「不撓不屈の真面目な男。」ブリッジ・オブ・スパイ さんばさんの映画レビュー(感想・評価)
不撓不屈の真面目な男。
派手さはない。ただ真面目。ただ不屈。不撓不屈の真面目な男。
その男には信念がある。意志がある。絶対的な矜持がある。
自分にとってなにがいちばん大切かを知っている。
それを曲げれば、自分が自分でなくなってしまうかもしれないもの。
自分の奥の奥でめらめらと燃えさかり、魂のあり方をあぶり出す原始の火。
トム・ハンクス演じるジェームズ・ドノヴァンのその生き様に、静かな震えが止まらなかった。
しかも彼は実在している。
ソ連のスパイであるアベルの弁護を依頼されたアメリカ人弁護士ドノヴァンは、敵国のスパイを弁護するのかと大衆の強い非難を浴びる。
電車に乗り合わせる人の目にはつめたい怒りの火が灯り、裁判長は予定調和の感情的な有罪判決を当然として曲げようとしない。
自宅には銃弾が何発も撃ち込まれ、愛する家族が危険にさらされてしまう。
それでもドノヴァンはアベルの弁護をやめない。
たとえ敵国のスパイであっても、スパイである前に人間であり、法の下に平等であるからだ。
とても印象的なシーンがある。
CIAのエージェントから「弁護士の規則なんてどうでもいいからアベルの情報を渡せ」と詰められたドノヴァンはこう答えたのだ。
「”規則なんて”と言うな。君はゲルマン系、私はアイルランド系、民族の違う我々を同じアメリカ人たらしめているのはただひとつ、規則だ。規則とは憲法だ。誰もが法のもとに庇護を受ける権利を有することを規定している憲法だ」と。
ここに彼の、人間に対する徹底して厳しくやさしい眼差しを感じる。
そんなドノヴァンに負けないくらい、真面目で、祖国への忠義に厚いアベル。
「不安はないのか?」と尋ねられ、「それが役に立つのか?」と返すアベル。
2人は次第に、国や人種を超えて人間として互いに尊敬の念を抱くようになる。
クライマックス、彼らがお互いに対して贈りあった贈り物。
不撓不屈の足で駆けずり回り、命以外のほとんどを犠牲にして手に入れ、東西ドイツの凍てついた空気で包み、信頼というリボンで巻かれた、その正体ー。
ぜひ皆様にも観ていただきたいです。