「これがテーマがないってことか」バケモノの子 マイスターかずのりさんの映画レビュー(感想・評価)
これがテーマがないってことか
一言でいえば、やりたいことだけ一つの線に結んだという感じ。上っ面エンターテインメイントで、テーマが見えない。
冒頭10分でレンが何故ひとりぼっちなのかが分かるのですが、怒濤の説明台詞でげんなり。母親は死に、離婚した父親は行方知れず、本家は金持ちで祖父母は陰険剛悪、いよいよ天涯孤独の主人公。
少女漫画の第一話を読まされているかのような設定を2分足らずで詰め込まれて「ああ、尺を削りたかったんだなあ」という感想。
そもそも引き取り手は離婚した母親側の両親。離婚した時点で親元を頼っていても良さそうなものですが、きっと母親は両親が嫌いで世話になりたくなく、慎ましく暮らしていたら交通事故に遭って……まではなんとか納得いくんですが、親族で唯一の男孫のレンが今までこの威圧的な祖父母の手から逃れられていた事に納得がいかず、せめて離婚をきっかけに両親に連れ戻された母親が交通事故に遭い死亡、これまで母親のために耐えていた英才教育と祖父母の人間性に嫌気が差し逃げ出す……くらいの方がまだ納得がいきました。ここを丁寧に書かなかったばかりに、闇雲に家を飛び出したレンが何故お金を持っていたのかに疑問が湧くし、祖父母をそこまで嫌っていた理由もこじつけ臭くなる。
そもそも、大人になったレンが人間界に戻るまでを描く必要があったのだろうかという疑問があります。どなたも言ってますが、これは子どものレンがバケモノ世界で自分を成長させて、人間界に戻るまでを描く方がよっぽど面白かったし、もっと深い人間性まで掘り下げられたんじゃなかろうかと。
そしてとってつけたように出てくる「白鯨」。9歳から小学校に通っていないレンが急に図書館に来て「白鯨」を手に取るって……。幼少時に本が好きで家にあって、読みかけた続きが気になるとか下地があったらならまだ納得いきますが、ある程度知性を身につけて人間界に戻ってきたという設定ならば、まず新聞読むんじゃないかと。そもそも人間界で育ったレンすら読めなかった「鯨」をバケモノ界で赤子から育った一郎彦は何故読む事ができたのか。言語が一緒なら、あれだけ頑張り屋のレンがバケモノ界で知識を身につけなかった理由も納得がいかない。
レンが人間界にいずれ戻らなければいけないと考えていたこと自体は、「やっかいもの」として暮らした時間を考えれば納得がいく設定だが、楓の存在は必要あったのだろうか。「boy meet girl」を中途半端にやるくらいなら、人間界の父親との心の葛藤をもっと丁寧に映画いて欲しかった。父親がレンを思い出し、一心不乱に抱きしめたシーンは泣けた。だからこそ、その先を期待したのだが、あっさりしたものだったのが残念。
一番残念なのは、熊徹とレンが心を通わせる旅のシーンが割愛に近い形ですまされてしまったことだろう。
何度も言ってしまうが、この映画は子どものレンが熊徹と出会うことによって成長する物語として完結していたら、「時をかける少女」以来の名作だったと思う。(サマーウォーズはウォーゲームの焼き回しだし、おおかみこどもは「だからなんだ」という感じだったし)。
細田監督が悪いとは思わない。きっと周りの思惑を飲まざる得ない状況にあって、こんなしっちゃかめっちゃかな内容に改悪されてしまったのだろう。
お金があると凄い技術をたくさん詰め込む事が出来るけど、自分のやりたいことは1/10も叶わなくなる良い例。そうして作品が殺されてしまう典型を見た気がする。宮崎監督のように、やりたいことをやらせてもらえる地位になれるまで、ふんばりながら頑張り続けて欲しいと切に思う。