海街diary : インタビュー
綾瀬はるか×長澤まさみ×夏帆×広瀬すず、穏やかなりし是枝組で体感した「かけがえなき瞬間」
第68回カンヌ映画祭コンペティション部門に選出された、是枝裕和監督の最新作「海街diary」が6月13日から封切られる。主人公となる4姉妹に扮した綾瀬はるか(長女・幸)、長澤まさみ(次女・佳乃)、夏帆(三女・千佳)、広瀬すず(四女・すず)は、本物の家族かと見まごうナチュラルな“息吹”を世界に届け、レッドカーペットを是枝監督とともに闊歩。渡仏直前に行われた今回のインタビューで、永遠に続くかと錯覚するほどに穏やかだった現場について、4人は笑みを絶やすことなく話し始めた。(取材・文/編集部、写真/武安弘毅)
昨年8月2日、4人の姿は神奈川・鎌倉の極楽寺にあった。「香田家4姉妹、お願いします!」。スタッフの掛け声とともに、長女らしく幸役の綾瀬が先頭に立って現場入りし、法事のシーンで数年ぶりに会う実母(大竹しのぶ)と大叔母(樹木希林)を境内で出迎えるというカットに臨んだ。
吉田秋生氏の人気漫画を実写映画化する今作は、祖母の残した鎌倉の家で暮らす3姉妹が、山形で別の家庭を築いていた父の葬儀で出会った異母妹のすずを引き取り、本当の意味で姉妹に、家族になっていく姿を1年がかりで追いかけ、労を惜しまず丹念に描いている。この日の撮影は、すずが鎌倉へ引っ越してきて間もないタイミングで迎える法事のシーン。それだけに3人の姉の背部に立ち、長澤と夏帆の間から様子をうかがう振舞いに、スタッフたちは口々に「すずのチラリチラリと遠慮がちに見え隠れするのがいいねえ」と話し、表情を緩めていた。
是枝組の現場は、監督の人柄そのままに、どこまでも穏やかだ。脚本を与えられず是枝監督から直接演出を受ける広瀬だが、不安なそぶりを見せることはなかった。3人の姉たちが温かい眼差しで見守っているのだから、こんなにも心強いことはなかっただろう。是枝監督が「生活感をまぶしながら美しく撮る」ことを意識した現場にあって、4人の脳裏に浮かぶ「かけがえのない瞬間」を切り取るとしたら、一体どんな光景だろうか。
綾瀬は、4姉妹の昼寝姿が映し出された特報第1弾の存在を挙げ、「みんなが寝ているシーンを撮っていたんですが、あれ実はみんな寝ていたんですよ」と明かす。3人が「寝ちゃってた」と認めると、綾瀬は「監督が小さな声で『ここ! 今この角度! ここここ!』みたいな事をやっていらして、『ああ、いい瞬間だなあ』とつくづく思いましたね。私は途中で起きていて、『寝てるなあ』って思いながらみんなを見ていました」と目を細める。
4人が顔を見合わせながら笑うなか、夏帆はカメラが動かなくなり撮影が中断した日のことを振り返る。「時間ができたので、みんなで居間のテレビを使って今まで撮影した映像を見た事があるんです。普通だったら、機材トラブルがあったりすると現場はピリピリするのに『カメラが動かないし、ちょっと休憩しようか』って。本当に穏やかな現場だなあと思いましたし、カメラが回った時のオンとオフがない現場だと感じました」
また、今作には原作の中にちりばめられている湘南ならではの美食の数々が登場する。生シラス丼、アジフライ、シラストーストなどなど……。筆者が日を改めて現場を訪問すると、フードスタイリストの飯島奈美氏が是枝監督から差し入れられた素麺を茹で、天ぷらを揚げている一幕を目撃することができた。
「ずっと食べていたよね」と笑う長澤は、「是枝さんの現場にいる人たちは、そこにいることにすごく幸せを感じているように感じました」と話す。さらに、「この日々が永遠に続けばいいのにって思っている人しかいない現場だから、映画の中に日々があるように、日々の生活が是枝組にもあるというか。そういうことが、既にかけがえのない時間になっていたように思いますね」と述懐する。
広瀬も、「撮影をしているというか、何か撮っているなっていうのはもちろんあるのですが、自分でお芝居をしているという感覚は、良い意味でありませんでした」と姉3人を見やりながらニッコリ。そして、「海のシーンではすごく自由に動き回って、衣装がびしょびしょになっちゃいました。4人で水をかけあったり、ぐるぐる動き回ったり。私と幸ねえが歩いていて、その後ろを千佳ちゃんとよっちゃんがわちゃわちゃしているんですが、距離が開いたり、縮まったり……。その感じがすごくいいなって思っていました」
