海難1890のレビュー・感想・評価
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奇跡の絆が時代を超える
本作は大きく分けて2部構成になっています。
1つは1890年、和歌山県串本沖で起きた、オスマン帝国の「エルトゥールル号」遭難事件。もう1つは1985年イラン・イラク戦争における、テヘランからの、日本人救出劇です。この時トルコ政府が旅客機をチャーターし、日本人を救出したのです。
本作は日本・トルコ友好125周年を記念して製作されました。
明治23年(1890年)トルコの親善使節を乗せた「エルトゥールル号」が和歌山沖で嵐に会い、座礁。船は大破してしまいます。乗組員は600名を超えていました。そのうち500名以上がこの遭難で犠牲となってしまいます。
この遭難事故を真っ先に見つけたのが「樫野崎」(現在の串本町)と呼ばれる、和歌山南端の小さな小さな漁村の人たちでした。
当時としては、世界最大規模の海難事故であったそうです。
小さな貧しい漁村の目と鼻の先で、そんな大惨事が起ころうとは。
まさか?!の事態です。
とにかく、村人たちは必死で救助にあたります。
そこで彼らは更に驚いてしまうのです。
「異人さんや!!」
開国したニッポンとはいえ、地方の貧しい漁村では、外国人を見るのは初めて、という人も多かったでしょう。
明治という、まだ生まれたての国家は、急速な近代化を図っていた時期です。この漁村にも、郵便や、新聞、それに軍人などから、新しい首都、東京のニュースは伝わっていました。
トルコの親善使節を乗せた「エルトゥールル号」が、大役を果たし、帰途についているという報道はこの和歌山の寒村「樫野崎」にも伝わっていたのです。
村人たちの眼の前に起きたのは、まさにそのエルトゥールル号の遭難。
この村には、ちょっと変わり者の医者が住み着いていました。
田村元貞、という元紀州藩士です。
この医者、貧しい人からは、治療費を受け取りません。
村にとっても、遭難した乗組員たちにとっても、この医師、田村がいてくれたことがまさに奇跡でした。
冷たい海から引き上げられ、次々に運ばれてくる乗組員たち。
助ける!
とにかく、一人でも助ける!
ここで、田村は冷静な判断を下します。
いわゆる「トリアージ」を行うのです。
助からない者、重傷者、軽傷者、を分ける。
そして、重傷者から先に手当てしてゆく。まさに命の選別をする。
乗組員の体は海に浸かり、冷え切っています。
「火を起こせ! 湯を沸かせ!! 粥を作れ!」
村の女たちも総出で救助を手伝います。
村長(笹野高史)は村人たちを集め、緊急の寄り合いを開きました。
「すまんけんど、人助けだ。少しでもいい、米を出してくれないか……」
貧しい漁村は、普段でも食うや食わずです。
遭難した乗組員の食糧調達は、村にとって、極めて大きな負担でした。
しかし、村人たちは皆、唇を噛み締めて、村長の意見を聞き入れました。
こうした懸命な救助によって、トルコ人69名の命が救われました。はるか遠い海原を超えて、オスマン帝国からやってきた乗組員たち。
彼らはこうして故国へ無事に帰ることができたのでした……。
このエピソードから95年後のこと。
1985年イラン・イラク戦で、中東は緊張状態。イランの首都テヘランには215人の日本人が取り残されていました。
サダム・フセインは、イラン上空を飛行する航空機は、民間機であろうと無差別攻撃すると宣言。
猶予は48時間です。
このとき日本は、危険すぎるということで、民間機、自衛隊機をテヘランに派遣できませんでした。代わりにとった苦肉の策が、トルコに日本人の救出を依頼する、というものでした。
空港にはすでに各国の救援機が、やってきては自国民を救出し、矢継ぎ早に飛び立って行きます。
空港に残されたのは多くのトルコ人、そして日本人でした。
このとき、日本政府からの依頼を受けたトルコのオザル首相は、決断を迫られます。
イランにはまだ多くのトルコ人がいる。自国民を助けるべきか? 日本人を助けるべきか?
と言う訳で……。
本作では、ふたつのエピソードを通じて、日本とトルコの友好関係、その絆を描いて行きます。
そのなかで、際立っているのは、明治に生きた、名もなき人々の「無私の行い」ということです。
歴史家の磯田道史氏には「無私の日本人」という優れた著作があります。
実は、江戸時代からすでに、各藩の領民たち、土地の地主たちの中に「おおやけ」「公」の意識を持つ人たちが相当数いたことがわかるのです。
幕末、明治維新、近代国家への道。これらの流れは、全国各地で同時進行的に実にスムーズに達成されていきました。その要因の一つが、日本列島各地に、名もなき「おおやけ意識をもつ人たち」が「分散して」暮らしていたことにある、と私は思います。
本作ではその「おおやけの意識」を持つ、医師の田村元貞や佐藤村長、そして名もなき漁師たちの働きが感動的です。
ただ、これだけの感動的なエピソード、紛れもなく本作は「超大作」の骨格を持つ物語です。
それにしては、オスマントルコの軍艦や乗組員たちの描き方がいただけませんね。
これが本当に600名を乗せていた船なのか? と疑問に思うほど、あまりに小舟に見えてしまいます。また、国家の威信を背負って日本への旅についた乗組員たち。
その役目は、国家元首である明治天皇への返礼、その親善儀式への出席にありました。
なのに、この大事な儀式は全く描かれておりません。
ゆえに、この作品において、はるばる大航海を行って、日本の国家元首に謁見する、という軍人たちにとっては極めて「名誉ある任務」の重大さが、いまいち観客に伝わってこなかったのが、やや残念ではありました。
ただ、国や、人種の違いを乗り越え、更には時代さえも乗り越えた、トルコと日本の友情関係。これは世界史の中でも、極めて珍しい出来事ではないでしょうか。
本作のエンドロールはぜひ最後までご覧ください。トルコからの親善メッセージがございます。
作りが読める
日本とトルコの友好関係がどれくらいか分かる!
