「一枚の絵画を通じて語り継ぐナチスの歴史」黄金のアデーレ 名画の帰還 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
一枚の絵画を通じて語り継ぐナチスの歴史
ナチスと美術品の歴史を描いた映画では「ミケランジェロ・プロジェクト」が記憶に新しい。「黄金のアデーレ 名画の帰還」は、オーストリア国家の手に渡った叔母の絵画を、ひとりの老婦人が返還しようと奮闘する物語だ。もちろん老婦人には弁護士が付き、力を貸してくれるオーストリア人の存在も出てくるが、言わば個人対国家という図式。大きな挑戦の物語ということになる。
もちろん、ユダヤである老婦人にもナチスに追われた過去があり、当時の記憶が回想シーンとして度々登場する。絵画を返還する現代のストーリーと、ナチスから逃れるためアメリカへ逃亡する過去のストーリーが行き来しながらドラマは展開する。実話だというから興味深い。
フラッシュバックの入り方はやや乱暴に思える。現代のストーリーと過去のストーリーがうまく呼応し合わない状態で闇雲に時代が行き来し、その都度映画のタッチが変わるので少々落ち着かない。ナチスにまつわるサスペンスフルなストーリーには緊張感が走るし、絵画の返還をめぐる物語にも興味は惹かれる。しかしその同時進行の展開があまり器用ではなかった。過去のストーリーは寧ろ、ナチスからアメリカへ逃亡するエピソードを語るのではなく、なぜ老婦人がアデーレの絵画に固執し、これだけの労力をかけてでも取り戻したいのかを紐解くエピソードを語るべきだったのではないかと思う。老婦人のドラマティックな過去は語られるが、そこから老婦人のパーソナルな心情や心の動きなどは見えにくく、よって現代の物語と響き合わない。ただただナチスの悲劇性だけが目に残る回想で終わってるのでは勿体ない。
そして絵画の返還に至るまでの経緯の描かれ方にも不満が残る。力の弱い個人がいかにして国家を相手に勝利できたのか、が見所になるかと思いきや、映画はその主題を実に淡泊に語っていく。映画を見ていると(実際にはそうであったはずがないが)あれよあれよと最高裁まで行き、案外簡単に絵画を取り戻せたように見えてしまう。長い月日と労力と経費が掛かった一大事のように感じられないのが難点だ。ただその分、若き弁護士のこの無謀ともいえる挑戦におけるジレンマや葛藤、そして自身のルーツへの対峙といった部分は丁寧に描かれている印象だ。
ヘレン・ミレンとライアン・レイノルズという、共通点がとても見つかりそうもない二人の相性が以外と悪くなく、特に前半部分など、ロマコメかと思うようなケミストリー。辛辣で複雑で気位が高いがとてもチャーミングな老婦人を演じるヘレン・ミレンの凛々しい佇まいにも見惚れるし、ミレンが役柄に投じるスパイスとユーモアが絶妙のバランスで眩しいほどにかっこいい。そしてその魅力が作品の欠点を覆い隠してしまうほど。
そしてまた、このように一枚の絵画を通じて、ナチスの惨さと歴史の重さを語り継ぐ映画が生まれたことについては素晴らしいと思う。歴史を風化させまいとする熱意には何の異論もない。