フューリーのレビュー・感想・評価
全77件中、1~20件目を表示
ヘタレとええかっこしい
誰もが想像する「プライベート・ライアン」の焼回し。
その弱点だった、アパムのウザさ、トム・ハンクスのアンマッチ感を意図的にフォローしたつくりになっている。
今回のヘタレはアパムほど、イライラしないし、ピットはリーダーとしてのカリスマを感じさせる。
戦車戦も短いながらきっちりあるし、重火器戦ならではの金属音もキンキン響く。エアー監督ならではの映像表現もあるし、赤と緑の敵味方の閃光表現はゲーム的。
ピット演じる主人公はなかなか興味深い人物。
現場ですべきことをする、部下の命を守るリーダー。だがそのためにしなければいけないことをしてきたことへの苦悩が裏の顔。部下はどんなにカスであっても、戦場では有能な戦士。
制圧した町のひと時のヤバイ感が楽しいんだが、これタランティーノとかの十八番なので、新鮮味はないのだが、そこに重大なメッセージが込められている。
制圧した町で、ノーマンの筆おろしを斡旋するが、それは優しい行為ではなく、ものすごい残酷な行為。
また平和なひと時を、カスな部下に雰囲気をぶち壊されるのだが、そこでピットはブチ切れる。だが、こいつらは、今おかれている境遇では、必要不可欠な人間なのだ。だから彼自身もカスであることの自覚もある。彼の内面は実は諦観でおおわれているのだ。
すべては、「ほかに手がないから」。
本作「FURY」とは戦争への、敵への、そして、カスな部下への、「怒り」。そして彼の諦観からくる「ほかに手がないから」という生き方を余儀なくされた彼自身への「怒り」なのだ。
男根のように突き出す、戦車砲に書かれた「FURY」。
それは彼がせめてそれだけは、と執着した思いである。実際彼はホモでもあったわけだし。
とここまでは、とても面白く見れた。
なんだけど、なんだけど!(笑)
どうなってんの、このラスト。もういっぺんにひっくり返されちゃったよ。
すべて最後の展開で全決壊。
監督デヴィッド・エアー。
前作「サボタージュ」でもびっくりラストを用意してくれましたが、どうもお偉方に弱いというか、プロデューサーに弱いというか、あからさまにおかしなつくりは本作でも発揮。ここでいうヘタレとは、エアー監督。
ブラッド・ピット、プロデュース主演。
こんな「ええかっこしい」ポジションを、ものの見事にふるまってくれてます。そもそもピットプロデュースにろくなものがない。
「キックアス」とか「キックアス」とか「キックアス」とか。。そうそう、「それでも夜は明ける」とか「マネーボール」もやばかったな。
追記
ノーマンの存在について。
結局、こいつ、なんだったの?というと、ピット演じる主人公をかっこよく見せるためだけのお飾り。
大変に残念な話である。白旗を挙げよ!ドイツ兵。そして、日本人。
頭の中を空っぽにして見るべし。
アメリカ軍は勝ったので、死んだ者はこの映画の台詞にあるように『お前は英雄だ』になる。しかし、累々とドイツ兵の死体が周りにある。彼らにも家族もあったろうし、途中の街にいた残留兵士は女、子供も混じっていた。たから、この最後の戦闘が始まる前に『SSの部隊だ!』と言っている。つまり、殺戮の肯定を意図的に台詞で語っていると思う。
さて、盛んに軍曹が言っていた言葉は『こいつ等、なかなか降伏しない』である。『戦争はまだまだ終わらない。まだ、たくさん人は死ぬ。』と。
アメリカ軍はこのあとも、ドイツが降伏しても、まだまだ、たくさんの人を殺してしまう事になる。勿論、降伏しない大日本帝國が悪いのだが。つくづく、白旗をドイツと一緒に挙げて貰いたかった。残念な事だ。
英雄 ・・・ではないんだ
第二次世界大戦末期のドイツ。
米軍のカリスマ的存在のコリアー軍曹( ブラッド・ピット )率いる戦車部隊に、新兵の二等兵ノーマン( ローガン・ラーマン )が着任する。若きノーマンか人を殺める事は出来ないと苦悩する姿が痛ましい。
マイケル・ペーニャ、映画「 ワールド・トレード・センター 」でもニコラス・ケイジの部下として熱演されていましたが、本作でも人情派として出演。
一時的に制圧した地でのロマンス。ロシアの司令官が侵攻したウクライナで、交際相手のいる32才の女性を連行し、頭から袋を被せ暴行。今尚苦しみ続けているとの読売新聞朝刊の記事を思い出した。若い二人の姿はとても美しかったが、夢物語だと感じた。
その後アップになったロマンスの相手エマ( アリシア・フォン・リットベルク )の表情が忘れられない。
