「壊す力を守る力へ」サウスポー 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
壊す力を守る力へ
主人公ビリー・ホープは挑発的・攻撃的なスタイルで
43戦無敗という戦績を残してきた、ボクシングの
ライトヘビー級王者。
愛する妻と娘にも恵まれ、幸せの絶頂にあった彼。
だがある事件で妻を失って以来彼は自暴自棄に陥り、
財産も名誉も仲間も失ってしまった挙げ句に、
保護者としての能力不足として、娘とも離ればなれに。
娘を取り戻したい一心の彼は、ボクサーとしての
再起をかけ、かつてのライバルを育てた小さなジムの
トレイナーを訪ねる――というあらすじ。
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先に不満点から述べておこうか。
タイトルでもある“サウスポー(左利き/左構え)”は、
きっとそれまでのスタイルを変えて戦う彼の象徴
になるべき言葉だったのだろうと思う。だが
残念ながらタイトルに冠するには、その位置付けが弱い。
一発逆転の隠し球という扱われ方はしていたが、
そこにもっと理由付けや象徴的なものが欲しかった。
試合の決着もややあっけない印象だ
(そこまでの盛り上げ方は凄く良かったのだが)。
また、起承転結で言うところの“転”までがやや冗長
だと感じた事も挙げておく。ビリーがとことんまで
堕ちる過程を描くのは重要だが、それでも長過ぎる。
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だが、それでもこの映画は良い。
『ナイトクローラー』で不気味な突撃レポーターを
怪演したJ・ギレンホールが、今回もスゴい演技。
見事な肉体改造やボクサーとしての動作はまだ序の口。
物語全体を通しての表情の変化が素晴らしいのだ。
主人公ビリーのファイトスタイルは、相手を挑発して
積極的に殴られ痛め付けられ、怒りを高めてそれを
エネルギーに変えるスタイル。だから彼は試合の度に
ズタボロ。半ばパンチドランカーになりかけていて、
顔も動作もまるで麻薬常習者のようにぼんやりしている。
だが復帰を決意してからの彼は、まるで憑き物が
落ちたかのようにみるみる精悍な顔付きへと変わり、
目の色も澄んでいくのである。
やり場のない怒りを抱え、自分以外の何者も眼に
見えていなかった彼が、自分の娘のみならず、
トレイナーや見ず知らずの少年にまで気遣いを
見せる人間に変貌していく様は感動的だった。
O・ローレンス演じる幼い娘レイラもグッド!
ただの良い子ではなく、成長が垣間見える所が良い。
保護施設を訪問する父親に酷く冷たく当たるレイラ。
「あんたが死ねばよかった」なんて言葉は間違っても
口にしちゃいけないが、彼女が母親を失った悲しみの
深さは父親と同等以上だったのだろう。
きっと施設に送られた怒りではなく、「いちばん辛い
時期に悲しみを受け止めてもらえない」という怒りが
彼女を充たしていたんだと思う
(加えて、施設の子どもたちやメディアを通して
父親の悪い評判を聞いたのかも)。
弟子を失ったトレイナー・ティックと同様、
きっと彼女もサンドバッグが欲しかったのだ。
あの時の彼女には、行き所のない感情を父親にぶつける事
しか出来なかったんだろう。そこで黙って殴られて
やるのもまた、父親の役目だったのかもしれない。
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ビリーも、レイラも、ティックも、身内で処理し
きれないほど爆発的な怒りと悲しみを抱えていた。
抑圧できないほど激しい感情と、
人は一体どうやって向き合えば良いのか?
ビリーはその感情を捨てはしなかった。いや、愛する人
を失った怒りや悲しみを誰が捨て去る事ができようか。
彼はその行き場のない破滅的なエネルギーを、
他のエネルギーへと変換する術を得た。
己や他者を破壊する力ではなく、
己の人生を――愛する娘を守る力へ。
言うなれば前半と後半のビリーは、異なる種類の炎だ。
人を巻き込む爆発的な赤い炎と、
青く静かに、だがより熱く燃える炎。
この物語は、自暴自棄に生きてきた男の復活劇という
だけでなく、理不尽な人生からもたらされる怒りや
悲しみとどう向き合うかを語っているのだと思う。
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劇中でティックが伝える“サウスポーへスイッチしろ”
という教えは、それまでの生き方を“切り替える”
という意味合いで効いてくる。と思うのだが、
前述通り、そこの関連性の薄さが不満点ではある。
けれど、痛々しくリアルなファイトシーンの迫力、
ズタボロだった主人公が変わっていく感動的な過程など、
見応え十分の佳作だった。3.5~4.0判定で迷ったが、
満足度高しの4.0判定で。
<2016.06.05鑑賞>
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余談:
50セント演じるマネージャーがムカつく~。
失意のドン底にいる人間にあんな仕打ちしといて、
おまけにあんな奴と組んで、どのツラ下げて
来やがった!って感じ。
あんな守銭奴なマネージャーってショウビズ界に
ホントにいるのかね。実際こういう事件があったら
『弔い合戦』と世間を焚き付けてガッポリ儲けよう
という輩が平気で出てきそうなのが怖い所。