「自分のために生きることに葛藤する少女の健気な姿と心の解放に、ラストは涙腺が刺激される」エール! 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
自分のために生きることに葛藤する少女の健気な姿と心の解放に、ラストは涙腺が刺激される
★★★★☆
フランス映画もずいぶん様変わりしたものです。人生を斜めから見るような、ちょっと不道徳で時に難解、一筋縄ではいかない人間観察などなど、往々にして難解なもの、ヤマなしオチなしが代名詞といわれてきたものでした。
それが『オーケストラ』の大ヒット以来、一直線に泣ける、笑える作品が続々登場してきています。本作も、隠れた才能を見いだされたヒロインと家族の成長を描く人間賛歌。 耳が不自由な障害者おの家族を、これほどたくましく、ユーモラスに、かつ感動的に描いた作品はないでしょう。元気づけられるのは、歌と人間を愛し、奇跡を信じるすべての映画ファンに違いありません。
とはいえ、やっぱりそこはフランス映画。後で述べるように、設定には一ひねりしていました。
物語は、フランスの田舎町で酪農業を営むペリエー家が舞台となります。両親と姉弟の4人家族で、父ロドルフと母ジジ、弟カンタンは耳が聞こえません。唯一耳が聞こえるのは高校生の長女、ポーラ(ルアンヌ・エメラ)だけ。
それでも皆、陽気で活力にあふれていました。家族の中で、手話が激しく行き交い、それがダイナミックなアクションのような効果を生んで、家族皆がとにかくにぎやかに語りあっているように見えてしまうのです。
そんなある日、ポーラは思いを寄せていた同級生ガブリエルが、選択授業でコーラスを選んだのを見て、思わず同じ授業を受けることになりました。ポーラに天賦の歌声に気づいた音楽教師のトマソン(エリック・エルモスニーノ)はポーラの才能を伸ばして、パリで教育を受けるよう勧めるのです。パリで学べば、一流のオペラ歌手への道が開くのでした。
一方父親のロドルフは、村長が農地をつぶして工場を誘致する計画を進めていることを知り、反発。耳が聞こえないのは個性だ。黒人だって大統領になったのだから、自分だって村長になれると、村長選挙に立候補してしまうのでした。その自信たっぷりに選挙運動をすすめる様は、なかなか滑稽で可笑しかったです。
選挙運動で盛り上がる両親や弟たち。その姿を見るにつけポーラは、憂鬱になります。 才能があるのに、自ら努力しようとしなかったり、自信が持てなかったりして、結局は未開花のままの才能をつぷしてしまう人は多いことでしょう。しかし、ポーラの場合は家庭環境が壁になったのでした。歌手への夢どころか、そもそも歌を楽しむという感覚は、耳の不自由な家族には、もっとも説得困難なことだったのです。
家族3人分の手話による通訳を、ひとりでやらざるを得ないポーラ。でもパリへ行きたい!そうなったら、家族は耳と声を失うことになってしまいます。
ポーラの葛藤を柱に、ガブリエルとの恋や村長選を巡るドタバタも絡んで、映画はにぎやかに進んでいくのでした。
本作の魅力は、湿っぽくならず、あっけらかんとしているのがいいところ。一家は聾唖(ろうあ)は個性と、あくまで前向きです。
膣炎で、婦人科を訪れた両親が医師の前でポーラを通訳に性生活の議論を始めるところは、可笑しくて仕方ありませんでした。
医者から、夜の営みが激しすぎて控えるようにと指導されると、手話通訳に付き合わざるを得ないポーラは大まじめに、手話で通訳することになります。それを聞いた両親は、必死になって、毎晩セックスがしたいのだという要求を医者に認めさせようとポーラに通訳をけしかけるのです。年頃のポーラにとっては、赤面ものの連続で、何とも辛いところですが、見ている方はおかしくて大爆笑でした。
そんな際どい笑いこそ、フランス映画ならではといえるでしょう。
加えて、聞こえないことを体感させる場面の描き方が秀逸です。
卒業発表で、ポーラが歌声で観客を魅了する場面では、一家は誰もポーラの声を聞くことができません。そんな状況を大胆にも家族目線で無音で描きだします。それでも、周りの聴衆の感動ぶりを振り向かせて、家族に気づかせいて、劇的に盛り上げるのです。
あまりにストレートな予定調和な作品なので、屈折した内面描写や複雑な感情表現を期待する向きにはお薦めできません。
それでも、自分のために生きることに葛藤する少女の健気な姿と心の解放に、ラストは涙腺が刺激されることでしょう。フランスで4週も興行動員数のトップを独走した作品だけのことはありました。
本作で大注目なのが、ホープ役のエメラ。彼女は、オランダをはじめ、各国で人気のオーディション番組「The Voice」で、奇跡の歌声と称賛されて歌手になった翌年、本作品でスクリーンデビューを果たしました。
歌声はもちろん、表情をくるくると変化させ、ちょっとぽっちゃりした体を躍動させる演技力は半端ではないと感じました。
なかでも圧巻は、耳の不自由な家族が見る中で、途中から手話を交えながら歌うパリでのオーディションのシーン。歌手としても女優としても、今後の活躍が大いに期待したいです。
本作は、撮影や美術面でもこだわりを見せて、ポーラの活動的な生活に光を当てて丁寧に追いかけていました。
例えば、冒頭の登校の場面。
田園風景の中を自転車で行く時のなびく金髪や、スクールバスで音楽に夢中になっている表情のアップも印象的。
朝から生花や果物が飾られた一家の居間や、牛舎で生まれたばかりの子牛といる場面のように、やや過剰な小道具や背景の中でもポーラだけは際だって明るく可愛く撮られていて素敵です。
ラルティゴ監督の言う「華奢で壊れそうな雰囲気で、それでもしっかりそこにいる」という存在感がよく表現されたとおもいます。