互いに無線で交信しながら戦車で進軍する緊迫したシーンに息を呑む。
ラストシーンに見せたノーマンの表情が切ない。
テレ東を録画にて鑑賞 (吹替版)
ドイツ製戦車の迫力と強度、ブラッド・ピット隊長率いる戦車部隊壊滅の戦争の過酷さ
デビッド・エアー 監督による2014年製作(135分)のアメリカ映画。
原題:Fury、配給:KADOKAWA
こういう軍隊ものでの、舞隊内での対立、共感、和解、一体感の形成という展開は、米国映画は本当にうまいなあと、本映画でも改めて感心させられた。
戦車部隊長のドン・コリアン(ブラッド・ピット)のキャラクターも魅力的。戦争で闘い続け生き残るためにはとても頼りになるが、ナチスを徹底的に憎み、人道主義者とは正反対で、巻き添え的な市民殺人は平気で、敵兵が白旗を挙げても尚殺したがる狂気じみた性格設定が、何よりも戦争ものらしくてgoodと感じた。途中で、髭を剃って身綺麗となるのも、スター俳優らしく効果的で、製作に直接関わっているだけあるかも。
そしてやはり戦車、何台かのM4シャーマン中戦車のみならず、ドイツのティーガーI重戦車の登場が何とも嬉しい。英国の博物館から持ち出したとも聞くが、子供ながらカッコ良くて夢中になって作って確かマブチモーターで動かしたプラモデルのキングタイガー(ティーガーII)戦車を思い出した。映画の中でも、前方からの圧倒的な強度が描かれていて大満足。
タイプライター打ちであったという若者ローガン・ラーマンが、戦争の極限的状況の中で容赦無い射撃家として変化していくのも秀逸。若いドイツ娘の家で楽譜を見つけてピアノ曲( Max Reger 1873-1916が作曲のMaria Wiegenliedマリアの子守唄)を弾くのが、生まれ育ちの良さを想像させて上手い。美しいドイツ娘アリシア・フォン・リットベルクはピアノに合わせて歌を唄い、ベッドインとなる。その彼女が、あっさりと航空機爆撃で死んでしまうのが、戦争の酷さを饒舌に語っていた。
最後、隊長も含め部隊員全滅の中、戦車の中から下へ抜け出し、自身に土も被せ、上手く隠れただ1人ローガン・ラーマン生き残るラストも、米国戦争映画お得意の英雄的な活躍というよりは、戦争というものの無意味さや過酷さ、壮絶さを印象に残し、好感を覚えた。
監督デビッド・エアー、製作デビッド・エアー 、ビル・ブロック、 イーサン・スミス ジョン・レッシャー、製作総指揮ブラッド・ピット 、サーシャ・シャピロ 、アントン・レッシン、 アレックス・オット、 ベンジャミン・ワイスブレン。
脚本デビッド・エアー、撮影ロマン・バシャノフ、美術アンドリュー・メンジース、衣装
オーウェン・ソーントン、編集ドディ・ドーン、音楽スティーブン・プライス。
出演
ブラッド・ピットドン・コリアー(ウォーダディー)、シャイア・ラブーフボイド・スワン(バイブル)、ローガン・ラーマンノーマン・エリソン、マイケル・ペーニャトリニ・ガルシア(ゴルド)、ジョン・バーンサルグレイディ・トラビス(クーンアス)、ジェイソン・アイザックスワゴナー大尉、スコット・イーストウッドマイルス軍曹、アナマリア・マリンカイルマ、アリシア・フォン・リットベルクエマ、ジム・パラック、ケビン・バンス、ゼイビア・サミュエル。
松本零士の戦場マンガシリーズ
戦場になじみすぎ、戦場でしか生きられなくなった男たちの物語
彼らは戦場で生き残って来たが故に戦場に順応しすぎて、もう一般社会に戻れない。
中盤の食事のシーンにそれが表れている。
第二次大戦も終結が近づき、戦争の終わりが見えた時、彼らが戦後を考えなければならない時、自分たちはもはや普通の生活を送ることができない体になってしまっていることに気づいて愕然とする。
彼らは戦場でしか生きられないのだ。
戦争映画としてはありえない 戦車映画で及第点
戦車映画として見るなら、M4A3E8-76ミリHVSSダブルピン、M4-75ミリVVSSと型式違いが見て取れて良き
ものほんのtiger1も良き、ちゃんと弾種の使い分けも良い
戦争映画として見るなら駄作以下
最後の動けない戦車一両に武装SS大隊が負けるとか正直ありえない
WW1かってくらい機銃に正面攻撃とか受け狙いとしか思えない
後、アメリカ人的にかっこよくブラピが死ぬために随伴歩兵なしで戦車小隊での拠点死守命令とかそもそもありえない
リアル戦車映画として鑑賞 前半は何気ないヨーロッパ戦線の一コマ。 ...
