「ラブさん家の親子事情」名もなき塀の中の王 とんぺーさんの映画レビュー(感想・評価)
ラブさん家の親子事情
エリック・ラブは少年院上がりの札付きのワル、いわゆるクソガキだ。社会のルールどころか、刑務所でのルールひとつ守ろうとしない。懲罰房に入れられて尚、看守を脅し、他の囚人を脅す。彼は怒りに一切のブレーキをかけない、凶暴のモンスターだ。
しかし、彼の凶暴性の根っこにあるのは、少年時代の孤独だ。心はまだ、幼い子供なのである。
刑務所にいる父・ネビルに会いたかったという本心を吐露する際、彼は心から涙していた。ネビルからの「看守の言うことを聞いて出所しろ。」という忠告を素直に守ろうとしたり、父親の房に出向き意見を述べ、理解してもらおうとするエリックの未成熟な一途さは、見ていて胸が苦しくなった。
この物語のもう一人の主人公、エリックの父ネビル・ラブはエリックの行くところに付いて回り監視し、口を出す。エリックにグループ治療を受けることや大人しく過ごすことを勧め、ムショの連中と交際することを禁じようとする。ネビル自身は一生刑務所にいる身だ。もう一生塀の外には出られない。だからこそ、エリックにはやり直してほしいのだろうが、うまく伝わらない。一緒にいたかったときに、いてやれなかったことの長年の後悔と、今しか傍にいられないのに、うまくいかないというジレンマにネビルは悩む。
この刑務所には、問題児や更生を望む受刑者を治療する、無給のセラピストがいる。オリバー・バウマー、変わり者である。しかし、オリバーには彼なりのやり方で、暴力的な受刑者たちと向きあい、真摯に語り合う。暴力沙汰を起こしたエリックは、彼に拾われ、グループカウンセリングの集まりに参加させられる。はじめは馴染めなかったものの、グループ治療のメンバーは、口論や罵倒を交えながら、攻撃性を自制し前向きに心に溜まったガス抜きをすることで更生できることをエリックに教えてくれる。目の前で起きる喧嘩に興奮しないか、怒りを抑えることができるか、お互いの性嗜好など。段階的にエリックを導いていく(男同士で集まった際に、性嗜好を話すのは、かなり親交が深まった証。心の底から信頼している状態だ。)。
しかし、ネビルがグループ治療の場に現れたことで、グループ内で親の悪口が飛び出してしまう。激しい口論、罵倒が飛び交うが、エリックは静かに全員を諭す。彼には母親がいない。標的にならない仲裁者として場を治める。しかし、騒ぎを聞きつけた副刑務所長、看守たちがグループを解散させる。法の執行者、刑務官という肩書きで生きてい彼らは、バウマー、グループの受刑者たちを、変わり者、犯罪者という記号でしか捉えないのだ。バウマーあくまで、エリックをはじめとする受刑者を治療することが正しいと考えていたが、副刑務所長のヘインズに「彼らが刑務所から出ないことで、市民を守ることにつながる。」と言われてしまう。バウマーは、理解されない悔しさや怒り、失望を抑えきることができず、ヘインズの首を絞め、自ら刑務所を去る。
グループの解散に沈むエリックに、ネビルは詫びのつもりで殴られる。実に不器用な男だ。このネビルの態度は、余計にエリックを苛立たせてしまい、壮絶な殴り合いに発展し、仲良く懲罰房行きになってしまう。廊下を挟んだ懲罰房でお互いの無事を讃えるように言葉を交わすこのシーンは、親子の傷の修復の兆しが見えた。
先の二人の喧嘩に巻き込まれた、刑務所内の権力者の囚人・デニスによって、エリックの処分が決定される。彼は、刑務所を愚か者の掃き溜めにしたくないという大義名分で、自分に刃向かうものを消すクズである。
デニスは、懲罰房を抜け出してきたネビルを、保身のために殺そうとするが、返り討ちにあってしまう。エリックの処分の決定もヘインズだと主張する。救いようのないクズである。
デニスからエリックの処分が行われることを聞き出したネビルは、ヘインズ達からエリックを助け出す。
助け出されたエリックは、父の胸をかり、子供のように泣いた。
このあと、問題を起こしすぎたネビルは移送されることになってしまうが、刑務官の計らいでエリックは見送りをさせてもらえる。去り際、エリックは「お前の父親でよかった」とネビルに言われる。ほんの数日か、数週間しか一緒にいられなかったが、相手のあり方を否定することしかできなかった二人が、ようやく素直にお互いを認め合えたのだ。
エリックはきっと出所できるだろう。その先は辛い未来が待っているだろうが、父やバウマー、仲間から学んだことを糧に、きっと乗り越えていけるに違いない。