ふたつの名前を持つ少年のレビュー・感想・評価
全8件を表示
一周回ってポーランド万歳なだけな気もする
第二次世界大戦中のポーランドで、ユダヤ人であることを隠し生き残ろうとする少年を、実話を元に描く。
ドイツ国内ではなくてドイツ占領下のポーランドってところがミソで、軍人が頻繁に出てくることもないし、ナチスに迎合していないポーランド人や、抵抗しているゲリラのポーランド人などが多く登場し、つまり主人公ユレクに対して親切な人の方が多い、生き残りをかけたサバイバルとは少ーし違うところが珍しいと言えば珍しい。
父からユレクへ、父や母のことは忘れてもユダヤ人であることは忘れるなという言葉で物語は始まるが、そうゆうとこだぞユダヤ人、と思わずツッコんでしまった。
だって、どちらかと言えば逆の方が良くないか?ユダヤ人であることは忘れても家族は忘れるなの方が良い。
そのあと、ユレクは親切なポーランド人に匿われ、そこで、これから生き残るための作り話とキリスト教徒の振る舞いを仕込まれる。ユダヤ人であることを徹底的に隠しポーランド人に成りきるために。
ある意味、父の教えに背くような形で生き残り術を身につけていくわけだが、そのあともユレクの危機だったり恐怖に怯える場面で、聖母マリアが何度か登場するのは、ユダヤ教とキリスト教がせめぎあっているようで面白い。
穿った見方をしないならばマリアがユレクを守っているようにも見えるし、ユレクが本当にキリスト教に傾倒していってるようにも見える。
ポーランド人やユダヤ人の宗教に対する考え方はわからないから何とも言えないけれどね。
ついに終戦を迎え、安心して暮らせるようになったユレクの元に、ユダヤ人孤児施設の人間がやってくる。
そこに知らせたのはユレクと同じ村にいたユダヤ人。彼は隠れるように暮らしていたし教会でも黙っていたことから、おそらくこの村に匿われていたユダヤ人だろうと推測できる。
ユダヤ人孤児はユダヤ人全体の未来であるからと無理矢理にユレクを連れていく。
ここで二度目の「そうゆうとこだぞユダヤ人!」が思わず出てしまった。
戦時中はユダヤ人であるからナチスに酷い扱いを受け、戦争が終わったらユダヤ人であるからと本人の意思を無視する。
日本人はほぼ単一のために、その感覚がよく分からないのもあるし、人種が発展するようにコミュニティを作って増やしていくことは多くの○○人が行っているのもあり否定する気はないけど、それってナチスがやろうとしてたことと本質的には同じだよなと思ってしまう。
なんか、ユダヤ人少年の苦労話でありながらアンチユダヤ的な息吹を感じなくもない。
施設の職員の男はユレクが大事にしていたロザリオも返してくれ、ユレクを単なるユダヤ人の少年ではなく、一人の人間として、最後は施設に行くかをユレク本人に選択させた。
父も母も失い一人になっても、最初の父の教えの通り、ユダヤ人であることに戻っていくのは悪くない落としどころだったかもしれない。
昔の家で見たフラッシュバックする家族との思い出がユレクを引き戻したよね。父や母を忘れなかったからユダヤ人に戻っていくのは教えに反したとも言えるし、マリア様の力も及ばない強い家族の力は、全方向に逆張りしているみたいで面白いなと思った。
とはいっても実話だから改編しようもないわけだが。
宗教的対立と融和、人種的対立と融和、その全てがちょっと皮肉っぽい感じて描かれていて面白かったし、結局は本人の選択の問題だというメッセージは良かったと思う。
ただただ可哀想なユダヤ人を見せられるだけの少し前の作品郡とは違って、現代的な風潮に乗った骨太さを感じた。
いつになったら
すごく長く感じた作品。
原題通り、少年が厳寒の中歩く、走る、逃げる…。
少年が安らかになれる時が短かったせいなのか。
いつになったら安心して暮らせるのだろうかと思いながら観ていたので疲れてしまった。
なんとしてでも生き延びようとする利発そうな少年。
冷たい人も多いが、温かく迎入れてくれる家も少なからずあるのが救いである。
少年を助けたばかりに家を焼かれた女性はかわいそうだったなぁ。
割礼が判断基準・・・
42~43年の冬。寒さゆえ、民家でコートを盗もうとして追いかけられるシーンから。森の中で凍えそうになりながらパン職人だった父の言葉を思い出す。両親のことを忘れても、自分の正体を隠してでもユダヤ人であることを忘れるな・・・。8歳の少年にどこまで理解できたのだろう。そして生き抜くことだけを考え、一軒の家にたどり着く。
その半年前、アブルム、ヨサレ、イセックたち孤児の集団に出会い、「ドイツ人はパルチザンを恐れて森に入らない」ことを教えられたスルリック。盗みや生きる術を学んだが、他の孤児たちはみな捕まった。そしてパルチザンの家族を持つヤンチック夫人に架空のポーランド人としての作法を学び、ユレクとしてポーランド人の家族に入る。しかし、ユダヤ人とバレて・・・とてもいい家族だっただけに去るのが辛い。