リアル戦車映画として鑑賞
前半は何気ないヨーロッパ戦線の一コマ。
(
(演出上)主人公ノーマンの席を用意するため、大したことない戦闘でFURY号のクルーは命を落として、ノーマンはその補充兵として適当に配置されます。
訓練を終えたばかりで実戦経験のないノーマンを与えられて不機嫌な戦車長ウォーダディー。
クルーと共にすれ違う避難民に下品なヤジを飛ばしたり、捕虜になったドイツ兵を拳銃でとどめをさすよう、ノーマンに強要します。
中盤、ある町を攻略してひと時の休息シーンとなり、ノーマンは住民の女性の好意を寄せるも、ドイツ軍の榴弾砲で建物ごと女性は潰されます。
この辺りまでは、戦争の悲惨さや理不尽さを伝えているのかと思いましたが・・・
後半、M4戦車の大立ち回りのシーンに進みます。
4両編成だった小隊は、タイガー戦車との戦闘でFURY号のみとなっており、前線指揮官からSS歩兵部隊が接近しているので、ベルリンに向かう十字路を死守するよう命令されます。
目的地に着いたとたん、地雷で履帯を損傷するFURY号。
「そこは歩兵随伴しないのか?」と疑問がわきますが、とりあえずはシーンを進めます。
死守を命じられた十字路は見通しのいいポイント。
隣接して建物があるも、ドイツ軍の救護所に使われたもので、現在は死体だけが残る廃墟です。
履帯が切れたM4戦車を直そうとしますが、修理が終わるまえにSS部隊と接敵する事に。
ここからクライマックスのM4無双で主砲、M2機銃の乱射でドイツ兵をバタバタとなぎ倒しますが・・・かなり興ざめです。
擱座した戦車を演出していたので、油断したドイツ兵相手に、最初の砲撃や戦車周囲のドイツ兵を排除することは出来るでしょう。
でも、その後は日が暮れてもドイツ兵はモーゼルだけで戦車に攻撃をしかけ、M2機銃とM1919機銃の乱射でバタバタ倒れるドイツ兵。
逆にドイツ兵が放つパンツァーファウストは、全部外れます。
そんな事はないでしょう。
動けない戦車があれば、先に斥候を出して脅威でないかを確認します。
生きていると分かれば、部隊を近づけず迂回して進めるでしょうし、排除するな日没を待って後方から接近。側面と背面にパンツァーファウストを食らわせるか、ハッチから手りゅう弾を投げ込んでジ・エンドです。
リアリズムに徹するなら、そうした結末でよかったんじゃないかと思います。
単独の戦車など歩兵の敵になりえないと。
戦争映画として観るか、戦車映画として観るかで評価が分かれるか。 良くも悪くも「ブラピ&パンツァー」。
1945年4月、ナチス・ドイツの首都ベルリンを目前に、連合軍とドイツ軍による最後の死闘が繰り広げられていた時代を舞台に、アメリカ軍の戦車兵長ドン・「ウォーダディー」・コリアーと彼の部下たちの決死のミッションが描かれる戦争映画。
主人公ドンを演じるのは『セブン』『オーシャンズ』シリーズの、オスカーを獲得したプロデューサーにして、後に自身もオスカー俳優となる名優、ブラッド・ピット。尚、ブラピは本作の製作総指揮にも名を連ねている。
ドンの部隊の砲手、ボイド・「バイブル」・スワンを演じるのは『トランスフォーマー』シリーズや『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』のシャイア・ラブーフ。
ドンの部隊に副操縦手として配属された新兵、ノーマン・エリソンを演じるのは『バタフライ・エフェクト』『ウォールフラワー』のローガン・ラーマン。
ドンの部隊の操縦手、トリニ・「ゴルド(太っちょ)」・ガルシアを演じるのは『ミリオンダラー・ベイビー』『バベル』のマイケル・ペーニャ。
ドンの部隊の装填手、グレイディ・「クーンアス」・トラビスを演じるのは『ナイト ミュージアム2』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョン・バーンサル。
第86回 ナショナル・ボード・オブ・レビューにおいて、アンサンブル・キャスト賞を受賞!
