「諦めた人生のリアリティ」オーバー・フェンス いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
諦めた人生のリアリティ
特にTBSラジオでのCMが凄まじく、これだけの宣伝露出ならば期待値以上の作品なのかと勝手に『オーバー』してしまうが、実際の所は、非常に感想の難しい内容であった。キャッチコピーの一つにこの監督の『函館三部作』が飾られているが、どうしても函館でなくては駄目だという説得力はなく、ロケ自体はどこであっても良いのではないかと思うストーリー。
ただ、主人公の気持ちや置かれている状況は、共感が否が応でも感じ取れる。荒んだ生活を職業安定所というそれこそ唯一の『安定装置』にぶら下がり、その間の生活援助を得る。この制度自体、自分も経験があり、またこれからもお世話になる可能性が高いので、身につまされる辛い思いが胸を締め付ける。多分、優秀な学歴とそして一流企業への就職、一生懸命家族を養うための会社への滅私奉公が、逆に家族を犠牲にする日々の生活の中で、徐々に妻が壊れていき、そして子供に手を掛ける妻を底まで追いやった自分の責任で、別居を余儀なくされる。責任とはいえ腑に落ちないけじめ、未だ捨てきれない愛情、本当に自分が悪いのか、誰が悪いのか、自分の中で決着が付いていない中で日々の生活をしていかなければならない苦しさ。傍目には失業保険を食いつぶすだけの社会の迷惑な人種だと自ら自己卑下しながらの暮らしはビールと弁当屋の食べ物だけの寂しさに包まれる。
そんな職業安定所での、他の入所者との触れ合い、ソフトボール大会、そして、ひょんな事から知り合う、精神的に病む女との出会いの中で、主人公の今までの人生へのけじめ、そして未来への希望の端を垣間見ることを淡々とそして切々と語りかけてくるストーリーである。
狂言役であり、ヒロイン役であるところの蒼井優の演技は確かに堅固である。ハスッパでしかし子供のような仕草、病的な程の潔癖な発作と、ズカズカと主人公に対する痛い傷を掻き回す無神経さ、しかしだからこそ見えてくる相手への切ない拙い愛情表現。
ヒリヒリとする程、本音をぶつけそして勝手に傷つく、心の自傷行為。その余りにも天真爛漫さ、手に負えない突発的な行動の数々に、主人公は別れた妻の本当の気持ちを理解することができる。
小説が原作で、自分は未読だが、多分、丁寧に映画化が施されていると感じる。入所者の中の1人、満島真之介のイジメに対する爆発のシーンがMAXの抑揚位で、それ以外は盛り上がりはあまりない。邦画としてはこのテンションのレベルは一つのカテゴリとしては必要だと思うのだが、商業的にどうなのかと心配もしてみたりする。かなり文学的な作品で、ある意味挑戦的な映画なのかもしれない。最後のホームランのシーンはラストシーンとして陳腐かもしれないが、落ち着くところに嵌って、カタルシスは得られるかと感じる。