「優しい風が吹くだけの映画ではないですよ」ベトナムの風に吹かれて りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
優しい風が吹くだけの映画ではないですよ
敬愛する大森一樹監督の新作『ベトナムの風に吹かれて』、松坂慶子ほかが登壇する完成試写会でいち早く鑑賞しました。
大森監督の新作を観るのは2002年の『T.R.Y. トライ』以来。
その間、いくつか小品を撮っているけれど、今回は主演が松坂慶子とビッグネーム。さて・・・
もともとは『越後のBaちゃん ベトナムへ行く』と題されたノンフィクションを映画化したもの。
映画化にあたっては、原作をもとにして『ただいま それぞれの居場所』などの介護ドキュメンタリーを手掛けてきた北里宇一郎の脚本を、 監督の大森一樹が手を入れた。
原作は未読なのだけれど、たぶん、母娘の異国の地で介護の実態を記したものだろう。
それをそのまま映画にしてもいいのだろうが、ドキュメンタリー畑の北里氏がいくつか手を入れているようだ。
この映画の面白さは、実際にあったであろうエピソードに対して、脚本で展開した虚構部分との融合性だと思う。
つまり主人公を60歳前半(脚本家と監督と同じ世代)に据えて、その世代の日本人とベトナムとの関係、さらには介護世代とのベトナムとの関係を主旋律に纏わせたことにある。
例にとれば、太平洋戦争期にベトナムで戦った日本兵のその後、全共闘世代におけるベトナムに対する感慨など、である。
大森一樹監督は、そこいらあたりの感慨を実際に記録映像と巧みに処理してみせていく。
そして、中盤、みさおのかつての友人として登場する小泉(奥田瑛二 )は、かつて大森一樹が映画で描いたモラトリアム世代の代表として登場する。
時流に乗ったが、自分を見出せず、踏ん切りを付けれないモラトリアム世代として
そういう意味では、大森一樹監督のモラトリアム三部作『オレンジロード急行』『ヒポクラテスたち』『風の歌を聴け』のその後のようである。
そんなことを述べると、この映画って「認知症と介護」を扱った映画ではなかったのかしらん、と多くのひとが思うかもしれない。
草村礼子扮する母は、ベトナムに来て、意外と順応・適応して症状が軽くなる。
そういう中で、先のような世代のエピソードが展開されるのだけれど、終盤、著しく心が動揺する。
小泉が運転するシクロに乗った母親が交通事故により下肢を骨折してしまう。
手術を経て、小泉に看病により退院にこぎつけるのだけれど、小泉の帰国により認知症がいっきに悪化してしまう。
ここからの映画の描写は厳しい。
繰り返される、母親が寝床で叫ぶ言葉「便所、イキテぇ!」。
これがリアリティだ。
認知症を患っていても、それまで培った価値観を壊すことはできない母。
オムツも用意したのだから、もっと実利的にしてほしいと願い、乞う娘。
それが、この「便所、イキテぇ!」という叫びで対立する。
ここはドキュメンタリー畑の北里氏の経験に裏打ちされたエピソードだろう。
この映画、『ベトナムの風に吹かれて』というタイトルだけれど、製作過程では『ラストライフはベトナムで』というタイトルだった。
そう、結構キビシイのだ。
監督曰く「起承転結でいえば、起承・承承承・転結ぐらいに、承部分が長い映画」で、その承部分は、「風に吹かれて」少々優しい(ポスターデザインもこのイメージ)。
でも、それだけではなく「転・結」は頗る実際的。
そこいらあたりを覚悟をして観ていただければ、という作品でしょう。
わたしは主人公世代ではないのですが、主人公と同じ60歳前半の方たちは、もっと何かしら感ずるところがあるかもしれません。