アラビアの女王 愛と宿命の日々 : 映画評論・批評
2017年1月10日更新
2017年1月21日より新宿シネマカリテほかにてロードショー
ロレンスと並び、アラブの民に向き合った英国人。その愛と冒険が砂漠の絶景で気高く輝く
冒頭でカメラは、風紋ができた砂漠をワイドにとらえ、吹きすさぶ風が砂を飛ばしその表情を刻一刻と変えるさまを鮮烈に映し出す。サラウンドで迫る風音に重ねて、西洋的なアレンジの弦楽器とピアノを伴奏に男性ボーカルが中東風の旋律を歌い上げる。観客はたちまち砂漠のただ中にいざなわれると同時に、西洋人でありながらアラビアの人々と向き合い彼らのために尽力した主人公の生き方、そして西側とイスラム世界の平和的共存を願う作り手の意図を予感する。
「アラビアのロレンス」で広く知られるようになったT・E・ロレンスに比べると、英国人女性ガートルード・ベルの知名度は低い。しかし実際は、ベルはロレンスよりも十数年早くアラビアの地に赴き、現地人の従者らとラクダの隊列を組んで砂漠を旅し、要所の部族と交流していたのだ。
鉄鋼王の娘に生まれ、オックスフォード大学を出たが、上流階級の窮屈さに馴染めず、父に頼んでペルシャ公使館の職員になったベル。新天地アラビアで、旅人として、考古学者として、そして諜報員として、民族対立の平和的な解決に献身し、「イラク建国の母」と称されるまでになった彼女を、ニコール・キッドマンが気品に満ちた立ち居振る舞いと情感豊かな表情で力強く演じている。
ドイツの巨匠ベルナー・ヘルツォーク監督は、波瀾万丈で膨大なエピソードが複雑に絡み合うベルの人生を、伝記ドラマ仕立てにはしなかった。その代わり、砂漠の民に会いに行く数々の旅と、2度の悲恋(ジェームズ・フランコがロマンチストの公使館員、ダミアン・ルイスが誠実な軍人をそれぞれ好演)、ロレンス(ロバート・パティンソン)との関わりといったトピックに絞り込み、アラベスク模様のごとく精緻に構成。高精細4Kカメラで撮影した砂漠や峡谷、イスラム建築の美麗な景観に、心象を表現する雄弁な音楽を添えて、胸に響く格調高き“メロドラマ”を創造した。
執筆時点で上映館が少ないのが残念だが、撮影監督ペーター・ツァイトリンガーの躍動感あるカメラワークに、秀逸なサラウンドデザインも含め、ぜひ劇場の大スクリーンと音響で体感してもらいたい良作だ。
(高森郁哉)