世界に一台しか存在しない、レストアされたティーガー戦車を用いて撮影されたという、戦車ファン歓喜の一作。
戦車に対し1㎜も興味がない自分としては「てぃいがあ」だの「しゃあまん」だのと言われても、「ふーん、あっそう🥱」という感じ。
とはいえ、本物の戦車を使った重量感のある「戦車道」描写はやはり迫力があり、かなり興奮しながら鑑賞することができた。
本作において観客の「目」となるのは、新兵のノーマン。
ほとんど訓練も受けていない状態で戦場に放り込まれる不条理と、彼が体験する地獄を観客も一緒になって味わうことができる。
唐突に仲間たちが死んでいく様や、心を通わせた女性が自らの祖国の攻撃により無惨にも散っていく様は確かに悲劇的。
しかし、何というか戦争映画のお決まりを一つ一つこなしていっているな、というのが正直な感想で、それ以上に胸に迫ってくるものはなかった。
戦争映画を観ているというよりは、ロボットアニメを観ているという感覚。
もちろん戦争の悲惨さは描くのだけれど、それ以上にカッコいいロボットに乗って戦うという楽しさが優先されているような感じ。
戦争映画としては、展開があまりにご都合主義的かつ荒唐無稽。
例えばノーマンがドイツ人の女性と心を通わせるシーン。あそこなんであんなに長かったんだろう?
さっきまで殺し合いしていたというのに、その数十分後には和姦するなんて、そんなご都合主義ある?
いつ死ぬかわからないんだから、ノーマンに女を教えてやろうというウォーダディーの気遣いが素晴らしい!✨
…とはならんよね。ほとんどレイプやんけ。
この家族団欒のようなランチシーンは本当に意味がわからんかった。
ブラピの裸ノルマ達成のためだけのイベントに見えました。
クライマックスの十字路バトルは誰しも突っ込むところでしょう。
5vs300。てっきりゲリラ戦でも展開するのかと思いきや、まるで武蔵坊弁慶や悪来典韋、張飛翼徳のように、大軍の前に立ち塞がっての大立ち回り。
三国志演義でも、もう少し練った作戦で敵を迎撃するぞ、と。
「これが本当の戦場だ!」なんてノーマンは説教されるんだけど、到底これが本当の戦場だとは思えない。
本来はもっとノーマンに焦点を当てて描かれるべき作品なんだろうが、結局はブラッド・ピットによるブラッド・ピットの為のプラッド・ピット映画になってしまっていた。良くも悪くも。
戦車アクション映画としてはなかなかの傑作。
敵は緑、味方は赤いエフェクトで弾道が表示されるのはちょっとゲームっぽい、というか『スター・ウォーズ』っぽくて楽しい。
いつ狙われるか分からない緊張感も、映画をスリリングなものにしてくれていた。
しかし、やはり題材が題材なだけに、単純なアクション映画として割り切って鑑賞することは出来ない。
凄い映画ではあるんだけど、やはり戦争ものにはリアリティが大切だよなぁ、と気付かせてくれた映画でした。
近距離戦車戦の大迫力
後味はあまり良くない。戦争映画は大体後味は悪いが。最後の方で、戦車1台に対してナチスが何百人も対抗してるのになかなかやっつけられないのは、ちょっと不自然というか、ナチスをマヌケな感じに扱っているような印象を受けた。たった一人生き残ったノーマンが戦車の下に隠れていて、ナチスの1人が彼を見つけたのに見逃したのはどういうことだったのか?
