柘榴坂の仇討のレビュー・感想・評価
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明治六年、雪が…
Amazon Prime Videoで鑑賞(レンタル)。
原作は未読。
桜田門外の変で主君井伊直弼を守れなかった金吾が、13年に渡って襲撃犯最後のひとりを追い求める。明治の世となり、彦根藩も無くなっているにも関わらず、何故敵を探し続けるのか。その理由が明かされた瞬間、胸がギュッとなりました。
本作の井伊直弼は悪人のイメージとはかけ離れた風流人で、温和な人物に描かれており、金吾の挨拶での一幕は、人として直弼に惚れるしかなく、金吾の抱く想いに説得力を齎していました(中村吉右衛門、長谷川平蔵にしか見えない問題(笑))。
周りが洋服を着始めているのに、金吾は従来の二本差し、丁髷の侍スタイルを崩さず、役所を訪ねるシーンなど、ひとりだけタイムスリップして来たように違和感を伴って見えるのが、時代の変化を端的に示していて、上手いなと思いました。
たとえ時代が変わっても、捨ててはいけないものがある。
金吾の矜持が沁みました。
金吾が追い求める相手、直吉こと十兵衛。人力俥夫に身をやつしひっそりと生きていました。長屋暮らしで斜向かいの母娘と良好な関係を築いているものの、わざと深いものにならないようにしている様子。何かを待っている雰囲気もあり、誰かが自分を殺しに来ることを覚悟しているのかなと思いました。
奇しくも桜田門外の変の日と同じように雪の降りしきるその日、政府から仇討ち禁止令が布告されたことでふたりの運命の歯車が噛み合うだなんて、なんと云う皮肉でしょう。
柘榴坂で相見えたふたりの戦いに手に汗握りましたが、その決着に涙。一輪の寒椿が導く人生の機微。ひたむきに生きることもまた壮絶な戦いである。過去に囚われていた時間が動き出す結末がとてもエモーショナルでグッと来ました。
感情移入する人ほどやばい
チャンバラなどはそれほどなく、侍の心に沿った人間ドラマ。
泣いた。感動したからではなく、たぶん主人公と同じ、嬉しかったから。
時代の移り変わりと共に失われてゆく文化。
ただひたすらに使命を全うせんとする主人公に時代錯誤だ、もういいのだと諭す周囲に対し、同意する自分とどこかそれを悔しいと思う自分がいる。
名乗り合戦が清々しく、そしてそっとこぼれる仇討ちに執着する理由。思いもしなかった自分にはっとなった。時代も立場も関係ない、馬鹿らしいほど単純なことなのに。
それだけに終盤の対峙で情緒がやばかった。ついに、なのかようやく、なのか。なぜよりによってこの世で唯一、やっと見つけたのが彼なのか。もはや自分だけ、もう終わらせようと諦めていたのに、たった一人、たった一人だけ、ここにいた。
あまりの皮肉に憎さと、それを上回る喜びで涙がとまらなかった。
けして盛り上がる内容ではないだけに、素晴らしい役者たちの演技がこれを単なるお涙頂戴にせず、自然と主人公に寄り添って観られたんだと思う。名乗りとラストと殿のためにたびたび観ては毎回嬉し泣きしてます。
時代が変わっても武士は過去を清算しないわけにはいかない
総合:70点 ( ストーリー:70点|キャスト:75点|演出:75点|ビジュアル:75点|音楽:70点 )
かなり地味な内容なのだが、護衛の任務を武士として果たせなかった苦しみと両親がそれで自害した苦しみがあり、それが故に武士としての生き様を変えられず荊の道を歩む武士の重い枷が哀しかった。桜田門外の変以降は彼の生活に暫く大きなことはなく、ただひたすら仇討ちに生きざる得ない志村金吾の人生の浪費にいたたまれない気持ちになる。自分ならば時代の変化に合わせてさっさと生き方を変えちゃうだろうが、彼は武士だからそうはいかなかった。
結末はなんとなく読めたが、過去に囚われて過去を清算しないといけない武士の生き様と哀しさが伝わった。追われ続けた直吉も武士としての過去があった。やっと過去の清算がされて解放された彼らの姿が清々しい。
侍魂
侍の時代が終わろうとしている頃の物語。
洋服を着たチンピラ商人の前に次々と「助太刀いたす!」と現れ名乗りをあげる元侍達は勇ましくかっこよかった。
主人の仇を追い続けて十三年。
ただ、それだけの物語なのだがその想いは深く強く、その歳月があるからこそなお最後に味が出てくる。
侍の美学をみた、、、そんな映画でした。
焦点絞れず、企画倒れ感あり。
死なせてもらえなかった男と、死ねなかった男。
追う男と、追っ手を密かに待つ男。
生き恥をさらし続ける男と、誇りをひた隠して生きる男。
この物語のコンセプトは、キャッチコピーのとおりだろう。仇討ち本懐を遂げるためにひたすら敵を探し求めて13年、遂に追いつめたその時、時代は仇討ちを禁じたという運命の皮肉。
短編ならではの面白いシチュエーションだ。
が、脚色に消化不良を感じる。
武士の生き方をテーマに持ってこようとして、焦点が絞りきれていない。
なによりこの映画、リアリティーに欠ける。
逃亡する暗殺者がいつまでも江戸近辺にいるか?
