バンクーバーの朝日 : インタビュー
妻夫木聡&高畑充希が突き詰める「演じる」ということについて
名実ともに日本を代表する俳優へと成長した妻夫木聡が、石井裕也監督作「バンクーバーの朝日」でさらなる高みを目指し、日系二世のレジー笠原という奥行きのある難役に挑んでいる。そして、妻夫木演じるレジー笠原の妹、エミー笠原に扮したのが心境著しい女優の高畑充希だ。所属事務所の先輩後輩にあたる2人に共通するのは、どこまでも「演じる」ということに真摯であるということ。2人が、演じることを通して何を見出そうとしているのか話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
妻夫木が息吹を注ぎ込んだレジー笠原は、戦前のカナダ・バンクーバーで差別や貧困に負けることなくフェアプレーの精神で戦い抜き、日系移民だけでなく白人社会からも称賛された野球チーム「バンクーバー朝日」でショートを守る主将。一方の高畑が生命を吹き込んだエミー笠原は、白人のハイスクールに通いながら裕福なカナダ人一家の家政婦として働いているという役どころだ。
石井監督が、今作に臨むに当たって「被害者面だけはしないように気をつけた。どれだけ頑張ったかではなく、どれだけ強い気持ちを持って生きたかを描こう」と意識したように、2人も自らに与えられた役の背景にある部分にまで思いをめぐらせ、クランクインした。
妻夫木「日系移民に対する差別は実際にあったんでしょう。ただ、あまり差別を感じなかったという人も確かに存在しているんですよ。エミーが劇中で言っていますけど、『最後までこの国を好きでいたい』ってことだと思うんです。最もいろんなもののはざ間にいた人たちなんでしょうね。そういう人たちが毎日、何かを感じながら生きていたかといったら、多分そういう事ではないと思うんですよ。僕は意外と普通に生きていたんじゃないかと感じています。ちょっとした喜びに幸せを感じながらも、健気に生きていたんじゃないかなあ。だから、あまり考えすぎないようにしていましたね。知識を得ることは大事ですが、それを表現すべきではないだろうと。僕の心の中でとどめておけば、そういう思いは表情とか何らかの形で出るのかなと思っていました」
高畑「実際にそういう境遇の人々に自分がなることは出来ないので……。想像力を働かせるしかありませんでした。だから、基本的な知識は入れたうえで、その時にその場で何を感じたか。相手に対して、気持ちがどう動くか。演じている時は、目の前の事しか考えられていなかったかもしれません」
劇中では兄妹を演じた2人だが、栃木・足利に建造された巨大オープンセットでの撮影を経て、その関係はより強固なものとなり、クランクアップ時に高畑は妻夫木に対して「本当のお兄さんのように見守ってくださり、今ではとても頼れる兄貴です!」とコメントを残している。
そんな高畑を、妻夫木は「かなり努力家ですよ」と称賛する。ただし、「自分で思い込んだことに対して集中しちゃうタイプ。それが良いところでもあり、悪いところでもあるんですよ(笑)。現場でも入り込みすぎて、『エミー、最初からそんな顔になっちゃって!』と言われていた」のはご愛嬌か。照れ笑いを浮かべる高畑は、「カーッとなりすぎちゃって、石井監督や妻夫木さんに元に戻してもらうこともありましたね」と認める。
高畑は、「真ん中に妻夫木さんがいることで、みんなが安心する」と“大先輩”に最敬礼。さらに、「監督が妻夫木さんのことを“受ける天才”だっておっしゃっていたんですよ。妻夫木さんは主役なんだけど、それと同時に、起こった出来事などを“受ける”ことで、周囲のキャラクターの輪郭がはっきりしてくるという意味なんだと思います。私は必死で周りが見えていなかったから分かりませんでしたが、妻夫木さんがレジーじゃなかったら、もっと精神的にがたついていたかもしれません」と明かした。
この2人と現場で対峙したのが、若き天才・石井監督だ。妻夫木は「ぼくたちの家族」でも主演しており、2作続けての石井組参加。既に全幅の信頼を寄せている様子がうかがえ、「バジェットの大きなものと小さなものに出演させて頂いたわけですが、監督にとって映画って映画でしかないんですよね。バジェットの大きさにとらわれることがない。それを確認できたことが嬉しかったんです。ご自分のやりたい事がはっきりしているし、僕が何よりも好きなのが潔さ。物事の判断力にしてもそうなんですが、とにかくぶれない。だからこそ、皆が付いていきたくなる。あの求心力はすごいですよ」と満面の笑みを浮かべながら話が止まらない。
