「狼と戦う英雄的な番犬がいなければ、羊は暴力になすすべもなく食い殺されるのです」アメリカン・スナイパー あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
狼と戦う英雄的な番犬がいなければ、羊は暴力になすすべもなく食い殺されるのです
心から感動しました
未だに動悸が収まりません
無音のエンドロール
それしか方法が無かったのです
どんな音楽を持ってきても違う、そぐわない
私達観客の心がクリスのように、本作の中に取り残されているからです
ラストシーンの手前、クリスが戦地からやっと帰国したのに家に帰らず静かなバーで独りにならないといけなかったように
私達もまた戦地から帰って来たのです
誰とも会いたくない、話ができない、心が痺れたまま、立ち上がれないのです
しばらく座席にへたり込んで呆けたようにいるしかないのです
戦地と内地の往復
携帯電話で戦地で家族と会話
21世紀では、第二次大戦、ベトナム戦争の時代では考えられないようなことができるようになった
しかし残酷だ
戦場の地獄と、平和な故郷の空気が隣合わせになってしまった
人間はそんなことに順応なんかできるわけがない
人の心はデジタルじゃない、ジェット機で半日で帰っていきなり日常に切り替えなんかできっこない
しかしその隣合わせは、21世紀は戦争もしかりなのです
戦争はミサイルで飛んできて、10分後には東京で爆発しているかもしれない
距離など無くなってしまったのです
21世紀は911のテロの惨劇で幕を開けたのです
戦争は遠いどこかの国のことではなくて、いきなり頭の上で起こるかも知れないのが21世紀なのです
物語はアメリカ本土とイラクの戦地を行ったり来たりして進行します
舞台のファルージャはイラクの首都バグダッドの西65キロのところ
時は2003年から2009年頃までのイラク戦争での4回のイラクへの派遣と、除隊後の生活
ラストシーンは2013年のこと
あれは確か2007年頃だった
本作のクリスがファルージャであのように戦っていた頃の話
都内の馴染みのバーにいつものように週末に行ったら、見慣れない黒人の紳士がカウンターの隅にいた
良くみると泣いている
どうしたのかとバーテンにきくと、彼は米空軍の将校で日本のある地方の基地の勤務だそうで、年に何度か横田の司令部やら米国大使館やらに会議などで上京する度に飲みに来てくれるらしい
泣いているのは転勤が決まったからだそうだ
「へえー、サッチョンの二度泣きって話に聞くけど、そんなに日本が良くて帰るのが嫌で泣いてるのか」と軽口を言うと、バーテンはこう教えてくれた
「イラクに転勤だそうです」
本作を観たならもう彼が泣いている理由は分かるだろう
イラクの占領はとっくに終わっていたから空軍の将校なら、そんな危ない目には遭わないだろう
しかし、本作の劇中でもあるように毎日自爆攻撃で米軍将兵が毎日死んで、時には数十人が死んだとのニュースが流れていた頃だった
何があってもおかしくない
平和な日本の基地で勤務していたのが、イラクに行くとなれば、やはり立派な米軍将校だって怖いのです
他の米軍将兵がこない酒場だから、人知れず泣いていたのです
羊、狼、番犬
狼から人々を守る為にクリスは自分や家族を犠牲にして戦ったのです
間違いなくヒーローです
誰かがどぶ掃除をやらねばならないのです
彼は悪臭を放ちボウフラの涌くどぶに飛び込んで汚泥を頭から被っても掃除してくれたのです
彼を批判するのは簡単です
他国に攻め入り、子供や女性も殺した
胸糞悪いと切って捨てる人もいるでしょう
しかし彼が居なければ、戦地で彼の戦友達が殺されたでしょう
それだけでなく、テロは世界中に輸出され911のような大勢の人が殺されるようなことがまた起きたでしょう
それが日本で起こっていてもおかしくはなかったのです
狼と戦う英雄的な番犬がいなければ、羊は暴力になすすべもなく食い殺されるのです
「戦争するくらいなら殺されよう 」
そんな歌を歌ってビラを撒いている団塊左翼老人達が正しいというのならクリスを批判すべきでしょう
しかしクリスの妻タヤ、まだ小さな息子や娘がいたように
同じように私達にも何よりも大事な家族がいます
それでも戦争するくらいなら、愛する人が殺されてもいいと言えるのでしょうか?
だからスタジアムの葬儀会場に向かう葬列にあれほどの人々が集まって見送って別れを惜しんだのです
クリスの立派な棺にはバッチが沢山はめ込まれていました
あれはネイビーシールズのバッチです
ビンラディンを殺害した部隊で有名です
つまり米軍最強の特殊部隊
そのバッチを最強部隊の戦友達が棺に付けて、彼に敬意を示していたのです
日本人にとっても彼はヒーローなのです
彼のような人物がいたからこそ、日本人が平和に幸せに暮らしていれるのです
え?、人任せ?米軍頼み?
いいえ自衛隊が日本人の番犬です
自衛隊にもクリスのように自己を犠牲にして羊を守ろうとする人々がいるのです
もし彼らがいなければ羊は狼に襲われたならどうなってしまうのでしょうか?
アメリカンスナイパーという題名であっても、よその国アメリカの話ではないのです
私達日本人が自分のこととして今真剣に考えるべきテーマの物語なのです
クリスをヒーローだと言えない、認められない
そんな空気がある日本こそ異常なのだと思います
心がどこか遠い空想の平和主義の楽園にいったままなのです
愛する人を守る為に苛烈な戦場で戦う
精神を病んでしまうこともある
四肢を切断するような戦傷も負ってしまうこともある
それどころか死体となって故郷に帰ることもある
それでも戦地に向かう人
彼こそ尊敬される立派な人だと何故素直に言い切ることが、日本でははばかれるのだろう?
そこに疑問を持つべき時が来たのです
狼が近くまで来て家の周りをうろついているのだから
いやもう毎日裏庭にはいりこんでいるとニュースされているのです