「一人で多くの苦しみ悲しみを背負った天才という男」イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
一人で多くの苦しみ悲しみを背負った天才という男
第二次大戦時、ナチスドイツの解読難解の暗号“エニグマ”の解読に貢献した実在のイギリス人数学者アラン・チューリングの半生。
アカデミー賞では作品賞など8部門ノミネート、脚色賞受賞の話題作。
アラン・チューリングをまるで知らない…のは当然。
イギリス政府も50年隠し続けたとか。
アラン・チューリングは知らなくても、エニグマは知っている。
天文学的な暗号パターンがあり、日付が変わるとリセット。
10人が24時間ぶっ通しで取り組んでも解読に2000万年かかるという、気の遠くなる所ではない話。
これにチューリングは自身発明の解読機で挑むのだが、凡人からすれば、実話なのに何だかSFの世界。
天才の考える事は分からん…。
一つの才能が突出していると、何処かが必ず欠落する。
いつの時代も天才には奇人変人が多い。
例に漏れず、数学に凄まじい才を発揮する一方、コミュニケーション下手で協調性が無く、ちょっと自信家で傲慢な傾向あり。
言うまでもなく解読チームとの仲は険悪。ある筋を通して自分がリーダーになるや、無能な二人をクビにまでする暴挙。
そんな時、クロスワード・パズルの天才である女性、ジョーンの加入がきっかけで変わり始める。
反発し合ってた解読チームの初代リーダーとも分かり合い、チームもまとまっていく。
孤高の天才が心を開いていく様、いつの間にか芽生えていたチームの絆が、なかなか感動的。
そして、ジョーンとはお互い想い合い、婚約するが…。
映画では「スター・トレック イントゥ・ダークネス」での悪役ぐらいしかインパクト無かったが、ベネディクト・カンバーバッチにとって、間違いなく現時点で最高の代表作に。
自身の出世作であるTVシリーズ「SHERLOCK シャーロック」を彷彿させるような風変わりな天才はハマり役!
解読に異常な執着心を燃やす傍ら、孤独と悲しみを滲ませる名演。
男ばかりの解読チームの紅一点ながら才を見せ、チューリングの最大の理解者として彼を支え愛した強い意思を、キーラ・ナイトレイが体現。
チューリングと似た者同士とも言える解読チームの初代リーダー役のマシュー・グッド、チューリングらに協力的だが何処か不敵なMI6諜報員マーク・ストロングらも好助演。
暗号解読というエンタメ的サスペンス要素をスリリングに、チューリングの知られざる人物像を丹念に。
俊英モルテン・ティルドゥムが上質の作品に仕上げた。
3つの時代を巧みに交錯させたオスカー受賞の脚本、アレクサンドル・デスプラの流麗な音楽も一級品。
彼らの功績は公にされる事は無かった。
エニグマ解読直後さえある理由により一部の者にしか知らされなかった。
そういった複雑な事情により、50年も機密に…?
…いや、50年も機密にされた理由は別にある。
イギリス政府がチューリングへ課した罪。
すなわち、同性愛。チューリングは同性愛者だった。
その時代、イギリスでは、同性愛者は罪に問われたという。
確か、今も世界の一部では同性愛が罪に問われる国がある。
アラン・チューリングは奇人変人だったとは言え、あのエニグマを解読した張本人。
彼の偉業のお陰で多くの人の命が救われ、戦争終結も2年早まったという。
言わば、戦争の英雄。
さらにはその頭脳は時代の先を行き、コンピュータの先駆者でもあったらしい。
イギリス近代史においても傑出した人物へ犯した、不当な扱い。
同性愛が罪ならば、チューリングへの迫害もイギリスの罪。そりゃ自国の暗部として隠し続けたくなる。
10代の名門校時の秘めた恋、ジョーンとの関係、誰にも言えなかった同性愛者としての苦悩、暗号解読の圧力、悲劇的な晩年…この孤高の男は、一人で何と多くの苦しみを抱えていた事か!
自分は同性愛者ではないが、愛の形は人それぞれだと思っている。
男女愛は確かにストレートだが、時にストーカーなど歪んだ形を生み出す。
許されなかった時代、秘めた想いこそ、儚く美しい。
そんな愛の形も、偉業も、永遠に葬りされる事は決してない。