追っ手の裏をかいて江戸に潜んでいたとして、捜索側は日本全国津々浦々駆けずり回らないか?
とか、とか。
さて、仇討ち禁止令が彼らの運命を変えたのか、という肝の部分。
いや、単に主人公が妻に対して仇討ちをやめた理由にしただけだ。
なぜ仇敵に「生きろ」と言ったのか、肝心な心境変化の過程が描けていない。
とはいえ、明治を生きる武士をある意味コミカルに描いていたり、台詞や所作で時代劇の良さを再認識させてくれるところは評価できる。
ミサンガはどうかと思うが、原作にあるのだろうか?
桜田門外の変の刺客の残党狩りみたいな物語で、リストにある者を探し出...
桜田門外の変の刺客の残党狩りみたいな物語で、リストにある者を探し出す金吾(中井貴一)と身を隠して生きる直吉(阿部寛)という話。
ラスト20分くらいに全てが凝縮されてる。
13年間のけじめとして直吉と斬り合う金吾。水戸者の命がけの訴えをおろそかに扱ってはならんとした井伊直弼。その家来であるがゆえ「亡き主君のお下知に従って、そなたを討つ訳にはまいらぬ。」
仇討ち禁止令がではない。
死に場所を失っていた直吉に対して俺も生きるからお前も生きろという。
最後の金吾と広末涼子とのやりとりは泣けるし、
直吉の「3人で湯島天神の縁日でもいきやせんか?おやすみなさい。」もあったかい。
疲れる映画だっただけど、こんなラストが用意されていたとわ。
武士の忠義
武士とは…
死ぬことも許されないまま、ひたすらに忠義を貫く者。
死に後れ、たった一人であの日に取り残されたまま、ただ息をしている者。
武士で生きることを辞め、違う道で身を立てながらも、心に炎の灯る者。
武士の終わりを迎えた明治。
孤独な闘いを続けた男たちの心意気が美しい。
恋愛とかではなくて、命を賭して好いた心だったり、命懸けで戦うからこそ通じ合った心だったり。
又、武士を支える女たちの武士道も本当に強く美しいんですよね。
武士道はまさに、日本の歴史の誇るべき心だと思います。
落ち着いた色合いの中で、真っ赤な椿がとても印象的でした。
久石譲さんの音楽も素晴らしい!!!
