「特殊な映像、だからこそ描けた人間」オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 JIさんの映画レビュー(感想・評価)
特殊な映像、だからこそ描けた人間
高速道路と車内という空間が、こんなに面白いとは!
後戻りはできず、一定の速度で進むしかない一本道。
外界の景色は、夜の闇と等間隔な街灯の光による、抽象的でぼんやりとした存在だけを現しながら流れてゆく。
車の中は自己の領域。他者とのほとんど絶望的な隔たりの中、電話だけが社会とつながる頼りないスポークとなっている。後部座席は闇が亡霊のごとき不安感をたたえ、父のカゲが投影される。
高速道路の場面だけで構成するというのは、奇をてらっていると見られそうだが、こうすることでしか描けない情報が確かにあったのだと思う。高速道路の場面の前後が映らないために、車内の狭さと合間って、より閉塞感、束縛感が肥大化し、彼の苦しみがずしずしと響いてくる。
話し相手の姿が見えないことであぶり出されるのは、不安も焦りも全て自分の社会的立場に対するものだということだ。通話以外、他者と隔たっている中で、社会の中から自己が区切られ、浮かび上がる。社会的な関係性の状況に照らして自己を捉えられるという、自己認識・評価の一つの本質が見いだせる。
それにしても、いつだったろう、私もこんな経験をした気がする。
いくつも重大なタスクが重なって、焦り混乱しそうな自分に鞭打ちながらなんとか対処しようとする深夜だ。出産とか工事の監督みたいな大きいことではなかったはずだが。
そんな中、ミスが起こったり、一定で進む時間のどうにもならなさを嘆いたり、自分の能力の限界に苛立ったり…そんなめまいのするような一時の情景が、記憶の奥から浮き出しそうだった。
実はそういう経験のある人って、少なくないのでは。
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