「他にはない、深く感慨深い幸せ…」グランド・ブダペスト・ホテル もしゃさんの映画レビュー(感想・評価)
他にはない、深く感慨深い幸せ…
今回もやってくれました。
個人的にはムーンライズ・キングダムに魅せられて、期待に期待をもって見たのですが、期待を大きく上回る名作です。
ノスタルジーの強い素敵な世界観は相変わらずなものの、もう、コマーシャルでみたミニチュアみたいなピンクのホテルがかわいすぎて…とは思っていましたが、ファンタジー度合いがさらに洗練されて、本当に入り込める世界観が素敵すぎます。なんていうか、いちいち温かくていちいちかわいい。
作中に雪の中をスキーとソリでチェイスをするシーンがあるのですが、もう作り物感満載(笑)これがまた温かい…。実際の町の素晴らしさもあるけど、なんといってもこの温かさが他にはない素敵さです。
物語は、グランド・プダペスト・ホテルに旅をした作家の回顧から始まりますが、この回顧って手法ってノスタルジーにぴったりですよね。最高のおもてなしを信条する伝説的なコンシェルジュのグスタヴHをしたってくる老女たちで繁盛しているこのホテル。そのグスタブの顧客である大金持ちのマダムDがなくなり、その遺産相続をめぐってグスタブに殺人容疑がかけられ収監されてしまう。グスタブはベルボーイのゼロとともに、嫌疑を晴らすべく奔走するが、事件はさらに拡大し…。
いやまずもって、このグスタブことレイフ・ファインズ。本当に随所にわらかしてくれますよね。ゼロの回想の最初のシーンで、グスタヴがてきぱきと夫人の荷物を準備し、いよいよホテルから出るシーン。夫人は自らの身の危険を感じ、グスタヴとはなれたくないと伝えるのですが、この時のいなし方や身のこなしが本当におもしろすぎる。もてる男ってすごいわーと笑ってしまいます。ただ、このグスタヴはホテルマンとしては一流ながらも、人としてはひと癖あり。老女に人気があるのもだてではないわけですよね。女性には優しく、見栄っ張りで虚栄心が強いのかな。ホテルの中でもとりわけ仲間を厳しくしつけながら、訓示をおこなってしまうほど。
ただ、マダムの晩年をつきそったからでしょう(もうホストですけど…)マダムは名画をグスタヴに託し、その名画をめぐって、マダムの長男にはめられるわけですね。
ここからは、笑いありネタありのファンタジーです。もういちいちテンポがよくって。グスタヴから名画を取り返すために、多くの人が亡くなるのですが、代理人のコヴァックスが指を落とされるシーンとか全然なまぐさくなくって、その演出手法も一環してよかったです。
世界観のよさ、笑いありの仕掛けの楽しさ、テンポの良さも非常によかったですが、個人的にはラストにとっても感動しました。
伏線はたくさんあったのですが、この文豪に昔話を話すのが、グスタヴの弟子でベルボーイのゼロ。
戦争で身寄りをすべてなくして国籍がないままホテルに雇われるわけですが、グスタヴはこの学も職歴もないゼロを雇い続けて、ゼロもまたグスタヴの教えに忠実に職務をこなし…。グスタヴが「ベルボーイはお客様が望む前に望むことをすること」と教えれば、マダムの遺産相続の会議で絵画を譲られることになったグスタヴが、当の絵画を眺めていると、それをはずすための椅子を差し出すほど…いや笑えますけど。身寄りのないゼロはグスタヴに仕え、グスタヴを本当に父のように慕っていたのでしょう。
物語の最初のほうにでてくる、グスタヴが死んだら遺産はゼロが継ぐという話のとおり、ゼロはマダムからグスタヴに引き継がれた遺産を継いで大金持ちになるわけですが、最後は全財産をはたいてこのホテルを買い戻し、年に3回ほど来ては、自分がグスタヴとともに働いた従業員の個室にとまる…。本編ではなくなった愛妻がこのホテルで楽しくすごしたから、愛妻のためにホテルを買い戻したといっていましたが、それにしても、この話の最後ってこういう温かいことだったんだ…って思ったらとても目頭が熱くなりました。
劇中にゼロが作家と風呂に入りながら話しているシーンで、ホテルが退廃してしまっていることに「こういう退廃的なことはわるいことではなく、むしろ好き」みたいなことを言うのですが、ただのどたばたのファンタジーなだけでなく、どこか懐かしい雰囲気もあいまって、過去への感傷的な思いを思い起こさせるラストに繋がってるのかなとも感じてしまいました。
モテ男のグスタヴが死に瀕した間際まで詩的表現を用いますが、この劇中本当に会話を隠喩や比喩で表現するのが多いこと多いこと。それがまた、ノスタルジーを誘うというか、とてもよかったです。
こんなご時世だからこそ、ノスタルジーと人と人のきずなみたいなものにに浸った温かさがラストシーンで身にしみる。そんな映画でした。