劇場公開日 2015年2月7日

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「二分配するミニプラグ」はじまりのうた 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0二分配するミニプラグ

2020年7月11日
PCから投稿

NYのクラブで、グレタ(キーラナイトレイ)の演奏を、ダン(マークラファロ)が偶然耳にするのが、この映画で、いちばん魅力的なシーンでした。

グレタは男にフラれたばかり。
意欲もプライドもボロボロ。
ミュージシャンとしての前途も白紙。
ルームメイトのスティーヴに、クラブに連れ出され、なかば無理矢理、演奏をリクエストされ、いやいやながら1曲、弾き語ります。

失恋の暗い楽曲、アンプラグドで、歌声にも精気がありません。
クラブが残念な空気感に包まれてしまいます。
でも聴衆の中でただ一人、ダンだけには、バックを据えたカラフルな演奏が聴こえてきます。
傷心女のしめっぽい弾き語りが、ダンの頭の中ではドラム・ベース・ピアノ・チェロ・バイオリンを加えたバンドサウンドに変換され聴こえてくるのです。

ダンにとっても、その日は最悪でした。
送られてくるデモテープはクズばかり。長年の相棒から馘首されレーベルを追い出されます。娘にも見限られ、妻から罵られ、クルマもエンコ。
列車遅延で飲みしろも無いのにクラブに寄ります。

そこで偶然グレタの歌声に出会うわけです。
「これだよこれ俺が求めていたのはこれなんだよ」というセリフはありませんが、そう言っているのと同じ状況がスクリーンでおこります。
インベスターとクリエイターは、きっと、こんな感じで出会うのだと思います。

DVDをすり減らすほどこのシークエンスを見ました。
バスドラが入るところのダンのエアスティックを振り下ろす仕草!なんど見ても鳥肌がたちます。
私もオンガクを聴きながら、あのマークラファロと全く同じ仕草になることがあります。
電車に乗っていて、人混みにいて、あるいは街を歩きながら、インナーイヤーから聴こえる8ビートに、思わず拍をとってしまうことがあるからです。
平凡な風景が意味のあるものに変わります。

二人はバンドをあつめNYじゅうでライブ録音。裏路地、駅、手漕ぎボート、屋上。
録音はPC、コーラスは近所の子供、風防はストッキング、ダンとスティーヴでプロデュース&ミキシング。
警察から逃げ回り、うるせえぞと怒鳴られ、NYの環境音がそのままオンガクになっていきます。

ダンとグレタは互いのお気に入りプレイリストを聴きながらNYを歩き回り、信頼を深めていきます。
2つに分岐したイヤホンジャックが重要な役割をはたします。まるでミュージシャンのPVを見ているようでした。

マークラファロはハリウッドでも最高に作品に恵まれた俳優だと思います。怪力ハルクでもあります。フォックスキャッチャー、スポットライト。未見ですがTodd Haynesの新作Dark Waters (2019)にも主演し好評です。疲弊した大人と純情な少年が同居しているような役者だと感じます。ダミ声ときれいな瞳を持っていて、いつも困ったような表情がかえって汎用です。

ところでグレタとデイヴ、二人の破局のきっかけのシーンはかなり微妙でした。
新曲を聴いて、いきなりビンタ。
Mind Readerかよ?と言ったデイヴには私も同意します。が、グレタ読みは合っていて、二人は離れます。
グレタはしがないストリートミュージシャンをやっている古馴染スティーヴのところへ寄宿。
ちなみにわたしはスティーヴ役ジェームズコーデンとセスローゲンをときどき混同します。

ナイトレイはきれいな人ですがファニーフェイスだと思います。グラスジョーていうか、脆そうなしゃくれアゴが特長です。中世の姫より現代劇のほうが似合うと思います。冷やっとした美人ですが笑うとふわッと温かいです。特に歯をニィっと見せて破顔で笑う顔はすごい魅力です。体型は昔のミシェルファイファーみたいに折れそうで、もっと増やしてもいいのではないかと思います。

そのかわりダンの娘バイオレット(ヘイリースタインフェルド)の肉感はそそります。マティ・ロスのときは小熊みたいでしたが、ほんとにオンナっぽくなりました。上背もあり、思いのほか大きなひとです。わたしはナイトレイよりむしろスタインフェルドに参りました。この人のゲジゲジ眉とぷっくりした頬が好きです。

ダンとグレタの出会いまで、またグレタとデイヴの別れまで、映画は何度か時間を巻き戻して描写しています。それがとても効果的です。

傷ついた人が出会い、オンガクを仲立ちに再生する姿を目の当たりにし、彼らが痛手から快復してBeganAgain(またはじめる)するプロセスを追体験できるのです。

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津次郎