赤い玉、 : インタビュー
奥田瑛二&高橋伴明監督「赤い玉、」で真正面から向き合った“性”と“生”
荒波にもまれ、時にあらがい、打ち破ってきたベテランだからこそ今の日本映画に対する憂慮がある。高橋伴明監督、奥田瑛二主演による「赤い玉、」は、「性」と真正面から向き合うことによって老齢に差し掛かった男の「生」をあぶり出した野心作だ。高橋監督が教べんをとる大学の学生もスタッフとして参加。2人は“共同正犯”となって、映画におけるエロティシズム、映画そのものの在り方を問いかけている。(取材・文・写真/鈴木元)
高橋監督は京都造形芸術大学映画学科長として、プロと学生が共同で映画を製作・公開する活動「北白川派」を主導。自身の監督作「MADE IN JAPAN こらッ!」(2009)をはじめ、今年公開の「正しく生きる」など意欲作を輩出しているが、学生に対してどこか物足りなさを感じていた。
「今の若いヤツは、性表現から逃げている。逃げない現場に引き込みたかった」
その思いに駆られて脚本を執筆したのが「赤い玉、」だ。主人公は、自身を投影した部分もあるという大学教授も兼ねる映画監督・時田。理解ある愛人と暮らしているが、新作の企画はなかなか通らず、老いも自覚し始めている。そして、書店で目にした女子高生によって己の人生を狂わせていく。時田役に指名したのが奥田だった。
「同年代で、監督でもあるし、こういう内容を受け入れてくれる人だと思っていた。それに僕と違って男というかオスというか、まだ現役感があるから奥田だろうと」
かつて2時間ドラマで1度組んだだけだが、同世代でともに認め合っている間柄。奥田もすぐに応じる。
「いずれ映画ができたらいいと思っていたからね。お互いにエロティシズムもそうだけれど、映画界をちょっと憂えている部分を話して、やろうということになった。やる以上はすべてをさらけ出すというか身を投げ出す気持ちでやらなきゃいけない映画だと思ったし、そう思わせてくれる人なので楽しみでしたよ」
ベストセラーや人気コミック、ドラマの映画化がすう勢を極める日本映画界の現状。高橋監督は「当然あるべきかもしれないけれど、それだけじゃつまらんだろう」と控えめだが、奥田の言葉はもっと直截(ちょくさい)だ。
「オリジナル志向の自分としてはバランスが悪すぎだよね。小説、アニメ、オリジナルとするとオリジナルは5%くらいで、あとを半分ずつ分けているみたい。世界に冠たる日本映画として、強烈な言い方をすれば堕落だと思う。日常生活をしていく中で営まなきゃいけないのが性。必要外のセックスシーンはダメだけれど、それがあることによって主人公とヒロインが立体的になって、そのバックボーンまで見えてくるのが性描写。そういうことを今のうちに見せておかなきゃいかんという気持ちは、俳優としても映画人としてもおおいにあった」
スタッフの学生は公募し、面談の上、親の承諾も得て起用。高橋監督は、「まあ、尻込みするだろうと思っていたけれど、女子だけで10人以上来たかな。意外でしたね」と振り返る。愛人役の不二子をはじめ、オーディションで選んだ女子高生役の新人・村上由規乃ら女優陣も相当な覚悟をもってラブシーンにも挑んだようだ。
奥田「カメラがあって監督がいるわけだから、役者として無駄な苦労、心配はかけたくない。監督がNGを出すのは“玉”が見えた時くらいで、あとは全部OKというところまで身を投じないといけない。それをやると女優さんもおのずと心がポンとはじけていくわけ。自分が経験してきた中で100%そうだったから、なんのちゅうちょもなかった」
高橋「経験値もあるだろうけれど、相手をその気にさせるのはうまいよね。奥田がここまでやるなら、私もやらなきゃ関係性が成立しないって気にさせちゃうよね」
撮影は昨年の春、夏、秋に分けて行われたが、特に夏の撮影では学生スタッフの成長を如実に感じたという。
奥田「最初はすっぽんぽんになる俳優を目の当たりにして、ツバを飲み込んでビックリしたと思うけれど、重ねていくうちに彼らがなんのてらいもなくケアしてくれる。見ていてさわやかな感じがしましたね。全裸でやっていてカットがかかったら、そういう時は俺にひとつ、女優さんにひとつバスタオルをかけるんだよって教えたら、喜々として来るわけ。これが楽しかったんだよ。成長度はビックリするくらいすごい」
高橋「最近はあまり怒らないヤツになっているんだけれど、夏に1回だけガツンと怒ったんですよ。それでダメになるヤツってけっこう多いから難しい。1人だけ折れてしまったけれど、あとはグンと伸びましたね」
奥田「責任というものを初めて自覚したんじゃないのかな」
高橋「自分がきちんとしないと、どれほど映画を壊してしまうかというのが分かったんですよ。自分がいなきゃ、この映画はできないんだっていうくらいにね」
淫靡(いんび)で生々しいラブシーン、時田が惑わされる女子高生の妖艶な姿態など、肌のぬくもりをも感じさせるゾクッとする鮮烈な性描写は、高橋監督の真骨頂ともいえる。「愛の新世界」以来21年ぶりに本格的なエロスに取り組み相当な手応えを感じているようだが、教え子を含めた後進にはまだまだ手厳しく、さらなる奮起を促す。
「安全圏にいっちゃって挑戦しない。こっちはマジメにライバルを育てようとしているんだから、おっさんは引退しろ、出る幕ねえよって倒しにかかってくるようなヤツが欲しいんですよね。学内のゼミで撮る作品でもいい。どうだ、ざまあみろみたいな作品をぶつけてきてほしい」
一方の奥田は、俳優としてここ数年の精力ぶりは目覚ましい限り。直近でも映画「ベトナムの風に吹かれて」、NHKのドラマ「経世済民の男 小林一三」などで重要な役割を担っている。これは長女の安藤桃子監督、次女の女優・安藤サクラら家族の存在が刺激になっているという。
「次女も、その旦那(柄本佑)もアプローチの仕方がすごい。よく辞書を覚えて飲み込むっていうけれど、それ以上のことをやって現場に臨むわけ。俺はそんなことやったことねえなって思うと同時に、今からでも間に合うんだと思えた。努力ってこういうことかって。ずっと怠け者だと思っていたけれど、1回やめてちゃんとやろう。ストイックには際限はないわけだから、そういう意味じゃ娘たちに教えられたっていうのはありますよね」
タイトルは、男性が“打ち止め”になった時に出るとされるといわれる伝説からきている。だが、高橋監督は「次もいくぞって気になりましたね」と意気軒高。奥田も、「なるよな。出演者が少なく、肉体をさらけ出して人間を語る映画を撮ってみたい」と呼応。戦友2人からは当分、映画人としての赤い玉は出そうにない。