らうシーンなど、大事な場面の会話ではもう少し緩急を付ければもっとセリフが生きてくるように思えた。

この作品の漫画と映画はどちらが優れているというものではなく、補完関係にあると思う。
もし映画を観て「良い作品だった」と思うのなら、ぜひとも原作を手に取り、そしてできれば細かい注釈まで読み込んでほしい。
それにより、すずさんがいる「世界」にもっと奥行きが生まれ、物語がさらに愛おしく感じられると思うから。

hhelibe