「過ぎ去った栄華を可笑しみとともに鑑賞した」グランド・ブダペスト・ホテル 長井 祥和さんの映画レビュー(感想・評価)
過ぎ去った栄華を可笑しみとともに鑑賞した
前々からウェス・アンダーソン監督の作品は観たいと思っていた
。本作が初めての鑑賞となる。
ブダペストと名のつくものの、存在しない東欧の小国にあるホテ
ル。その栄枯盛衰を通して、古き良き時代への感傷を描く本作。
全編を通して、美しきヨーロッパの栄光と退廃を味わえる映像美
が印象的である。そのカメラワークは変幻自在の技を見せる。あ
る時はわざと書割調にして。ある時はわざとくすんだ風に。また
ある時はモノカラーで。それも、これ見よがしというのでない。
CGを駆使した技術の押し売りでもない。あえて映画は作り物です
よ。と見せつけておいて、それでもなお見る者の心を懐かしき過
去へと誘う。これはなかなか出来ないことかもしれない。この相
反する感覚こそが、本作を印象付ける点である。
映像だけではない。本作の舞台は東欧の国と見せかけておいて、
実は架空の国。微妙に史実と食い違うエピソードの数々が本編を
覆う。そのずれが何とも言えないおかしみを本作に与える。描か
れているストーリーや映像はかなりブラックなものも含まれる。
それにも関わらず、くすりとした笑いが随所に挟まれている。登
場人物に奇矯な行動を取るものはいない。真っ当な人々がそれぞ
れの人生の一片を披露する。それなのに登場人物たちをみている
となんとも言えない可笑しさが心に満ちてくる。
本作の構造は4重構造である。ステファン・ツヴァイクをモチー
フとした作家の墓を訪れる若い女性。これが現代。続いて1985年
。老いた老作家が自分の創作の秘密を語る。そのうちの一つのエ
ピソードを披露する。それが1968年。壮年の作家はグランド・ブ
ダペスト・ホテルで謎めいた老人と知り合い、その人生を聞く。
その老人がホテルで働き始めたのが1932年。物語の殆どは1932年
に語られる。なぜ4重構造という持って回った構成なのだろう。
そもそもこの点からして一見真面目そうに見えて可笑しさがある
。これもまた、監督の仕掛けた隠れた笑いの一つ。
この一風変わった物語を彩る俳優陣がまた凄い。いちいち名をあ
げないが、主役級の人々がずらり。その中には私が好きな俳優も
いる。でも何といっても、主役のレイフ・ファインズの演技に、
真面目な中に一匙のユーモアという本作のエッセンスが込められ
ているといえるだろう。
是非とも他の監督作も観てみたいと思った。もっとも一緒に観た
次女はそうは思わないかもしれない。これはあくまで大人の映画
である。アナと雪の女王をもう一度見たいと言っていた次女には
悪いことをしたかもしれない。「こわかった」と感想を漏らして
いたし。
'14/6/8 イオンシネマ 多摩センター