石井組に初参加となった高畑にとっても、その思いは手に取るように理解できた。「まったく媚びないんですよ。それに、すごく視野が広い方。私はすごく困っている時でも『困っています』と言うのが苦手なんですよ。監督は、普段気にしたそぶりとか一切見せないのに、私が困った時にちゃんと察して汲み上げてくださる。妻夫木さんもそうなんですけど、360度を見渡しているんですよね。視野が狭まっていた自分にとって、すごく安心できる現場でした。この頼りになる先輩たちがいてくれるなら、私は大丈夫だって思えたんですよ」。
「ドルフィンブルー フジ、もういちど宙(そら)へ」(2007)や「書道ガールズ!! わたしたちの甲子園」(10)などに出演してきた高畑だが、昨年はNHK連続テレビ小説「ごちそうさん」をはじめ、映画でも「女子ーズ」「アオハライド」そして今作と、出演作が一気に増えた。その原動力となったのは、「映像っていうものに出ている自分をちょっと把握できてきたというか、自分もそこに足を踏み入れていいんだと思えるようになったのが、この1年くらいなんです」と説明する。というのも、「デビューから舞台をやっていたこともあって、カメラに慣れず、楽しめずに終わっちゃったこともありました。『女子ーズ』くらいから何でもありなんだなと思えるようになって、楽しんで、萎縮せずにここにいていいんだということを自分に認めてあげるようにしています。その後は役のことをずっと考えていられることが幸せになってきました。映像に携わる事、お芝居を映像の中ですることもすごく楽しくなってきました。この作品もすごく大変ではありましたが、幸せな気持ちで終わることができましたね」と明かし、心境の変化を吐露した。
一方の妻夫木は、今年の公開作品が「ジャッジ!」「小さいおうち」「ぼくたちの家族」「渇き。」「STAND BY ME ドラえもん」「舞妓はレディ」「バンクーバーの朝日」と7本を数える。さらに、フジテレビ系連続ドラマ「若者たち2014」で主演を務めたのだから、その多忙ぶりはあえて語るまでもない。しかし、妻夫木に主演へのこだわりは微塵もない。
「主演として映画に出させて頂く事は光栄だし嬉しいのですが、あんまりこだわっていないんですよ。作品そのものに興味があるので、出演できるというだけで嬉しくなっちゃうタイプ。20代の頃はありがたいことに主役の作品が多かった事もあって『座長として……』みたいなことを考えたこともあったとは思います。ただ、『悪人』以降は全く考えなくなりました。そういう風に考えていた時期があったことは必要なことだと思うけど、役者って何が大事かって演じること。作品のなかでいい芝居をするということ。それが作品のためになることだから。いくら僕が座長として仕切りがうまくて皆をまとめていたからといって、その作品が良くなるとは限らない。最も大事なのはお芝居ですよね」。
李相日監督のもと「悪人」で主人公・清水祐一を演じ切ったことは、妻夫木に俳優としての“矜持”を芽生えさせた。と同時に、原点に立ち返らせたともいえる。「『悪人』がアップしたとき、『俺、本当に役の事しか考えていなかったな』と感じることができました。そうしたら、『ああ、そうだよな、もともとそうだったんだよな』と思ったんです。20代前半で『ウォーターボーイズ』に主演させてもらったときも、ただ純粋に映画に関われることを楽しんでいたなあって。その思いを大事にしないといけないなと認識しました。だから、今回の『バンクーバーの朝日』でも、座長とかそういうことは意識しませんでした」。
12月13日生まれのため、公開時には34歳になっている妻夫木。第34回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞に輝いた時に見せた涙から、早3年。新たなステージへと向かおうとしている妻夫木は、映画として「バンクーバーの朝日」という作品の出来栄えに大きな自信を持っている。
「とにかく皆さんに見てほしいんですよ。エンタテインメントという言葉が日本語として定着しつつありますけど、ちゃんとエンタテインメントしているのがこの『バンクーバーの朝日』だと思うんです。映画って娯楽であるべきですが、ちゃんと娯楽作品になっているし、芸術性という意味でも成立している。最近の日本映画にはない力を持っていると思うんですよ。この作品に出られてすごく嬉しかったし、これを撮った石井裕也っていう監督にはこれからもっともっと可能性が広がっていくと確信も持てました。この作品にゴーサインを出してくれた東宝さん、フジテレビさんにもすごく感謝している。ただただ映画が大好きな人たちが集まって、本気で作ったのが『バンクーバーの朝日』。何かを感じてくれだなんておこがましくて思ってもいませんが、本当に面白いんですよ」。
妻夫木のほとばしる熱情は、きっと日本国民の心に届くはずだ。そして、演じるということにどこまでも誠実な妻夫木、高畑が、思わず我を忘れるほど撮影に熱中するような企画が2人のもとに舞い込むことを願って止まない。