劇場公開日 2015年5月30日

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あん : インタビュー

2015年5月23日更新
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歩みを止めることを知らない自称・高齢女優、樹木希林

樹木希林の活躍が目覚ましい。特に今の日本映画界での存在感は増す一方だ。河瀬直美監督の最新作「あん」では、ハンセン病に人生を翻ろうされながら生きた証を残すための一歩を踏み出す主人公・徳江として“生きる”ことに徹した。自称・高齢女優は、「ある視点」部門のオープニングを飾ったカンヌ映画祭に、日本人の主演女優では史上最高齢で参加。コンペに選出された「海街diary」にも出演と、“進撃の希林”は歩みを止めることを知らない。(取材・文・写真/鈴木元)

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樹木と河瀬監督の出会いは、2011年の「朱花(はねづ)の月」。撮影1日だけの出演だったが、その才能に一目を置いた。

「たたずまいがしなやかで威圧感がなくて、でも粘り強くて。これで監督をやるんだっていう感じでしたね。あの時は自分でカメラも回していたんですよ。だから、すごい重労働だと思うんですよね。それで子供を育てていて。いろんな意味でへえ~っていう感じ。それが映画祭に出ると監督というより女優になるわけ。華やかさと主張みたいなものが。それで面白いなあと思いましたね」

その「朱花の月」に出演したドリアン助川が、ハンセン病をテーマにした小説「あん」を執筆。樹木にも送られてきて、「(映画を)やるとしたら、主人公は樹木希林がいいんじゃないかと思って書いた」という手紙を添えられていた。監督を依頼された河瀬監督から誘われ、ハンセン病患者の収容施設・国立療養所多磨全生園(東京・東村山市)を訪れたのが、映画「あん」の始まりだった。

「広い園の中に同じ家屋がずーっと並んでいて、ほとんど人が住んでいない。たまに元患者の人が歩いていたり、三々五々集っていたりするくらいで、いやあ、もう寂しい。あの囲いの中に一生いなければいけなかった人たちの人生を思ったけれど、その苦しみまでは推し量ることはできないですね。でも、中の人たちにとっては日常だから頓着なく、屈託なく生活していらした。むしろ私の方が逆に、『あなた、病気なんでしょう。頑張んなさい』って励ましてもらったくらいです」

かつてはらい病と呼ばれ「恐ろしい伝染病」などとしていわれなき差別を受け、社会から隔絶されたハンセン病。1996年にらい予防法が廃止されたものの、いまだ偏見は根強く残っている。樹木が演じた徳江は、千太郎(永瀬正敏)が雇われ店長をしているどら焼き店のアルバイトに応募。丹精込めた手作りのあんが好評を呼び店は繁盛するが、ハンセン病患者だという風評が流れ始めてしまう。

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撮影は昨年春から四季に分けて行われ、全生園も徳江の部屋などのロケに使われた。河瀬監督には、演じるのではなく「役でいる」ことを求められた。

「セリフもちゃんと覚えていかなきゃいけないんだと思って行ったんです。そうしたら、そこにいてくださいって感じなの。ああしろ、こうしろというのがないんですね。『歩いてみてください』、『ちょっと声をかけてください』ってな感じ。それに、やり始める時に号令をかけない」

「よーい、スタート」がかからない、静ひつな撮影現場。合図は「ほな、どうぞ」だったという。それを受けての樹木と永瀬のやり取りは…。

樹木「永瀬さん、始まっているみたいですよ」
 永瀬「そうみたいですね」
 樹木「カメラ、回っているみたい」
 永瀬「そうみたいですね」

始終、このような感じで淡々とシーンが積み上げられていった。しかも、2人は他人同士の設定のため撮影の合間は“私語厳禁”。これは、初共演の孫・伽羅の場合も同様。どら焼き店に通う女子中学生・ワカナ役だが、イメージの中で徳江の14歳時も演じるため、オーディションを受けるように薦め見事に合格。留学中の英国から帰国して撮影に臨んだが、日々の生活は別々で、樹木も身内という意識は一切なかったという。

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「素人の子が監督のまな板の上で生き生きしたり、生かされなかったり、いろんなパターンを見てきているから、別に良くてもダメでも監督の力量。材料としてはあるけれど、料理するのは監督の腕だと思っているから何も感じない。大丈夫か、と思ったこともない」

秋の撮影前の昨年10月18日、徳江のモデルの1人とされる80歳過ぎの元患者の女性が暮らす国立療養所星塚敬愛園(鹿児島・鹿屋市)にも足を運んだ。ちなみに、日にちを覚えていたのはドラマ「ムー一族」(1978~79)などで共演し親交の深い郷ひろみの誕生日だからだそうだ。

「私より全然元気。話していてしばらくたってから、『あんた、テレビに出ている人に似ているね』って言われて。普通の人なのよ。人に物をあげたがるし、強引ですごいパワーなの。でも、病気はもう治っているけれど、家族は亡くなっている人が多いし、帰る場所もない。何かとても考えさせられたわね。私も、もっとなんでもなく普通の人でやれば良かったって」

その思いを胸に、撮影終盤では同じハンセン病患者役で市原悦子との初共演が実現。このキャスティングも樹木の提案によるものだ。

「うれしかったですね。私がこの世界に入った時はトップの方で、あこがれなんていうのはおこがましく、ああいう方がちゃんとした役者、もう別物って思っていましたから。他の女優さんにはない発想をするのが魅力的で、無垢(むく)な感じが何とも言えない。世俗にまみれないという雰囲気が、隔絶された人の色合いとしてあるなあって監督とは話していました」

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そして、主演として対じした河瀬監督の魅力をあらためて問うと、何とも味のある“希林節”が返ってきた。

「日本人には珍しい感性の監督で、押しの強さと粘りとしなやかさ。何かを受け取るにしても、幅の広い受け取り方をして、それを人にぶつけるんじゃなくて自分の中で熟成させるというか苦しむ。人に責任を持っていかないから、本人は楽しいんでしょうかねえ。とにかく、ああいう監督が日本に出てきたことはいいんじゃないかって思います。次に何かの縁で出るようなことを言われた時は、よく考えて辞める時はちゃんと辞めようと思って。だから、他の皆さんにはお薦めします」

「海街diary」に関しては綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずの4姉妹を引き合いに「映画はああいうふうに華やかだといいわよねえ」と評価。その上でカンヌ行きについては、「『あん』は華やかさに欠けるから。華やかなのは河瀬さんだけ。あの人が1人で行けばいいんじゃないかって思いました」と笑っていたが、レッドカーペットを歩く姿は主演女優としての風格が漂っていた。

加えて、「世界のバイヤーが目にする場所だから、どこかの国が買ってくれれば少しは元が取れるかなって感覚でバイヤーも見てきます」とも話していた。5月30日の初日には、また楽しい土産話を聞かせてもらえるかもしれない。

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