劇場公開日 2015年6月27日

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きみはいい子 : インタビュー

2015年6月25日更新
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尾野真千子&呉美保監督が完成させた、新たなる“宝物”

ひとつの家族、一組の男女らに焦点を絞ってきた呉美保監督が、「きみはいい子」で初の群像劇に挑んだ。同じ街、同じ時間の流れの中でつづられる人生のさまざまな営み。虐待、いじめ、認知症といった現代の社会問題を取り上げつつも、愛を持ってそれぞれが新たな一歩を踏み出せるように背中を押した。脚本にほれ込み、娘への虐待に苦悩する母親として一翼を担った尾野真千子にとっても、新たな“宝物”となったようだ。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)

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「きみはいい子」は、坪田譲治文学賞を受賞した中脇初枝さんの同名小説が原作。呉監督は、昨年の映画賞を席巻した「そこのみにて光輝く」の企画を進めていた頃に、映画化前提の依頼として出合った。

「映像化と言われてお話を頂くと、通常は物理的にそれをイメージしながら読んでしまうんですけれど、それを忘れて1読者として入れたんです。いろんな社会問題を描いている中で、問題を抱えた人それぞれのオーバーではない一歩みたいなものが感じられたから、ぜひとも映画にしたいなと思いました」

5編の短編からなるオムニバスから、呉監督自ら「サンタさんの来ない家」、「べっぴんさん」、「こんにちは、さようなら」の3編を選択。それぞれ小学校の新米教師・岡野(高良健吾)、親に虐待を受けたトラウマから娘に手をあげてしまう母親・雅美(尾野)、認知症の初期症状が出始めた独居老人・あきこ(喜多道枝)が主人公だが、高田亮氏の脚本に対してのこだわりは「構成」だったという。

「一本の時間軸にしたんですけれど、劇中、岡野と雅美は出会わない。日本映画の群像劇でよくある、最後に出会っちゃうというようなことはしたくなかった。2人が同じ時間にこういうことをしているというパラレルのような表現をしていきたかったので、それぞれが生きている時間というのをきちんと考えながらでしたね」

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雅美役の尾野については、かねて出演作をチェックする“追っかけ”をしていたそうで、理想のキャスティングだと強調する。

「いろんな役をされていて、いろんな人が画面にいる中でも必ず目で追っちゃう役者さんだと思っていました。そういう意味ではずっとご一緒したいと追っかけていた人。ただ、なんでもかんでもということではなくて、群像劇でそれぞれが出る時間はそんなに多くないんですけれども、1シーン1シーンでその人が生きてきた人生というか、多面的な表現をしてもらわなければいけないので、まさに尾野さんにしかできないと思って、今だという感じでお願いしました」

対する尾野は、虐待というテーマに心の痛みは感じたものの、脚本に魅了されたという。それまで呉監督作品にふれたことがなく、「そこのみにて光輝く」も最近になって見たそうで、「『そこのみぞ輝く』でしたっけ?」とマジボケも出たが、その世界観のとりこになった。

「逃していたんですけれど、今になって見たのを後悔したくらい。映画館で見ておけば良かったと本当に思った。(登場人物の)生きているさまがすごく好きなんです。主人公だけがフィーチャーされているわけでもなく、もう周りが気になってしようがない映画でした。今回も脚本が面白かったので、ただそこに出たいという思いがありました。私がやる虐待の話だけではなく、全体を通して結末も含めて面白かったし、自分のこれからのためにもなる、やりがいがあると思ったんです」

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しかし、演技とはいえ子ども叩くシーンは相当の覚悟を持って臨んだはず。自身の腕を叩くなどさまざまな創意工夫を試みて乗り越え、娘・あやね役の三宅希空ちゃんの存在に救われた部分もあった。

尾野「嫌ですねえ。好きな人はいないでしょう。だから、その日1日をやったら忘れる。あとはもう子どもや周りに楽しい方がいらっしゃるし、監督も笑える話をしてくれたり、本番以外ではなるべく楽しい方向に意識を持っていく雰囲気でいるようにしていました。子どもって正直ですから、勝てるものではないし助けられますよね。子どもとしてのお芝居をしてくれるから、こっちは母親になれる」

撮影は北海道・小樽でのオールロケだったが、学校の使える週末が高良のパート、週の半ばに尾野のパートといようにまさに点描を重ねるようなスケジュールで、呉監督も初めての感覚を味わったという。

「昨日はおばあちゃんの万引きのシーンを撮ったけれど、今日は雅美が娘に手をあげて、明日は学級崩壊だみたいな、3本の映画を同時に撮っているような感じでした。だから高田さんととことん打ち合わせをして一言一句、どこをどうツッコまれてもちゃんと答えられるように準備しました。混乱はするけれども、脚本に立ち戻ればある意味物理的に撮っていくというのが多かったですね」

尾野と高良は劇中で会わないため、撮影中も集合写真の時にしか顔を合わせていない。他のパートを気に掛ける余裕はなかったそうだが、北海道ロケは集中力を高める上でも適していたようだ。

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「他のことよりも、自分のことだけでいっぱいいっぱいでしたね。でも私はもともとロケで合宿みたいなものが好きだし、芝居になると家に帰るのがあまり好きじゃないんです。だから、泊まりって言われるとすごくうれしいし、テンションが上がります。まして北海道ってなると完全に帰れないわけだから、なおさらうれしい」

雅美は、親から虐待された同じ過去を持つママ友の陽子(池脇千鶴)に抱きしめられることで、それまでの呪縛から解き放たれる。人の温かさに思わずグッとくる、象徴的なシーンだ。

「周りのスタッフが気を使ってくれて、デリケートな感じで撮りましたけれど、グッときたなら大・成・功(笑)。他人の腕の中っていうのもあったかいなと感じました」

呉監督は同作を編集中に妊娠が判明。今年5月29日に元気な男の子を出産したばかりで、自らも母親になった。その思いが少なからず作品に反映されているのではないだろうか。

「つわりもなかったので物理的な影響も大変さもなく、逆にずっと徹夜していたので悪いことをしたなと思いつつ、親孝行だなとポジティブに考えて。だから、ちゃんと作らないといけない、最後の最後まで自分のやりたいことをきちっと表現するために何ができるのか考え続けなきゃと思いましたね」

そんな愛情を込めて完成させた作品は、人間は生きる上でさまざまな愛に支えられているんだと気付かされる。尾野にとっても我が子のような存在になったことをうかがわせる発言で締めくくった。

「どの作品でもそうですけれど、ひとつでき上がったものは宝物と呼んでいるんです。そこに順番をつけるでもなく、何か特別なものにしてあげるわけでもなくすべてが宝物。順番をつけると、あんたはいい子、あんたは悪い子って言っている感じがして、だから皆一緒の宝物です」

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