「ジム・ジャームッシュを待っている」オーバー・フェンス 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
ジム・ジャームッシュを待っている
原作、佐藤泰志(作家ありきの企画だとおもうので、かなり作家寄りの感想です)。
他に映画化されたものに『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』。「社会の底辺で必死に生きていく若者たち」「地方都市の閉塞感」に光をあてる…みたいな映画とされている。それにずーっと違和感あった。
佐藤泰志の小説全て読んでるが、底辺感ってまるで感じない(あくまで個人的な感想です)。
お金は無いが、ジャズ喫茶とプールと映画館に通う若者たち。登場人物達は、トリフォーを語り、ビクトル・エリセに感動し、パゾリーニをバカにし、ジムジャームッシュの新作を心待ちにしている、けっこうなシネフィル…そんな設定であることが多い。
そういう人を底辺だねと安易に同情したら、逆にバカにされそうでもある。あえて規範外に身を置いているんだという心意気(それこそジャームッシュ的な)すら感じる。
「底辺」とか「地方都市の閉塞」とか、たとえ自身で感じていたとしても、他人からは間違ってもそう思われたくない。可哀想と同情されたくない。共感を寄せても「お前に何がわかるんだ」という頑なさがある。
私が、佐藤泰志に心動かされるのは、その、頑なさ。
人に寄り添っているようで、いつも距離がある。
頑なさと共鳴の間で、チリチリと爆発を待っているような何か(怒りなのか、希望なのか、何なのかはわからないが)。
だからこその青春小説ではないかと思う。
あくまで個人的な感想だが、『オーバーフェンス』は、佐藤泰志らしさが、色濃く感じられた映画だった。
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ほぼ逆光で撮られたオダギリジョー(ちゃんと光を当てて撮られた女優達との対比が面白い)。
充分な光量で撮られた彼のカットは、怒って頑なになって反発している時だけ(2シーンだけ)。
その他は曇天にまぎれている。
反発しながらも、何かを待っている。何かを求めている。ホームランなのか、蒼井優なのかは知らないが、何かを待っている。チリチリとしながら何かを待っている。とても佐藤泰志らしい映画だと思った。
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追記1:オダギリジョー、松田翔平、松澤匠らの、良い意味でのウソっぽさ、フィクションぽさ、安っぽさ、カッコ良さがとても良い。
かつて、文芸評論家の江藤淳は佐藤泰志を「日活映画のアクションもののような安っぽさ」と評した。私はその安っぽさフィクションぽさが長所であり短所だと思う。
ちなみに丸谷才一は、「若者たちに寄り添ひながら、しかしいつも距離を取つてゐる」のがとても良いと佐藤を評している。
「チリチリした怒り」と評したのは確か遠藤周作(これに関しては読んだのが昔すぎて記憶違いかも)。
追記2:佐藤泰志と親交のあった福間健二氏の書籍「佐藤泰志 そこに彼はいた」、すごく面白くてナルホドと思った。
追記3:佐藤泰志に関するドキュメンタリー映画『書くことの重さ』。知ってる人が出てたので、公開時に観たが。低予算とはいえもう少し何とかならなかったのかと、ちょっと残念だった。
追記4:日本のジムジャームッシュといえば山下敦弘監督(ほんとか?)だが。彼の『リアリズムの宿』『松ヶ根乱射事件』なんかもチリチリしながら何かを待ってる映画だなあと思います。
レビューの中で唯一同感しました。私はリュウ・アーチャー/ロス・マクドナルドを連想しながら佐藤さんの小説を読んでました。「底辺」とか「地方都市の閉塞」とか「絶望」とか、それだけだったらこんなに読まれません、その人なりのモラルとあるべき像があるから皆苦しむ、実はモラリスト達が中心のお話しなんだと思います。