大農場で働けることになったが、事故により右腕切断。生きる勇気さえ奪われそうになるが、周囲の看護師や病人たちは皆優しいのが救いだった。しかし、苦難の道は続き、SSに追いかけられる運命。ヤンチック婦人から「長居しちゃ駄目よ」と忠告を受けるユレクだったが、森の村もSSによって焼き払われ、少女アリーナのいる農場で静かに暮らすことに。キリスト教の洗礼を受け、一生ここにいたいと願う。しかし・・・
苦難の日々と、執拗に追うナチス。どうして人は残酷になり、優しくなれるのか、人間の本質さえも描こうとしているところがすごい。シオニズム運動も絡んでいるのか、終盤には孤児施設の世話人も登場してユダヤ人の生き方をも描くが、どうもあっさり感じられた。サッカーを教える原作者本人も登場するし、世話になった農場と孤児施設を選択させるなんてのも意味深。父親が撃たれるシーンが重くのしかかるものの、右腕を失ったエピソードやヤンチック夫人の村のほうがつらいものがあった。そんな少年の辛い日々なのに、児童向けであるかのように楽し気な音楽が逆に息苦しくなった。
ユダヤ人として生まれたばかりに・・・
逃げるために名前や宗教も変え、ポーランド人の様に振る舞う少年。一人でナチスからとにかく逃げ、良い家を見つけては働き、匿ってもらい、また逃げる。森に逃げ、生きるために何でも食べ、野で寝る生活。ユダヤ人と分かっていても助けるポーランド人に感動。告げ口し、金を貰う輩は生きるためだが、人でない。片腕を失うのも、ユダヤ人と言うことで、すぐに医者が手術しなかったから。医者としての前に人として失格である。演じる少年の愛くるしい笑顔と、流れる音楽、周囲の人々の温かさに、そこまで悲壮感は感じないが、ラスト片腕のないご本人が孫たちと登場し、実話ベースだということがわかると、想像を絶する思いでした。
悲しくなる
うちには男の子の幼児がいるので、彼が成長してこんなつらい目にあったらどうしようと気が気でなく、悲しくて居たたまれない気持ちになった。
ただ、少年があまりに出来すぎないい子で、そうでなければ生き残れなかったのかもしれないが、いい子過ぎて現実感がなかった。もうちょっと彼なりの不出来なところや個性を感じたかった。
アクションシーンがやたらとスリリングで、演出がうまい。
このようなテーマの映画を何度見ても、どうしてユダヤ人が差別されているのかさっぱり理解できない。なんであんなに忌み嫌われているのだろう? クラスのいじめみたいなものなのだろうか。日本でも朝鮮人差別や部落差別があるとは聞いているのだが、身近な問題としては全然ない。キリスト教徒とユダヤ教徒は生活習慣が全然違うのだろうか。仏壇と神棚が同時に家にあり、かつそれほど気にせず普段生活している人間としてはそんなに宗教が熱いことにもあんまりピンと来ない。
人間って醜いなぁ
生き延びるためには、何でも出来なきゃいけない。私みたいな軟弱者には、無理ですね。精神崩壊するしかないし、死んだ方が幸せだ。少年らしく、やさしい人にのこのこ付いていくところは、賢くないと思うが、この年齢では無理ないか。世界が平和になりますよう祈らずにはいられない。就職氷河期ではあるが、この時代日本はまだまだ幸せだ。
最後の決断は民族の誇りか父の遺言か
2015/09/01、109シネマズ川崎で鑑賞。
冒頭で父が主人公の少年に託した名前も父も母のことも忘れてもいいから、ユダヤ人であることを忘れるな、という言葉、まだ右も左も分からない子供に民族の誇りや宗教を押し付けるのは親のエゴではないかと感じた。
その後親と別れて一人キリスト教徒になりすまし、ナチス親衛隊から逃れながら、いろんな大人に助けられたり裏切られたりしながら生きていく。
悪い大人にも会ったがたくさんの良い大人にも助けられた。
束の間の幸せを手に入れたりもしたが、それはユダヤ人であることを隠せたから。ユダヤ人として生まれたことを相当恨んだだろうに、最後に少年に迫られた決断を選んだのは民族の誇りからだったのだろうか、それとも父への思いからだったのか。
このような経験を二度としたくない思いでイスラエルという国家を作り上げたシオニストたち。しかし今度は同じような苦しみをパレスチナ人たちにさせている。映画の最後にそんなやるせなさを感じた。
双子の笑顔の愛らしさたるや。
ヒューマントラスト有楽町で初鑑賞。これまで何作か(「縞模様のパジャマの少年」「悪童日記」「愛を読むひと」など。)”あの頃”が描かれた映画を観てきたけど、特に「ゲシュタポ」や「ソ連軍」「ユダヤ人」「傍観者」の描かれ方が今までで一番鮮明だと思った。そして、すごく詳細まで描かれている。例えばユダヤ人の見分け方を「割礼しているか否か」で判別していたり。
鑑賞後にパンフレットをぱらぱらめくっていたらキャストのところに二人の名前が書いてあって、双子が演じ分けているのだと知って驚いた。確かに、犬が銃で打たれてしまって泣いている時、みんなが離散してしまって泣いている時に見る”優しさ”、嘘方便(これには隣で観ていたひとも笑っていた。笑)、ゲットーから逃げ出す時、右手を失くした事実を受け止められない時に見る”勇気・反抗”。それぞれ表情豊かに演じ分けているから、すごいなこの子は!って思っていたけれど、二人だったなんて。笑
全8件を表示