「高橋さおりの成長物語」幕が上がる CHUSAさんの映画レビュー(感想・評価)
高橋さおりの成長物語
普通の女子高生が様々な出会いと別れを経て、演出家として成長していく様を描いた作品です。ももクロの主演映画とありますが、実際は主人公の高橋さおりこと百田夏菜子の主演と言い切って良いでしょう。
高校演劇の世界は関わった人じゃないと理解できないものかもしれませんが、そのあたりは序盤で詳しく解説してくれます。もちろんさおりの一人語りという形で。終始彼女の視点で撮られているので、物語の序盤と終盤では性格はもちろん表情や口調まで様変わりしていて、その成長度合いが映画の中でもよくわかるようになってます。
映画の舞台は静岡県富士市がメイン。富士駅からも見える製紙工場や真夏で頂上に雪を頂いてない富士山、地元の岳南鉄道も随所に映し出されていて、地元香川県をこよなく愛し何本も映画を撮ってきた本広克之監督ならではのこだわりが感じられます。さらにこの映画では大都会東京での夜景もあるのですが、地元の田舎の空と東京のネオンの渦を対比させることで主人公の心情、環境、立場等を飛躍させていく様を宮沢賢治の銀河鉄道の夜という劇中劇のごとく描き出しているのが面白い。僕のような田舎育ちの人間が初めて上京した時の興奮というのはやっぱり忘れられないもので、地方出身の本広監督はもちろん主人公の百田夏菜子にもぴったり合っているものなんでしょうね。
アイドル映画を観るのは大昔の小泉今日子主演の生徒諸君以来のことですが、薄い記憶をたどってみるといかにアイドルの魅力を引き出すか?に主眼が置かれていた気がします。この映画ではそのあたりには主眼が置かれてはいない様で、出会いと別れ、受験と演劇の狭間での葛藤、このまま演劇を続けて大丈夫なのか?といった心理描写の方に重きを置かれている。ももクロの他のメンバーは全員がその出会いの中の一人というのが基本的な立ち位置で、そういう意味ではさおりに神様とまで言われた吉岡先生と変わりません。さおりとの関わり方も誰かが特別濃い絡みをしてるのかというわけではなく、まるでももクロの他メンバーや演劇部員等は映画の中でさおりが指示しているかのような演技ですね。一方の吉岡先生こと黒木華は最初から最後まで憧れの人で終わるのが面白いところ。憧れる人がどうなるか?はこの映画の最大の見どころでもあります。
本広監督がももクロファンということで、ももクロを詳細に知っているならではのシーンが随所に見られるのがモノノフとしては嬉しいところ。劇中での音楽やジュース等の色、本人の年齢や経歴、そしてももクロ自身の物語性とも重なっているのが手に取るようにわかる。そして主人公はさおりの一人称ですが、実はももクロ5人とさおりがオーバーラップしているのです。普通の女の子が適当に集められて、紆余曲折を経てスタジアム級のアイドルとなり、紅白歌合戦にも出られるようになるストーリーはこの映画そのもの。人間としての成長とアイドルでの成功を描くももクロストーリーはさおりの演出家としての自立物語なんですね。
この映画は若い人はもちろん、私のように四十過ぎて少々のことでは刺激を感じられなくなった中年が、若き日の目が輝いていたころを思い出すためにも(笑)観られることをおススメします。