戦争の不条理を描いている映画と言えるが、個人的にはこの映画の最大の見所は戦車戦である。実際あのような戦いだったのかはわからないが、戦車同士が近距離で戦うっていうのは映画であってもかなり迫力があり圧倒された。
※印象に残ったセリフ
たった一台残った戦車で、数百人のナチス軍と戦う決意した時、ボイド(聖書をよく引用するので、通称バイブルと呼ばれていた)が、言った。
私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう。」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」といった時、ドン(ブラッドピット)がイザヤ書6章8節と続けたことだ。なんと、聖書とは無縁と思われたのに、ドンが聖書に精通していたなんて、ちょっとジーンときてしまった。
映画史上最低、最悪戦争映画。!
この映画、私は嫌いです。
見る前は楽しみにしていた映画でした。
本物のタイガー戦車が登場し、M4シャーマン戦車も出るという事で。
何処が嫌い(不愉快)か?
戦死した戦友の代わりに配属された新兵に「捕虜を殺せ」だの占領地のドイツ女性を「抱け」などのブラビの言動は本当に不愉快です。
これらのシーンにはもっと倫理感との比較が必要です。
「メンフィスベル」の爆撃目標で搭乗員と意見が対立するように。!
そうすれば、観客も考えると思います。!
異常時だからこそ問われる人間性。!
これらのシーンを見ていて途中で退席しようと思った程です。
この映画を絶賛する人達は「まさにリアル」これが戦争の真実だと。
そして戦争は悲惨。→素晴らしい反戦映画と言う事ですか?
このような意見をもっている人達に反論します。
1これは映画です。映像を見て不快になる映画はいい映画ですか?
確かに戦争は醜い現実があるのでしょう。しかしそのような状況でも人間らしく生きた人、命を投げ出して他の人を助けた人も多くいます。
それも真実としてあるのです。
また、戦闘シーン(爆発したり炎が燃えたりする)の画像を見てばっかりいると悪い影響を受けると言う人もいます。
でも人間の心理にはそのような映像を見る事によってストレス発散になる事もあるのです。
スターウォーズで宇宙船が爆発したからと言って船内の人が沢山死んで残酷と言う人はいないと思います。
確かに「アウトレイジ」みたいな映画は度が過ぎていると思います。
余は自分の理性でどう消化するからです。
私は、この映画は消化出来ませんでした。
2・この映画、リアルさに欠ける戦闘シーンが多くあります。
タイガー戦車があんな近い距離で砲撃を始めません。
射程が1000mm以上ある88mm砲であれば接近戦は挑みません。
より、リアルな演出にするには、見通しの悪い出会いがしらの設定にするとか、戦わないで逃げてもいい訳です。(ブラピがのるシャーマンが)
それもこのタイガー1型イギリスホービントン博物館にあるアフリカ戦線(1942年初期型)で捕獲されたものであり1945年4月(ドイツ降伏月)ではミスマッチです。それも1両だけ。
この時代タイガー戦車であればタイガーⅡ型(ケーニヒスティーガー)が正式化されているのでこちらがの方が自然です。
意固地な考えかもしれませんが「タイガーの本物だしとけば文句ねえだろう」的な製作者側の意図があった様に思えてならない。
ドイツ敗戦前であれば「ヘェツァー」
駆逐戦車が妥当と思います。
実際に末期の重戦車大隊は「タイガー」戦車の補給が出来ず「ヘェツァー」が支給された事実もあります。
後、最後の武装ss親衛隊との戦闘です
が国民てきだん兵師団ではありません武装ssであれば対戦車ロケット弾(パンツァーファウスト)も多数装備しています。
あんなにやられません。
そもそも1945年4月であればドイツ軍はソビエト軍に降伏するより米英軍に投降しようとしてたはずで沢山の投降するドイツ軍がいたはずです。
東部戦線ならまだしも果たしてあんなに大規模で士気が高い(それも歌を歌って)武装SS部隊がいたのでしょうか?
ブラビはこの映画で何を言いたかったのでしょう?
やはり戦争とは残酷で醜いもの!
アメリカ人もナチスとそんなに変わらない事!
