エレファント・ソング : 映画評論・批評
2015年6月2日更新
2015年6月6日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンクほかにてロードショー
ドランが活き活きと演じる、見応えたっぷりの心理サスペンス
グザビエ・ドランが、役に自分自身を重ね出演を熱望した。失踪した精神科医ローレンスの行方をめぐり、彼の患者であるマイケルと病院長グリーンが心理戦を繰り広げる戯曲の映画化作品にそそられる最大の理由は、そこにあると言ってもいいだろう。若き天才監督と呼ばれるドランだが、そうした評価を高めた作品で主演もつとめ、俳優としても気になる存在だからだ。
と、同時にこの経緯は先入観も抱かせる。舞台が精神病院という閉ざされた空間であることや、ドランが初めて戯曲原作を監督した「トム・アット・ザ・ファーム」の空気感とあいまって、いかにもドラン的な母親への愛憎をベースに、重苦しい物語が繰り広げられるような気がしてしまうのだ。
だが、それは杞憂に終わる。これは自分を愛してくれなかった母へのマイケルの想いを底流としつつ、相手を翻弄するゲームを愛するマイケルとひとりの父親として夫としての哀しみと痛みを抱えた院長の攻防を単純に楽しませる見応えたっぷりの心理サスペンスに仕上がっているのだ。他人を操ることが好きでたまらないマイケルを演じるドランが、とにかく楽しげ。おかげでマイケルが精神を患っている感じは伝わりにくいが、結果としてキャラクターと作品にある種の軽やかさを与えることに。
原作・脚本のニコラス・ビヨンと監督のシャルル・ビナメもお見事。戯曲の映画化はややもすると単調な会話劇になりがちだが、マイケルと院長の間に起きたことを、理事長が院長と看護師長ピーターソンから聴取するという入れ子構造にしたおかげで、息詰まる心理劇にダイナミズムを与えているのだ。そして、ブルース・グリーンウッドとキャサリン・キーナーの実力派が演じる院長とピーターソンが原作とは違う関係に置き換えられたことによって、マイケルの存在によってこの二人にもたらされるものがひときわ観客の胸に沁みてくる。心理サスペンスとして楽しませつつ、最後に穏やかな余韻に浸らせてくれる作品はそうそうない。衝撃的ですらあるその意外性がもたらす興奮は、サスペンス好きにも人間ドラマ好きにも味わってほしい。
(杉谷伸子)