「まあ、過渡期なら、って、えっ!?」思い出のマーニー しんざんさんの映画レビュー(感想・評価)
まあ、過渡期なら、って、えっ!?
会社がそうではないようで。
オレはアニメ映画のリアルタイム鑑賞も、レビューも基本しない。
理由は、オレがいける映画がないから。
この場合の「いける」は「CAN SEE」「CAN THINK(NOT UNDERSTAND)」「CAN TASTE」。
特に、「味わう」という点で、申し訳ないが偏見がある。
基本子供が観るものだ、という偏見。
世にいう、クレヨンさんの2作も、それのみだと、まあ別に、で、あれはせっかくの休日だが、子供を喜ばせたくて連れて行ったら、ことのほか面白かった、という意外性が大部分を占めている。
では、ジブリさんのは、というと、正直ある程度は見てるが、やはり絵が生理的にダメ(こんなやつ少数なんだろうな)
では、なぜ今回の「マーニー」を鑑賞したかというと、台風で動けなかった、が理由だが、駿氏でないので、若干だと思うが、絵が変わっているようにポスターから見受けられたからでもある。
しかし、予告でだいたい「マーニー」は「思い出」なのと、「まにこ、まきこ、まいこ」でなく「マーニー」なので、だいたい何者かは想像がついていた。
1)お化け 2)空想の友達
結果としては、まあ、両方だった、ということなんだけど、そのこと自体には全然問題はない。
これは主人公の成長の話、それは当たり前。
しかし主人公は、マーニーと別れると、田舎道でぶっ倒れていた、とか、船に置き去り、とか、おいおいマーニー、君は主人公に対してそれでいいのか?わざとか?
主人公の成長をを強く願うはずのマーニーの、主人公への思いがあんまり強く伝わってこない。
夏休みだし、ユーレイの出番なのに、おもしれえ人間来ねえかなあ、と思ったら、女の子が来たので、ちょいとからかってやれと思ったら、意外や意外な存在だったことがわかり、そのことおんなじくらいの姿で出てきてやりました、という風にしか見えなくもない。
実際マーニーの背景を、あのババアに語らして終わり、って、普通に心霊屋敷ものじゃねえか。
ま、その辺は、どうみるかだけの話だが、マーニーが主人公の〇〇である必要は全くない描かれ方であるのは間違いない。
だって一方で主人公が妄想の中の友達と出会いながら、ちょっとだけおとな豚な上級生と、自分ラブな下級生の出会いのおかげで、マーニーを必要としなくなった、と言う流れもあるからね。
ただ、その両方の流れをうまく見せることができたか、というと、そこは子供向けっていうのか、全部セリフで語らせちゃったりして、でもファンも多いジブリだし、と結果的に振れ幅が中途半端になってしまった、という印象。
ある人にはセリフで説明しすぎ、ってんで完全否定する人もいるだろうし、俺みたいなひねたおっさんは、マーニーイラネ、って話でもある。
これが、新ジブリの過渡期って本当はみんな思いたいんだろうけど。。。