だったら違う形で表現してもらいたかった。
何を持って「本年度、アカデミー賞最有力候補」?
アカデミー賞とれましたか?
日本アカデミー賞ですか?
本場アメリカですよね!
取れる訳ありません。!
貴重な戦闘車両も映画が駄目だと全然映えませんね!
私も戦車マニアの部類に俗する人間と思います。
「本物のドイツ戦車が出るから戦車マニアだけは喜ぶだろう。」の見下す意見や、「細かい事をつべこべ言うな!」等の記事や意見をよく目にします。
マニアとて人間です。理不尽な意見には承伏出来ません。
いいですか、細かい所まで製作するからこそ納得し、多くの人が感動出来ると思います。
この作品のタイガーは確かに本物です。知らない人は「この時代にこの戦車があったんだ。」と間違った認識を持ちます。それも本物がゆえに!
それはいい事ですか!
間違いは間違いです。!
「プライベートライアン」にも「タイガー1型」が出てきますがこちらは再現車ですがツィーマーメリットコーティングがしっかり再現してあり中期型の特徴をしっかり再現してあります。
製作者側の努力が感じとれます。
そういう努力に人は感動するのではないでしょうか!
昨今、エヴェンゲリオンの庵野さんが話題になります。
物凄いこだわりです。
常軌をいっした電信柱マニアです。
この姿勢が多くの人を納得させ感動を与えるのでは!
「パールハーバー」の零(レイ)戦は本物です。ですが、大きな間違いをしています。
塗装の色が後期の緑(濃緑色)です。
これは、監督の零(レイ)戦のイメージでそうなったそうです。
いろんな考えあっていいのかもしれまんが妥協出来る事と出来ない事があります。
「私は納得出来ません。」
長くなって申し訳ありませんが「より多くの人がより感動する映画を。!」
それが私の意見です。
時代考証も適当で中身の薄い残酷映画です。!
シャーマニアもショック間違いない!
過去鑑賞
お金がかかっているだけあって、とてもリアルに見える映像でしたね。
ストーリーとしてもいろいろ詰め込んであったので、2時間を超える作品でしたが、飽きる事なく最後まで鑑賞出来ました。
ただ、時期が1945年4月だったり(そんな時期にあんな綺麗な格好したその割りには装備が貧弱なSSの隊員300人が何していたんでしょうね?)とか、動けなくなった戦車一台にあれ程手こずるのも納得いかなかったり、そのせいで、たった5人で300人相手に戦うという一見熱い展開も実はたんなる大虐殺に感じてしまいましたし、ウォーダディことブラッド・ピット演じたドンを狙撃した狙撃手の状況にそぐわない格好に驚かされたりと、 ミリオタではない僕からしてみてもツッコミたくなる箇所はあるのですが、でも個人的には十分楽しめました。
特にM4シャーマン戦車vs. ティガー重戦車は鳥肌が立つくらい迫力のあるものでしたよね。あれだけの短時間の映像で戦力差が格段に違う事を知らしめながら、搭乗員の恐怖もまざまざと伝わってきましたし、今までの戦車同士の戦闘を覆すようなスピーディーで緊張感あるこのシーンだけでも一見の価値があるかと思います。
戦闘シーンと言えば、全部が曳光弾という訳でもないのでリアリティさには欠けてしまいますが、弾道の軌跡がわかる新たな手法もなかなか良かったかと思います。
It's my home. インパクト大の戦車戦!