これは、かなり良い映画ですね!日本とトルコがどれくらい仲が良いかが実感して分かりました!かなりってレベルですね!
最初、両国の文化が映し出されます。日本が当時どのように生活していのとか、トルコとはどーゆー街並みだったのか映し出されており、どちらも素晴らしいと感じました。
素晴らしい点があるのはこの映画の特徴とも言えるところがたくさんあります。トルコが日本の象徴的な物を褒めるような場面があったり、日本人がいかに親切か教える場面もあり、心が温まりました。
そして、そのお互いの親切は時を超えても尚続いているという事を分からせる場面もあり、トルコの事を少し気にするようになりました。
それだけじゃなく、ドラマ性もありました。むしろ、そのドラマ性が日本とトルコとの友好関係を映し出したと言えるかもしれません。心温まる映画、ありがとうございました!
歴史のお勉強
ストレートな美談。
2015年日本とトルコが友好125周年を迎えた記念に製作された合作映画。
1890年に起きた「エルトゥールル号海難事故」と、1985年の「テヘラン邦人
救出劇」が時代を遡って前後に描かれる。1890年の史実を知らなかった
私には非常に勉強になったが、あくまで政府絡みの「美談」であることを
強調する(つまり両国の良さをそれぞれが前面に推している結果が)やや
気恥しいくらいにストレート過ぎて、若干退き気味になる点も多かった。
合作の難しさを改めて浮き彫りにした感じ。演じる俳優は熱意を持って
それぞれが好演しており、歴史事件の意味では分かり易く情緒豊かでも
ある。反面、二役演じる俳優人同士の心の繋がりや恋の行方は中途半端、
当時の日本政府は何をやっていたのかが見えずに腹の立つシーンも多い。
身を呈してトルコの人々の命を救った和歌山県串本町の人々の行動力と、
無差別攻撃の開始が迫る中、我先に助かりたいと思う人々が日本に対し
協力を惜しまないで搭乗を優先させてくれたことへは改めて感謝できる。
(個人個人が誇りを持って行動した結果が功を奏することを学べる作品)
日本のシーンでは島の人たちが、テヘランのシーンではトルコの人たちが...
日本のシーンでは島の人たちが、テヘランのシーンではトルコの人たちが良い人過ぎて、にわかには信じがたい気もしたけど、観てるうちに自然に涙が溢れてきたのは確か。
『情けは人のためならず』を痛感されられた映画だった。
ただ終盤は、自国の民間人を助けようとしなかった日本政府等に腹が立って、情けなくて、そういう意味でも泣けてきた。
エンドロールが終わってから流れたトルコ大統領の挨拶のシーンで、なおさらそう思った。
これが日本でなくて他国同士の話なら良いお話だったと思えたのだろうが、観終わった後に日本という国の情けなさだけが心に残ってしまった。
(特に島での救出~トルコへ戻るまでの)役者さんの演技は素晴らしかっただけに、残念。
みんないい人だ。
エルトゥールル号が和歌山沖合で遭難したのが1890年。
イラン・イラク戦争で多くの日本人がテヘランに取り残されたのが1985年。
日本とトルコをつなぐふたつの出来事を端正な演出で描く。
田中光敏監督の映画とは比較的縁があって、けっこう観ている。
真面目な映画が多いという印象である。
本作もかなり真面目な映画であった。
真面目が悪いわけではないし、いい人しか出てこない映画は気持ちがいいけれど、何かが足りないのも確か。
エルトゥールル号の乗組員の身体が冷えきっているので裸になって温める、という件では、和歌山のお母ちゃんたちがブアーッと裸になって、というのが映画的というものであろう。
トルコの首相が、「わが国民を信じる」と言い切ったのはかっこよかった。
感動と共に日本人が考えるべき問題も。
エルトゥールル号に纏わる日本とトルコの親交は知っていたけれど恥ずかしい事にイランイラク戦争でテヘランからの邦人救出にトルコが救助の飛行機を出して下さったことを知らなかった。
あの時、テヘランで戦火にのまれる寸前の邦人が絶望の淵で
「何故?日本国は我々を助けに来てくれないのか」と言ったが、これこそが我国日本がキチンと目を開いて考えなければならないことだ、とも痛感した。
拉致された邦人を助ける事も出来ない日本の憲法。
安保法制でも、まるで賛成すれば戦争になるかの様な報道振りに、国民が知るべき事を知らされない実情が分かる人には分かった。家族がこの邦人の立場になればきっと泣き叫び真剣に考えなかったことを悔やむに違いない。
話は逸れたが、
日本人の真心と勇敢なトルコ兵士を祖先に持つトルコ魂を感じ、その二国が未来も強く優しい精神を以って仲良く出来る事を願うキッカケになった感動の映画である。
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