「秘密」イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 bartman1221さんの映画レビュー(感想・評価)
秘密
第二次世界大戦中、政府に召集されたアラン・チューリング率いる数学の精鋭達がドイツ軍の誇る世界最高の暗号「エニグマ」の解読に挑む物語。
予告編を観る限り、この作品は戦時中に活躍した者たちの挫折と栄光を描いた、ありがちな戦争映画であると予想していた。しかし蓋を開けてみれば、それだけではなかった。本作は、言うなれば「名も無き英雄アラン・チューリングの物語」であると、観終わって実感した。
本作最大のキーワードは、「秘密」である。まず、エニグマの解読に成功したというチューリング一行の偉業を描いているが、そもそもこの一大プロジェクトは国家機密とされていたのである。エニグマを解読したことによって幾多の戦争を勝利へと導いたにも関わらず、その偉大な功績は死後何十年もの間、誰にも知られることはなかった。よく「戦争を風化させてはならない」という言葉を耳にするが、こういった偉人の忘れ去られた功績が今なお存在するのはれっきとした事実であり、彼らを讃え、後世に伝えることが戦争を知らない私たちの世代の役目であると、改めて痛感した。
そして本作でさらに「秘密」とされていたのはチューリングが同性愛者であったことである。寄宿学校に通っていた若かりし日のチューリングは周囲から「変人」扱いされ酷いいじめを受けていた。そんな彼を救ったのは、彼の唯一の理解者にして親友であるクリストファーだった。チューリングは彼に触発されて暗号の世界にのめりこんでいき、いつしか恋心を抱くようになる。自分の気持ちを暗号文に託し告白しようとするも、その矢先にクリストファーは結核で帰らぬ人となる。
最愛の友を亡くしたチューリングは、幾度と無く人生に絶望し、「死」を意識したことだろう。しかし、彼は屈することなく、常に「変人」であり続けた。その裏には、かつてクリストファーがチューリングに言った台詞があった。“Sometimes it is the people who no one imagines anything of who do the things that no one can imagine.”(「誰にも思いつかない人物が、誰にも思いつかないことをやってのけたりするんだよ」)この台詞はチューリングが最期を迎えるときまで、彼の生きる糧として、自分に言い聞かせていたことだろう。
余談になるが、私がこのシーンで想起したのは、今年のアカデミー賞で本作が脚色賞を受賞したときのスピーチである。受賞した脚本家のグレアム・ムーアは、16歳のときに自ら命を絶とうとしたと告白した。しかし彼はその苦難を乗り越え、オスカーのステージに立つという夢を叶えたのであった。“Stay weird. Stay different.” 世界中の子どもたちに捧げたこの素晴らしいスピーチは、何千万人もの子どもたちを勇気づけたに違いない。劇中のクリストファーの台詞は、ムーア氏の経験に基づいて、書き上げたのであろう。
戦後、チューリングは同性愛の罪で告発される。彼の功績を世に明かしていれば、罪は免除できたのかもしれない。しかし国家機密であるが故に、彼の偉業は誰にも知られることなく、犯罪者となった。「エニグマの解読」と「同性愛」という二つの「秘密」に生涯悩まされたチューリング。やがて精神を病み、名も無き英雄は自ら命を絶つのであった。