時代の変化
柘榴坂でのラストシーンは静かな雪が降り積もる中、とても緊迫感がありました
椿の花がとても美しいです
また、時代の変化により、武士の居場所がなくなっていく様子はとても切なかったです
世の中がどんどん西洋風に変わっていく…ただ、ミサンガのくだりはちょっとないなーと思いました
おそらく時代の変化の表現とラストシーンのための伏線(ミサンガのおかげで予想できてしまいます)ですが、ちょっと興醒めでした
全体的には観て良かった1本です
ひたむきな姿
幕末の桜田門外の変において主君井伊直弼の御駕籠回り近習役として仕えていた彦根藩士志村金吾は目の前で井伊の殺害を許して
しまう。切腹も許されず仇討ちを命じられた金吾は時代が明治となってもなお井伊を殺害した刺客を探し続ける。
やがて、車引きの直吉と名乗る佐橋十兵衛を見つけ出し、剣を戦わす。
最後の二人が出会ってからの淡々とした話をお互いがする場面は良かった。
ひたむきに生きるかっこいい男の物語でした。
生きて活かす己。
主演の中井貴一といえば「サラメシっ♪」と笑顔で喋り、
仇敵役の阿部寛は「エンブレ~ム♪」と叫びながら滑ってくる、
そんなコメディ俳優のイメージが板についてきた二人なので、
真面目な時代劇に大丈夫か?なんていう心配は杞憂だった。
浅田次郎の原作は知らない。短編集の中の一編らしい。
時代背景が奇しくも同日観た「るろうに剣心」と似通っており、
描かれるテーマにも通じるものがあって驚いた。
移り変わる時代の波に翻弄された元武士が矜持を貫くことと、
新たに生きることへの選択を迫られる。生き恥を晒してまで
生きるくらいなら潔く腹を切るのが武士の在り方と評された
時代、切腹も打ち首も許されず、ただひたすら主君の仇敵を
探すことだけに13年の月日を費やしてきた志村金吾。時代は
明治に遷り、仇討ち禁令が発令されたその日、金吾はようやく
最後の仇敵・佐橋十兵衛にたどり着くのだが…。
とにかく中井貴一の演技が素晴らしい。
静かな佇まいの中、表情を次々と変えてみせる。
敬愛する井伊直弼がまた中村吉右衛門、悪人のわけがない。
主君への忠誠が必ずやり遂げんと誓う金吾の意志を守り抜く。
彼の決意がどれほどのものであったか、藤竜也演じる秋元に
侮辱され斬りかかろうとする目は血走り鬼気迫るものがある。
命に代えて守らなければならないものが当時は主君だったが、
果たして今もそうであろうかという奥方の嫌味も的を得ている。
金吾にしても剣心にしても何をするのか腹は決まっているが、
問題はその後のことだ。
秋元と師匠の説教は、おそらく同じだったろうと私は思える。
女達の凛とした強さも良かったのだが(特に秋元の奥方)、
惜しむらくは広末涼子。彼女の演技が悪いわけではないが、
どうも相応しくない。妻というより妹や養女に見えてしまう
ほど若々しく血色がいい。ミサンガや手を繋ぐという所作も
せっかくの風情を打ち消すものになってしまって残念である。
武骨な車引きの阿部ちゃんも新境地。男の背中に泣いたぞ。
(歳がいってなければ^^;中井&小泉のペアで見たかったかも)
私にはあんまりだった
大好きな中井喜一と阿部ちゃんの出演してる映画だったので少々期待しすぎちゃったかな・・・
う~ん・・・
私にはあんまりだったな・・・
内容的にも特別な物もなかったし・・・
中井喜一でもってるような感じかしら・・・
広末涼子も良かった☆
3/10
ひたむきに生きることのシンボルとなる寒椿がアップされたとき、思わす感動の涙をこぼされることでしょう。
主人公の武士の矜恃をひたすら守つけようといる姿に感動しました。試写会終了時では久々に大きな拍手に包まれました。さすがは原作が浅田次郎だけの物語であります。単なる仇討ち映画と侮ってはいけません。仇討ちは幕末を超え、ついには、明治6年2月7日に明治政府から仇討ち禁止令が布告されてしまうのです。ことの顛末の起こりとなった桜田門の変からとうに13年も経ってしまいました。
もはや幕府も主家の彦根藩もなく、主君をむざむざ殺されてしまった汚名を挽回されることもなく、もはや武士の意地と体面など死語となってしまった明治の世において、何故、何の目的で主人公は仇を求めていまだ探し続けるのか。何故に髷を落とさず刀を差し、武士であり続けようとするのか。その矜恃が謎解きとなって、ラストシーンで明かされるとき、思わずもらい泣きしてしまうくらいの感動が待ち受けていました。
