「心の距離を映すカット」恋人たち よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
心の距離を映すカット
人の不幸は蜜の味などと言ったりもするが、この言葉の主はまだ他人の不幸に関心があるということになる。ここに登場する人々はその不幸を周囲の人に分ってもらうこともこともできずに、苦しみを抱えて生きている。
生きていれば辛いことや、理不尽な境遇に陥ることもある。しかし多くの場合、そうしたことが人生を崩壊させることに直接つながらないのは、周囲にその苦しみを理解する存在があるからだ。
人とは不思議なもので、同じ苦しみでも、人に理解を示されたり、苦しんいる姿を受け入れてもらえるだけでそれを乗り越えていくことがある。
そのようなものから見放されていたが、少しずつ取り戻していく男性と女性を一人ずつ。そのようなものに包まれていたつもりだったのに、突然失ってしまった男性が一人。そのようなものをはじめらから信じてはいない一組の男女が登場する。
とりわけ印象深いのは、「雅子様フィーバー」の時にTVに映った時のビデオを繰り返し観ている主婦である。そのビデオに映る若いころのその女性と雅子様、そのどちらも今は失われてしまった快活さや明るさに溢れている。その映像を夜中に虚ろな目で眺めている彼女の心の中にはどのような寂しさがあるのだろうか。何度か繰り返されるこのビデオのシーンだけでも十分にドラマチックだ。
もう一つ印象的なシーンは、妻を殺された男性が職場の女性との会話で、女性の母親が夕食に招待していることを伝えるというもの。
この瞬間に、この男性の周囲に誰もいなかった世界の半径が一気に縮まる。その距離感が、彼の飲んでいた缶コーヒーの上に、彼女が置いていったキャンデーが表していて、観ているこっちがホッとできる。冷たい孤独が温められて溶けていく様をスクリーンに切り取った素晴らしいカットだ。