「偽らなければ生きられないのか」イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
偽らなければ生きられないのか
僕はアラン・チューリングという人物の名前を本作で
初めて知った訳だが……コンピュータの始祖を築いた上、
第二次世界大戦の終結を推定2年縮めたという大人物が、
こんなにも悲愴な形で人生の幕を下ろさなければ
ならなかったという実話に半ば愕然とさせられた。
.
.
イミテーション(模倣)という言葉は、
機密情報を暗号化するエニグマを指すと同時に、
自身の心を偽らざるを得なかった主人公
チューリングをも指していたのだろう。
エニグマ解読が戦争の勝敗を賭けた本気のゲームであったよう、
同性愛がわいせつ罪に問われる時代においては、
チューリングが同性愛者である事を隠し通す事もまた、
社会で生き残る為の本気の“ごっこ遊び”だったのかもしれない。
.
思い返せば本作には様々な“イミテーション” があった。
女は家庭を守るべし、仕事もあくまで男の補佐に回るべし
という固定観念が幅を利かせていた時代、ズバ抜けて
賢いジョーンが男に混じって暗号解読に加わるには
幾つもの偽装が必要だった。
ソ連の二重スパイやMI-6のミンギスは偽る事こそ生業だ。
目的の為、彼らは巧みな振舞いで相手の懐に潜り込んでいた。
最も規模の大きい “ごっこ遊び” はあの恐るべき『ウルトラ』計画。
暗号解読をドイツに悟られない為、生かす/死なす人間を
選別するという、文字通りの“機械仕掛けの神”。
正気を保つ事にも苦労しそうなプロジェクトだが、
親しい人に悩みを打ち明けることすらできない。
戦争終結の為に暗号を解いたのに、不条理にすら思える責め苦だ。
.
.
大きな目的を果たす為、本当の自分をひた隠し、
波風立てぬよう、『普通』を演じる。
世渡り上手な人間ならばそれもできるかもだが、
本心を偽って生きるのは辛く苦しいもの。
気の毒なほど生真面目だったチューリングのような
人間にとって、それはどれほど過酷な事だったか。
チューリングは己を隠す事をやめた。
自分を認めてくれた仲間たちとの努力の結晶であり、
不遇の少年時代を救ってくれた愛しいクリストファーを守る為。
それゆえ彼は世間から犯罪者のレッテルを貼られ、
望んでもいないホルモン投与を強制され、挙げ句、自殺した。
.
.
「他人と違う風に考えるのは考えていないということなのか?」
チューリングが刑事に投げ掛けたあの言葉は、人や社会は
なぜ異なる価値観を卑しいものとして排除しようとするのか、
という深い苦悩が込められた言葉だったのだろう。
終幕の間際、打ちのめされたチューリングに対し、
ジョーンが語った言葉が心に残っている。
「あなたが普通じゃないから、世界はこんなに美しい」
なんて優しい言葉だろう、と思う。
自分の価値観と他人の価値観が共存可能な世の中こそが
最も創造的で、最も平和な世界なのかもしれない。
残念ながら、他人の価値観を認めるのが難しいから
未だに世の中うまくいかない訳だけど。
.
.
エニグマ解読を巡るサスペンスとしても面白かったが、
チューリングという興味深い人物の伝記としても、上述のような
現代に通じるテーマを描いたドラマとしても観られる。
複雑な後味を残す秀作でした。
<2015.03.21鑑賞>
.
.
.
余談1:
文脈に沿わなかったのでここに書く。
僕は『裏切りのサーカス』『スター・トレック』
『ホビット』でしか彼の演技を知らなかったのだが
(暴竜スマウグ様は勘定に入れていいの?)、
B・カンバーバッチのオスカーノミニーには納得。
奇をてらった演技ではないが、コミュニケーション障害
を抱えた人間の閉じた雰囲気、時折その障害の枠を
飛び越えて見せる大きな感情の波が印象に残る。
.
.
余談2:
理解の為、同性婚について少し調べてみた。
世界で初めて同性婚が法的に認められたのはオランダ
だそうだが、それも2001年になってからのこと。
本作の舞台イギリスの場合は、法的な婚姻ではないが、
手続きを踏めば同性でもそれに近い権利が認められる
“シビルパートナーシップ法”が2005年に導入されたそうな。
同国で同性婚が法的に認められたのはつい昨年(2014年)。
本作はそういう点でもタイムリーな題材だったのだろう。
ちなみにこのレビューをちんたら書いている間、
3/26に渋谷区で同性婚を認める条例(上記のパートナー
シップ法に近い位置付けらしい)が可決されたとのこと。
世の中もゆっくりゆっくり、色んな人間を理解しよう
という方向に前進してるのかねえ。