イニシエーション・ラブ : インタビュー
【ネタバレ注意!】前田敦子が明かす「男にとって理想の女性」が完成するまで
乾くるみ氏の人気小説を堤幸彦監督、松田翔太主演で映画化する「イニシエーション・ラブ」が、5月23日に全国で公開された。映画.comでは、ヒロインの成岡繭子(マユ)に扮した前田敦子にインタビューを敢行し、封切り前のタイミングでは掲載できなかったネタバレ満載のトークを繰り広げた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
原作は、1980年代後半の静岡と東京を舞台に、Side-AとBの2編でつづられる青春ラブストーリーだが、最後の2行で驚がくのミステリーへと変ぼうを遂げる構成が話題を呼んだ。松田演じる主人公の鈴木とマユのぎこちない恋愛模様を描いた静岡編(Side-A)、就職して東京本社に転勤となった鈴木が静岡に残ったマユと遠距離恋愛を始め、その関係が徐々に崩壊していく東京編(Side-B)を、バブル最盛期を想起させるアイテムやBGMを盛り込みながら映像化し、最後の2行を“ラスト5分”として描く。
今作のポスターには、「最後の5分全てが覆る。あなたは必ず2回観る。」というキャッチコピーが掲出されていることからも、本編内いたるところに“堤マジック”ともいうべき伏線がちりばめられている。具体例として、ルビーの指輪、スターレット、エアジョーダンなどを挙げておくが、いずれのアイテムにも否応なしに絡んでくるのがマユだ。Side-Aから始まる本編冒頭で愛くるしい笑顔を弾けさせ、登場人物の男性陣を虜にしていくが、その段階では、マユの本性を誰も知る由もない。
前田にとっては、女優冥利に尽きるといっても過言ではない役といえる。静岡の歯科医院に勤める歯科助手で、新社会人としての生活をスタートさせたばかりの鈴木を献身的に支える役どころだが、これほどまでに「男の理想」を体現してみせた役を演じた経験は、意外にもない。前田本人も「確かに、これまで影があったり、暗い役が多かったですよね」と同調するが、それ以上に男を狂わせる裏の顔を含むマユを、現場では嬉々と演じたようだ。
本編冒頭で抱かせる健気な印象とは裏腹に、一筋縄ではいかないマユの“思惑”が成立したのには、80年代後半という時代背景もある。当時は携帯電話が普及しておらず、公衆電話が当たり前の時代。ましてや、遠距離恋愛であれば“完全犯罪”は成立したも同然といえる。
「こういう生き方をしている女の人って、少なからずいるんじゃないかなって思わせられますよね。現場ではすごく自由にさせてもらって、私の感覚に近い状態で演じさせて頂いたので、私じゃないとは言い切れないかもしれません。だって、誰だってかわいい顔したいじゃないですか、好きな男の人の前だったら。それは絶対だと思うので。ただ、自分の目線よりも、男の人の目線から見てもらう女の子像というものを大事にしました。監督が現場でそういう雰囲気をうまく作ってくださって、『女の子はこれがいいんだ! ここがかわいいんだ! いいよいいよ、かわいいよ!』ってずっと言ってくれたんです。最高に幸せでした(笑)」
堤監督とはAKB48時代にPV(「フライングゲット」)と映画(「エイトレンジャー2」)で仕事をしている前田だが、今回のマユ役は演じることが必然といえるほどトントン拍子で決まった。「監督が舞台(『太陽2068』)を見に来てくださったときに、『良さそうな役があるから待っててね』っておっしゃっていたんです。その後、私が東宝スタジオでCM撮影をしていたら、『天空の蜂』を撮影中の監督が会いに来てくれて、『絶対にやってほしいから』って。プロットを頂いたりしているうちに、あっという間に撮影に入れました」。これほどまでに作品ごとに異なる作風を世に送り出す堤監督を、前田はどう思っているのだろうか。
「どうしてここまで違うものが撮れるんでしょうね。きょとんとしちゃいます。でも、監督の中で、次から次へとイメージが沸き出ているのは、お仕事をご一緒して近くで見ていて分かる気がします。枠にはまらずに生き続けていると、こんなに素敵な人になれるんだなっていう、私たちにとってのすごく良いお手本だと思っています」
また、今作では原作者の乾氏が果たした役割も大きかったようだ。「ミステリーの要素が強い原作と比べると、映画の方が明確に描かれていたので悩むことはなかったですね。監督からうかがって最近知ったのですが、最後の結末の部分はくるみさんがアドバイスをくれて作られたんですって。だから監督は、最初から自信満々で『絶対に大丈夫!』という状態で現場に入ってこられたので、私たちは監督を信じて演じれば大丈夫だと思えたんです。くるみさんは仲間として参加してくださって、完成披露試写会の時もすごく喜んでくれました。私たちも、すごく嬉しかったなあ」
そして、主演の松田についても言及しなければならない。さまざまなジャンルの作品で主演、ヒロインを務めてきた前田だからこそ、松田が“座長”として並々ならぬ意欲をもって現場に臨んでいたことを感じ取った。「翔太さんは『楽しい』という感覚というか波長が監督と合うみたいに感じました。私たちと一緒になって、同じ位置から引っ張ってくれている感じが私はしました。だから翔太さんとお芝居をするときはすごく安心できましたし、監督からのメッセージもきちんと受け取って現場にいてくれました」と最敬礼だ。
筆者を含む男性の視線で見つめていくと、マユのとった行動は将来を見出せなかったがゆえに不安でやったこと……という自分に都合の良い逃げ道を用意してしまいがちだ。しかし、男の悲しい性を打ち砕くかのごとく、マユは屈託のない表情のまま残酷なことをやってのける。
「本当にひどいですよね(笑)。監督は『この女は将来、結婚詐欺師になるんだ!』とずっとおっしゃっていたのですが、その素養はありますよね。私から見ると、マユは何も考えていない素直な女の子だと思っていたのですが、男性の目線から見たお話を聞くと、確かにそうですね。私にはできないことです。ダークな部分が強いですよね……」
全編を通じて言えることは、いつの世も女はリアリストで、男は夢見がちだということ。そんな気分を盛り上げる懐かしのナンバーが、BGMとして使われている事にも触れておきたい。「SHOW ME」(森川由加里)、「揺れるまなざし」(小椋佳)、「君は1000%」(1986 OMEGATRIBE)、「Yes-No」(オフコース)、「Lucky Chanceをもう一度」(C-C-B)、「夏をあきらめて」(研ナオコ)、「ルビーの指環」(寺尾聰)といった名曲の話題で盛り上がるなか、前田に個人的に好きなセリフを聞いてみた。
「私は、鈴木が東京へ転勤になるとバーで打ち明けたときにマユが言う、『都会の絵の具に染まらないで帰って』ですね。あのシーンそのものが好きだし、自分のことを分かっていながらにして言えてしまうという点でも、このセリフはすごく好きなんです」
そう、太田裕美にとって最大のヒット曲で、初出場を果たした第27回NHK紅白歌合戦の披露曲でもある「木綿のハンカチーフ」の歌詞の一部だ。当時を生きた若者の中には、こんな会話を交わしたカップルもいただろう。このセリフのくだりを話す前田の表情は、はからずもクライマックスシーンで見せたものと全く同じ“不敵”な笑みを浮かべていたことを言及しておきたい。