4人の是枝監督に対する信頼感は絶大だ。それは、1年を通じて撮影をともにし、湘南の四季を同じ目線で体感していたからに他ならない。是枝監督は、4人を「引ける人たち。自分が強く出なくちゃいけないところも理解しているから、苦労しませんよ」と評する。本編を見れば一目瞭然。是枝監督、撮影を務めた瀧本幹也、そして全スタッフが、真っ当すぎるほど真っ当に生きる4人、寄り添うように佇む肩の力の抜けた周囲の人々の感情の機微を、逃すことなく拾い集めている。大きなサプライズが潜む物語ではないからこそ、是枝監督の“凄味”は一層際立つ。
長澤が「柔軟なところはすごく柔軟で、それぞれの思いをくんでくださるのですが、監督が頭の中でやりたいことは決まっている。懐がすごく深いんですよ、だからこそつかみどころがない。すごく優しい方という印象が強かったのですが、是枝さんって一体どういう方なのか、結局わからずに終わっちゃったねって、はるかちゃんとも話していたんです」と語れば、話を引き継いだ綾瀬も「すごくシンプルで説明し過ぎないんですが、それでいて何かしら受け取れるものがあるんですよね。そういう意味では、何か透視されている感じがしますね」と同調する。
セミが鳴きしきる極楽寺で、「どうやって4人が姉妹に、家族になっていくかが大事」と真摯な眼差しで語っていた是枝監督の思惑は、見事に成功した。インタビューの場でも、たなびく潮風のように、4人は同じ歩調で湘南で過ごした日々に思いを馳せる。あるとき、綾瀬と長澤がなぜか東北弁で会話を繰り広げ、かと思えば広瀬の横顔を綾瀬が携帯電話で撮影しご満悦の表情を浮かべていたことを振ると……。
綾瀬「ははは。やっていましたっけ。いろいろと流行り事があったんですよ。面白かったよね」
長澤「やっていましたね、確かに。ずっと忘れてた。はるかちゃんがやり始めたんですよ」
綾瀬「2人でずっとやっていたら、夏帆ちゃんがだんだん遠くにいっちゃって(笑)」
長澤「すーっといなくなっちゃいましたよね(笑)」
夏帆「簡単に編集できる動画アプリも流行ったよね。すっごい撮ってた。それを監督にあげたんですよ。『出来がいいなあ』って言ってくださいました」
和気あいあいと女子トークを繰り広げる3人を、大きな瞳でニコニコしながら見つめる広瀬にとって、女優として大先輩にあたる姉たちはどう映っていたのだろうか。
「映画の中で、お姉ちゃんたちが『一緒に住もう、一緒に家族になろう』って言ってくれて、そこからすごく受け入れようとしてくれる態勢みたいなものをすずちゃんは感じていたと思うんです。現場でも、私はひとりだけ年が離れていて最初はすごく様子を見ていたんです(笑)。でも、カメラが回っていないところでも、同じように受け入れてくれる態勢を作ってくださって、緊張とか気を使うっていうこともなく、すごくフラットに過ごせて気持ちの良い現場でした」
懸命に言葉を選びながら話す広瀬を優しく見つめる綾瀬は、「すずが恥ずかしそうにしながらも距離感をはかっているところから、ちょっとずつ、ちょっとずつ心を開いていくのが映画に反映されていますよね。現場でのすずもこんな感じだなって、本編を見て思いました」と語る。是枝監督が、物語の柱になるポイントのひとつとして「親に置いていかれてしまった子たちのなかで、長女がある時は母親代わりになろうとしながら(悲しみを)埋めていくという話」を挙げていたことからも、今作における綾瀬が果たした役割は極めて大きい。
長澤は、かつての自分の姿を広瀬に重ねていたようで「誰もがすずのこれからを期待しているし、それに応えていくであろう人だと感じてもいました。私も若い頃から仕事をしているから、そういう風に見られていたのかなあ。今では自分がすずをそういう目で見ていることに、なんだか不思議な感覚に陥ります」。夏帆も同調し、「みんな10代からお仕事をしていて、すずみたいな立ち位置だったころがあったんですよね。今度は自分が見守る番になったんですね。私たちだけじゃなくて、スタッフみんながすずを見守っていて、すずの表情を大事に撮っているという素敵な現場にいられたことが、私はすごく嬉しかったです」とほほ笑む。
カンヌから帰国後、是枝監督は「4姉妹の付き添いというほど役に立ってはいないけれど、この4人をカンヌに連れて行けましたし、瀧本さんやスタッフも一緒に行く事ができて、とても幸せな時間でしたね」と“親心”をのぞかせながら振り返っている。脚本執筆に取り掛かったのは、2013年の夏。昨年の猛暑の中での撮影を経て、また新たな夏を迎えようとしている。“海街”鎌倉の日本家屋から巣立とうとしている4人が、いつの日にかまた是枝監督、是枝組と相まみえることを願ってやまない。