劇場公開日 2015年3月21日

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「ルマータとゲルマン監督と芸術への目覚め」神々のたそがれ つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ルマータとゲルマン監督と芸術への目覚め

2025年6月28日
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鑑賞方法:DVD/BD

地球とは違う別の星という以外、全くSF要素のないSF作品で、これをSFにカテゴライズしていいのだろうかと疑問に思う。

内容は、わけが分からない、意味が分からないの連続で、そもそもストーリーなどというものが存在していたのかすら怪しい。
少し意味がわかりそうなシーンがあったかと思えば、また次の瞬間にはわけが分からなくなる。

映画に求めるものが、表に見えているストーリー(多くの人がこれだと思う)の人には全くもってつまらない退屈な作品だろうと思う。
妻は、作品に潜むテーマや裏のストーリー、それと登場人物の内面を見る人で、やはりあまり面白くなかったようだ。
しかしどうやら私は、ショットの素晴らしさとその繋ぎに重きを置くタイプらしく、このわけが分からない、意味が分からない作品を楽しんでしまった。

地球人の額についているカメラ映像という設定らしく、カメラの前に突然割り込んでくる花や物や動物、こちらを覗き込んでくる人など、自分がその場にいるような映像は実に気持ち悪く、その気持ち悪さは片時も目を離すことを許さない。
そして、複雑に入り乱れる人や物や動物をとらえた長回しは、強烈な印象を残す。

滑らかに移動していく視点は、ボールをカメラに変えたピタゴラスイッチだと気付いた。
一つの長回しシーンだけでも驚愕のカラクリだというのに、それがほぼ全編その調子なのだから、本作を21世紀最大の傑作と言う人の気持ちも分かる。
撮影期間が6年だそうで、そりゃあこれだけの物を撮ったらそうなるよなと納得しかない。

ここから一応内容について。
多分ネタバレではないと思うが、気になる方は注意。そもそも本作でネタバレなどという概念が存在するのかすら分からない。
サーカスのショーで、ピエロが出てライオンが火の輪くぐりをして空中ブランコがトリだよと聞いてこれがネタバレになるだろうか?
それだけ観なければ分からないし、あ、いや、観ても分からないんだけど、とにかく、観て初めて価値が生まれる作品だろうと思う。

原作小説は69年発表で、当時のソビエトに対する批判などを隠し持った、幾度となく繰り返し成長のない人間の愚かさを描いたものかなと思う。
それを、本来の意味が薄れてきてしまった、こんな後になって映画にしたアレクセイ・ゲルマン監督は、この原作に何を見出だしたのか考えてしまった。
そして、妻とのディスカッションを経て、人の愚かさに嘆き悲しむ主人公ルマータに監督自身が重なったのではないかとの結論に至った。

作品の登場人物たちは、会話の最中に突然食べたり、他人の顔を突然小突いたり、急に顔に何かを塗りたくったり、黒服などはルマータを捕らえると大勢で詰め寄るが、そのあとどうしていいかわからない、など。人間の姿をして言葉を話し、少し知恵がある以外はサルと同じだ。動物園のサル山を見ているような混沌や喧騒。
つまり、ルマータがアルカナル人に嘆いたように、ゲルマン監督は現代の私たちに対して、お前たちサルと同じだぞ、もっと賢くなれと嘆いていたのではないか。

製作期間15年。完成前にゲルマン監督は亡くなってしまった。
20年嘆き続けたルマータと15年嘆き続けたゲルマン監督が見事に重なってみえた。
ルマータがルネサンスを促すように吹いたラストの笛は、ゲルマン監督にとっての本作品で、やはり重なってみえた。

これを観て芸術とは何かに目覚めなかったら自分たちはいつまでもサルなのかなと思った。

つとみ