最近戦車関連にハマっていて色々と観初めているのですが、本作は本当に凄かったです。さすが博物館から本物借りてきているだけあって良くできてますわ。
序盤の闘いから市街地まで、中盤のシャーマンvsティーガー、そして最後の戦闘とガッツリ戦車を堪能できます。まぁ、最後の戦車に籠城しての闘いは既に戦車が動けない状態だったのですが、中盤のシャーマンvs ティーガーの闘いは大戦中の戦闘をリアルに再現しているようでメッチャ手に汗握りました。撃ってもあまりダメージにならない丈夫なティーガーに対してシャーマンは一撃でやられ、味方がドンドン減っていく中で装甲の薄い後ろまで回るりこむまでの緊迫感。戦車内のやり取りもちゃんと観れるのでこっちまで緊張が伝わって来ますし、戦車同士の闘いの迫力が半端ないです。すっごいリアルで、実際にこういう戦闘が行われていた事が伺えます。
"ウォー・ダディ"ドンを演じるブラッド・ピット。一本筋の通った戦車乗りの軍人が様になっています。新兵のマーチンにわざわざドイツ兵を殺させるとかメッチャ嫌な上司かと思ったのですが、殺しを覚える事が戦場で生き抜く為には不可欠だったから殺らせたのでしょう。戦争の現場をちゃんとわかってる行動です。
その他の隊のメンバーもシャイア・ラブーフ、マイケル・ペーニャ、ジョン・バーンサル、ローガン・ラーマンと豪華です。私生活では問題児のシャイア・ラブーフが聖書を愛読する善い人ポジション。あ、スコット・イーストウッドもちょこっと出てたんですね。
しっかり戦争の悲惨さを描けているのは自身も海軍出身の経歴を持つデヴィット・エアー監督ならではですね。以前クリント・イーストウッドが「戦争を美しく語るものを信用するな、彼らは決まって戦場にいなかった者なのだから」と語っていたそうです。デヴィット・エアー監督は自分の経験に基づき、色々とこだわり抜き戦争の悲惨さを伝えてきていると思いました。戦争映画としても戦車映画としても良作でした。
戦争は悲惨だ
ということを伝える映画。
指揮の良さと運の良さから生き残ってきた戦車一台。
その隊長の神通力も部隊全体には及ばなかった。
そして最後には自分の戦車にも。
それにしても戦車戦というのはこのように戦われていたんだと勉強になった。
占領した町での行いは、それが戦争なんだろうが、略奪・暴行・凌辱。
あれは同意の上の事と主張するのだろうか?
いずれにしても悲惨ではある。
どこの国も戦時には同じようなことが行われる。
望まない命のやり取りしていると人は尋常ではいられないんだろう。
あの町の部屋でのひとこまが物語っている。
最後の決断は戦うことに疲弊した、ある意味自殺だったんだろう。
本物のティーゲル戦車登場
総合:80点 ( ストーリー:70点|キャスト:75点|演出:85点|ビジュアル:85点|音楽:65点 )
戦争を格好良く描くのではなく、悲惨さを強調するだけでもなく、特に戦争を知らないノーマンの目を通してありのままに戦車の戦闘の現実を描こうとしているように思える。戦争を体験した彼が現実に目覚めていく姿も良いし、とても迫力のある映像だったし、演出の質も高かった。
冒頭でアメリカ軍戦車がドイツ軍戦車に劣ると書いておきながら、なかなかドイツの優秀な戦車が登場しない。それが登場するときが物語の最後となるのかと思ったら、それは見事に外れてしまった。しかし登場したティーゲル戦車は過去の映画によくあるアメリカ軍戦車にドイツの紋章を書いただけではなく、世界で唯一の本物の稼働するティーゲル戦車が登場したのは嬉しい喜びだった。
そして結末の場面だが、いくら命令とはいえなぜここで死を覚悟して圧倒的多数の敵軍と戦うと決めたのかが疑問に残った。偵察に出たノーマンは、精鋭のSSが対戦車擲弾を多数装備しているのも見えたはず。勝ち目のなさそうな状況で、無線が壊れて援軍も期待出来ない。そもそもティーゲルとの戦闘でそうじゃなくても戦力不足になり、その時点で計画は破綻しているのにどうして戦闘をしたのだろうか。
そして戦力差がありながらもドイツ軍はせっかく多数装備されている対戦車擲弾をなかなか使うこともなく、フューリーはしぶとく夜まで生き残るのも不自然だった。まるで映画のためにわざと勝てる戦いをせず、わざわざ対戦車擲弾を使うのを躊躇ったのではないかと思えた。脚本には不自然さがあった。
映像は全体に良いのだが、大きな欠陥としてはやたらと弾丸と砲弾の光跡が見えること。曳光弾ならば現実に見えるが、徹甲弾ですら砲弾の飛ぶ光が見えるのは映画のためとはいえやりすぎで現実感がなくなる。
まあまあ面白かった
あんまし内容無かったけどね
でも局地戦の映画なんてそんなもん
ツッコミどころや疑問はあるけど、まぁ映画やしね
最初は1輌だけで敵戦力を突破するとか思ってたけど
逆に動けなくなった戦車でどう戦うかってラストやった
そこが良かったね
全てを飲み込む、壮絶極まりない修羅場
通常スクリーンで鑑賞(字幕)。
フューリーと名づけた戦車に搭乗する5人のアメリカ兵の姿を通して、戦場の過酷さと悲惨さを突きつけて来ました。
ブラピが「イングロリアス・バスターズ」に引き続いて、ナチスへの憎しみに燃えるアメリカ兵を演じていました。
同作とは違い、ポップさは皆無。戦争を早く終わらせるためにナチスを皆殺しにしようとする悲壮を秘めた役柄でした。
搭乗員の合言葉―「最高の仕事だ」。いろいろな意味を内包しているようで、全てを狂気に飲み込んでしまう戦争の壮絶さを一番よく表現している言葉ではないかなと思いました。多くの修羅場を仲間と共に潜り抜け、彼らが到達した一種の悟りとも言える境地を表しているような気もしました。
戦争映画ならではな大迫力のアクションが満載!
