「リアルタイムサスペンスのような緊張感。日本の未来を命懸けで築いた人々の物語」日本のいちばん長い日 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
リアルタイムサスペンスのような緊張感。日本の未来を命懸けで築いた人々の物語
原田眞人監督の作品はとにかくテンポが早い。観客に優しく一から十まで物語の背景を教えてなどくれない。
今回の作品も、1967年の岡本喜八版よりも前の時系列から物語が始まるにも関わらず、上映時間は21分も短い。
自分は岡本喜八版やテレビ番組等で話の流れをある程度知っていたから良かったが、要求される知識はやや高め。
あろうことか8/6, 9, 15 が何の日だか分からないという方などは、本作の持つ緊張感を半分も味わえないどころか、
映画の内容すら半分も理解できないかもしれない。
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岡本喜八版もドキュメンタリックで臨場感を感じる作風だったが、今回はその臨場感が更に増していると感じた。
まるでその時代・その場所にカメラを設置して撮り下ろしたかのような、生っぽく荒々しい感覚を覚える瞬間が幾度もあった。
この臨場感、緊張感が最後まで途切れない。
終盤、阿南が自宅に戻ってからの描写がクーデターの緊張感を削いでしまったきらいはあるし、ラストシーンにも
もう少し余韻が欲しかったと思うが、徹頭徹尾サスペンスフルで、なおかつこちらの心を強く動かすドラマもある。
総じて、素晴らしい出来だった。
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敗色濃厚な状況に、もはや本土決戦しか頭にない軍部の過激派たち。
「“神国日本”が負ける筈がないし負けて良い筈がない」という思いが彼らにはあったのだろうし、
このまま降伏し生き延びては、戦死した多くの仲間達に申し訳が立たないという気持ちも強くあったのだろう。
だが、それを女子供含めた全国民に強要する姿勢はおかしい。2度の原爆投下の後でも「国民2000万人を
特攻させれば勝機はまだある」という意見があったなど、僕に言わせれば完全に狂っている。
若手将校達が起こしたクーデターの顛末を描く部分はまるでリアルタイムサスペンスのようなヒリヒリとした緊張感。
松坂桃季演じる畑中が遂に凶行に及んだあの場面では、
「ああいよいよ一線を越えてしまった」と思わず溜め息が漏れた。
松坂桃季のあの目が良い。クーデターが進むに連れ、だんだんと彼の目は、
焦点が周囲のどこにも定まらない、暗く遠く余裕のない目付きになっていく。
役者の名前を出した所で、印象的だった他の役柄2つについても書いておく。
刃先を渡るような役回りを全うした阿南陸軍大臣。
岡本喜八版で阿南という人物とその最期を知った僕は、彼の『暇乞い』の場面辺りからずっと涙を堪えていた。
かつて三船敏郎が演じた阿南は、軍人然とした強硬な態度
の裏に戦争終結や部下への想いが滲む所が妙味だったが、
今回役所広司が演じる阿南は家庭的な面がより強調されている。娘の結婚にまつわるエピソードや次男の戦死に
関するエピソードも掘り下げられ、日本の未来を憂う彼の姿がより人間味ある形で胸に迫る。
末期の酒の席、共に自刃したいと申し出る若い部下の頬を叩く優しさに泣いた。
本木雅弘が演じたのは、これまで日本映画ではっきりとした役柄としては演じられてこなかった昭和天皇。
まるでひとり異なる時間軸を生きるような雰囲気。しなやかで理性的な、不思議な声音が印象的。
ヒメジョオンやサザエで状況を例える知性に、阿南の娘の結婚式について尋ねる場面等の細やかな心遣い。
「いかになろうと国民の生命を守りたい」という言葉にも一片の翳りも無い、慈愛と高潔さに満ちた人物だった。
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日本の未来を、文字通りの命懸けで救おうとした人々。
昭和天皇の国民への想いと、二度に渡る捨て身の“御聖断”。
阿南大臣が繰り広げた、まさしく『綱渡り』な駆け引きの数々。
鈴木首相の、飄々としながらもしたたかで毅然とした舵取り。
自他国を刺激せぬよう一言一句まで議論された玉音放送の原文。
その玉音放送の原盤を最後まで隠し通した宮内省の侍従たち。
クーデターを1分1秒でも遅らせようとして殺された将校。
恐怖に屈せず軍部の放送を固辞した放送局局員たち。
大小異なるこれらの歯車が唯のひとつでも狂っていれば、今の日本はまるで異なる姿になっていたかもしれない。
歴史というのは単に教科書に書かれた文字の羅列ではなく、
小さな個人の行動で積み上げ築き上げられてきたものであると、改めて感じた。
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武器を持たず戦わない事を選んだかつての日本。
日本が現在に至るまで、厳密な意味で武力を持たずその姿勢を守ってきたとは言えないが、
70年もの長きに渡り、まがりなりにもその高潔な理想論を貫いてきた事を、僕は素直に凄いと思う。
核兵器や殺し合うことの恐ろしさ悲しさを経験談として、そして武器を持たない
という実行動として世界に示せる国であり続けた事を、僕は素直に凄いと思う。
草ひとつ生えないほどに焼き尽くされ、信仰するものさえ根こそぎさらい取られたのに、
それでもいたずらに暴力に走らず、半世紀足らずで世界の最先進に上り詰めるほどの復活を遂げたこの国を、
僕は誇りに思う。
そして、乞い願わくば、これからもそう思える国であり続けて欲しい。
<2015.08.22鑑賞>
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仕事に忙殺されて今までレビューも書き上がらなかったが、
その合間、2015/09/18に安保法案が可決された。
ここで自分の考えを詳しく述べるのは避けるが、
かつて「一切の武器を棄てる」という決断が為された
理由をこのタイミングで振り返ることは極めて重要だ。
相手に拳を振るえるようになるということは、
相手に拳を振るう口実を与えることにもつながる。
政においては今まで以上に慎重に親密に外交を行う努力を怠らないでほしいし
(国会の様子を見る限り、慎重さについては期待できそうもないが)、
個人的にも他国の人々の考え方を理解する努力をしなければと感じる。