時代劇ではありますが、描かれることはひたむきに生きることの大切さを問いかけたヒューマンドラマです。ひたむきに生きることのシンボルとなる寒椿がアップされたとき、その一輪の輝き、生命力の強さをクグッと感じられて、観客の皆さんも思わす感動の涙をこぼされることでしょう。
それにしても主人公の金吾が、十兵衛の行方を突き止めて出会う日は、何と劇的なのでしょう。まさに仇討ち禁止令が布告されたその日。しかも桜田門での事件と同じように雪がシンシンと降り注ぐ日に車夫をしていた十兵衛を金吾は呼び止めて、どこへともなく人力車を出してくれと命じます。
深い雪の中を、人力車を押しながら十兵衛に金吾が語りかけるシーンは、ずっと後まで記憶に残りそうな名場面です。分かっているのに金吾は当たり障りのない質問をするばかり。それでも、直吉という今の名前の前は何だったのかと尋ねた当たりから、もしやと十兵衛も金吾のことに気がつき始めるのです。
ここに至る前、伏線として十兵衛の暮らしぶりも描かれていました。所帯を持たず、質素に隠れるように暮らす毎日は、何かを待ち続けて準備しているようでもありました。十兵衛はひょっとしたら、金吾を待ち続けていたのかもしれません。そして、事件後に殺害してしまった井伊直弼の開国政策の正しさを思い知らされて自らを恥じ入り、抜け殻のようになった自分を金吾の剣で終わらせて欲しかったものと思われます。
金吾も藩命で自害することを禁じられて、ひたすら生き恥をさらしてきました。早く十兵衛を見つけて、大義を果たし自らも切腹して果てたいということが唯一の望みだったのです。そんな死に取り憑かれた二人が、柘榴坂の坂上でついに決闘することに。しかし、従来の仇討ちと違うのは、金吾は十兵衛に自分の刀をわざわざ差し出し、自分は脇差だけで戦うというのです。しかし、十兵衛も刀をとたん自ら自害すらしようとします。仇討ちというよりも、もはやふたりは競って死に急いでいるみたいです。
金吾は十兵衛と一戦まじわなければ、死んでも死に切れにない思いでした。13年間の思いを込めて金吾が刀を十兵衛の頭上に振り上げた瞬間、目にはあの寒椿が飛び込んできます。そして、ふたりの運命は予想外の展開に…。
また、金吾に十兵衛の所在を教えることになる秋元と金吾が対面するシーンも素晴らしい台詞の応酬でした。今は、司法省の警部に納まる秋元でしたが、幕府でも目付の要職にあり、桜田門の変で襲撃した水戸藩士たちの吟味にも関わっていたのです。
彼らは打ち首でなく、国士として名誉の切腹を許されました。その話を聞かされて、金吾は激怒します。しかし、秋元は井伊大老こそ、数多くの国士を葬り、国内を混乱させたった大罪人ではないかと、堂々と言ってのけるのです。さらに激高した金吾は、秋元に斬りかかろうとするものの、切るなら切って見ろと動じない秋元の肝の据わった姿が圧巻でした。長回し気味に二人の思いを滲ませるカメラワークが、絞り出す台詞のひと言ひと言に重みをずっしり感じさせてくれました。
このとき秋元が庭に咲く、寒椿を金吾に見せて、あのように辛いなかでもひたむきに生きてみないかと諭したことが、前途したラストの予想外の展開に繋がっていくのでした。
主な出演陣では、主演の中井貴一が素晴らしい演技でした。武士の誇りと覚悟を台詞だけでなく、凜と張り詰めた姿勢で全身で金吾の信念を体現していたのです。しかし堅物というイメージだけでなく、主君井伊直弼の素顔が好きだという理由を語る時の微笑んだ表情も人間味溢れて素敵でした。歴史書では強面に描かれる直弼は、茶や和歌、書を愛好する風流人だったのです。
一方、十兵衛を演じる阿部寛も、コミカルさを封印して、ひと目を忍び一介の車夫として生きる男の訳有りな孤独感をよく醸し出してくれたと思います。
本作は、金吾と妻のセツとの夫婦愛も感動的に描かれます。夫を献身的に支えるセツの姿は、見ているだけで涙を誘われることでしょう。そんなセツを演じている広末涼子のいじらしさは、どこか『おくりびと』を彷彿させてくる好演でした。
さらに出番は少なかったものの人間国宝俳優である中村吉右衞門の存在感たるや圧巻です。19年ぶりの映画出演であるとか。きっと彼が演じたことによって、井伊直弼のイメージが大きく変わることでしょう。
久石譲の音楽も素敵でした。
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