ドイツ軍のティーガー戦車とフューリーの一騎打ちや、クライマックスの300人のSS部隊との壮絶な死闘に大興奮でした。地雷によってキャタピラが破損し、十字路の真ん中で孤立した絶体絶命の状況の中、四方八方を敵に囲まれながらも、任務のために最善を尽くそうとする彼らの姿が胸熱でした。
[余談]
新兵のその後が気になる。
[以降の鑑賞記録]
2018/08/06:DVD(吹替)
※修正(2023/06/08)
カッコ良過ぎやしないか
記憶に残ってる戦争映画は、プラトーン、アメリカンスナイパーだけど、新しくFURYも追加する。
ブラピが渋すぎる。任務と部下への責任を一身に背負うその生き様に、男を感じずにいられない。こんなに戦争をカッコよく描いていいものか、疑問を覚えるレベル。
決して成長とは言えない、ノーマンの経験と変化が、戦争の虚しさ・恐ろしさを教えてくれる。
過激なシーンは多いし、戦闘を「最高の仕事だ」っていう問題発言もあるけど、プラピ史上最高傑作と呼ばれるのも頷けた。
戦争を体験させようという意欲作
どれだけ御託を並べようと大義名分を振りかざそうと、戦場にいる兵士にとっては戦場はやるかやられるかの世界で、「ひたすら怖いもの」でしかない。
新人兵士は、子供だろうが市民だろうが、いつ自分に牙を向くかわからないから殺しておけ、と古参兵に教わる。そいつらを殺さなければ、結局は自分が殺される。どのみち死体が増えることには変わりない。
そういった理屈や理想が通じない生の現場を、戦車に取り残された死体の顔や、道いく死体を潰す音などを取り込み、なるべく視聴者に届けようとした意欲を感じる。
少しでも日常的に過ごしたい…そんな彼らが時折見せる横顔はあまりに普通。
恐怖がいつまで続くかわからない生活に、心の底から疲れている。
ラスト、そんなちっぽけな男たちがありったけの勇気を振り絞り、自分等が戦う意味を残そうとする姿は切なさを誘う。
多少アメリカ的なヒロイズムを感じはしたが、戦争に善悪はないという普遍性を持たせようとしたのだと思う。
話は変わるが、ドイツ人女性宅での出来事だけは解せない。私は女なので、主役から転じて女性側に感情移入して見ていた。
言葉の通じない男たちが、いつ自分に牙を向くか。誰が乱暴で、誰が理性的で話が通じるか。
おどおどしながら顔色を窺う女性たちの様子に、まるで自分がそこにいるかのようにビクビクし、とても情けない気持ちになった。
それなのに、何日間の逗留ならまだしも、出会ってすぐに敵国の女性が恋に落ちる訳がない。
戦場ではさっきまで笑いあっていた人々が、次の瞬間死体に変わる、という無情さを表したかったのかもしれないが、あの場面だけは男の幻想だと思った。
80点
豪華俳優陣の演技の上手い
リアルな戦争映画。
こうゆう事を忘れたらあかんなとつくづく思う!
俺が戦争行く立場ならどうしてるか、
戦ってるのか、国のために、平和のために、
考えさせなれる。
全77件中、1~20件目を表示