マイ・ファニー・レディ : 映画評論・批評
2015年12月8日更新
2015年12月19日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー
爆笑必至のカメオ出演もお楽しみ。軽妙洒脱でエロティックな大人のお伽噺
映画批評家出身のピーター・ボグダノヴィッチの映画は、あまりに過剰な映画愛がかえって鼻につき過ぎるきらいがあった。だが、ひさびさの新作は、冒頭で、フレッド・アステアの歌う「トップ・ハット」の軽快なナンバー「頬よせて」が聴こえてくるや、「これは、いいぞ!」と思わず膝を乗り出した。
新進ハリウッド女優イジー(イモージェン・プーツ)が女性記者のインタビューに答え、成功までの経緯を回想する。女優志願の高級コールガールだった彼女は、客であるブロードウェイの演出家アーノルド(オーウェン・ウィルソン)から「この仕事を辞めるなら、三万ドルをプレゼントする」と奇怪な申し出を受け、人生が一変してしまったのだという。
ハリウッド黄金期には早口で喋りまくる風変わりな主人公たちが、世間常識からの逸脱ぶりによって愛と幸福を得る<スクリューボール・コメディ>が隆盛を極めた。ボグダノヴィッチはそのジャンルの奥義をアンモラルなセックス・ウォー喜劇として見事に甦らせた。それにしても変人・奇人が勢揃いの本作ではアーノルドの妻デルタにしろ自己チューなセラピスト、ジェーンにしろ、往年のキャロル・ロンバードのようにふしだらな男たちを殴りまくるのが痛快だ。昔のボグダノヴィッチなら、ここで映画的引用の元ネタをちらつかせて退嬰的なノスタルジアに耽ってしまうところだが、イジーを発火点に狂ったようにもつれまくる男女関係を見つめる眼差しが成熟しており、リング・ラードナーの短篇を思わせる軽妙洒脱でエロティックな大人のお伽噺の味わいがあるのだ。
監督の元恋人のシビル・シェパード、テイタム・オニールほかおびただしいカメオ出演もお楽しみだが、とりわけ最後に登場するシネ・フィル野郎には大爆笑すること必至である。艶笑喜劇の帝王エルンスト・ルビッチの小品「小間使」のロマンティックな引用にも意表を突かれる。実人生で辛酸をなめたボグダノヴィッチは、老境に至って真の映画狂による<夢のかけら>としての映画を紡いでみせたのだ。
(高崎俊夫)