寄生獣 : インタビュー
山崎貴監督&染谷将太「寄生獣」で積み上げた揺らぐことなき信頼関係
累計発行部数1300万部を誇る岩明均氏の伝説的な漫画「寄生獣」が、山崎貴監督、染谷将太主演で映画化決定と本サイトが報じたのは、2013年11月20日。原作の連載が「月刊アフタヌーン」で始まってから20年以上が経過していたが、原作ファンのみならず映画ファンは、上を下への大騒ぎとなった。あれからちょうど1年。約5カ月間の撮影を踏破し、10月下旬に完成した前編「寄生獣」は、第27回東京国際映画祭のクロージング作品としてワールドプレミア上映され、公開を待つばかり。紛れもなく今作の立役者といえる山崎監督と染谷に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
2005年に米ニューライン・シネマにわたった原作権が、契約期間終了に伴い13年に日本へ“戻って”きたことを知った山崎監督は、自らの手で映画化することを切望した。数十社による争奪戦の末、東宝が映画化権を取得した「寄生獣」は、正体不明の生物「パラサイト」が鼻や耳から人間の頭に侵入、脳に寄生して全身を支配してしまうという設定。染谷扮する主人公の泉新一は、右腕に寄生した「ミギー」との共生を余儀なくされ、ほかの寄生獣たちとの戦いや別れという数奇な運命をたどることになる。
前作「永遠の0」を興行収入87億4000万円と大ヒットさせたほか、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズなどで知られてきた山崎監督だけに、次回作として「寄生獣」の名が浮上した際、意外に思った人は少なくないだろう。だが、クランクイン前の段階で「『寄生獣』みたいな描写がすごく好きなんですよ。これまではファミリー向けの大作をつくるうえで抑えていましたが、実は大好き。僕はダークな人間なんですよ」と語り、待ち受ける困難を前に喜びを隠せずにいたことが印象深い。
それだけに、「全編を通じて意識したことは『単純なエンタテインメントにならないといいな』ということでした。パッと見はクリーチャー化したものが人間を襲うという、ある種、俗な映画なわけです。入口がすごく入りやすいし、面白そうな映画だなと思ってもらえるはずなんです。そこからお客さんを、どこまで連れて行くことができるかが問題だと思っていました」と先を見据えながら製作準備に突入した。ただ、山崎監督にはある確信があった。「原作を読み直してみて、今こそ語られるべき題材だなと思ったし、作品の裏に隠されたテーマは大きい。比較的軽い気持ちで入ってきてくれた方々を最終的にどこへ連れて行けるのかを考えたとき、僕はすごい力を持っている原作を裏切らないようにしなければ……、という点について気をつけて作ったつもりなんです」。
一方の染谷は、「演じ手として最初に思ったことは、『寄生獣』という題材があって、それを山崎さんが監督をされる……、これは大船に乗ったつもりでやろうと思いましたね」と笑う。山崎監督とは、「ALWAYS 三丁目の夕日’64」「永遠の0」、さらに今作でも主題歌を手がける「BUMP OF CHICKEN」の楽曲をもとに製作されたショートムービー「Good Luck」と3度タッグを組んでいる。だからこそ、「ちゃんとしたテーマが根底に流れているものを山崎監督が撮られたとき、決して説教くさくないんですよ。映画としてしっかりと楽しめて、それでいて見終わったあとにちゃんとテーマが余韻として残る。これを両立することって、実はすごく難しいことだと思うんですよね」と全幅の信頼を寄せる。横で聞いていた山崎監督は、照れ隠しのつもりか「ただ、言うことがムチャクチャでハードルが高いんだよな」と笑い飛ばしてしまうところからも、2人の絆の深さが垣間見える。
リラックスした面持ちの染谷の口調は、いつになく滑らかだ。「役者って主観的になりがち。主観的なことって比較的、映画のためになっていないことが多いんですが、監督はそれをちゃんと正してくださる。舵取りをすごく冷静にされる方なので、シーンの意図、セリフの意図だけでなく、細かく見た意図、大きく引いた時の意図が明確に伝わってくるんです。ただ、その意図っていうのは、確かにハードルがとても高いんですよ(笑)」。
染谷扮する新一の右手に寄生するミギーの描写しかり、映画を完成させるに当たって製作陣が取り組むべきポイントで最も大きかったのは、「PG12」(映画倫理委員会が定めた規定のひとつで、12歳未満の年少者の観覧には親または保護者の助言・指導が必要)の限界だ。山崎監督が「最初にPG12というくくりが僕らの前にそびえ立っていたので、許される範囲でどこまでいくのか。PG12の限界点を探るっていう作業を始めた」と話すように、プロデューサー陣がコンテやシナリオ持参で映倫に通い、「この表現は大丈夫か?」「これはどうやったらPG12におさめてもらえる?」など質問攻めにするなど、妥協は一切見られなかった。
「PG12について、かなり詳しくなりましたよ。人体損壊の瞬間は見せてはいけないとか、体から離れていれば大丈夫とか、いろんな決まり事があったので、最も過激なPG12を目指しました。ただ、ことさら残酷なシーンを見せたいわけじゃないんですよ。ただこれは地球という野生の王国で捕食に関するシーン。人間が天敵と出会ったときにどうなるかという実験の映画でもあるので、ドライに見せたかったんですよ。『ナショナルジオグラフィック』でライオンがインパラを食べるシーンって残酷だけど、野性の営みじゃないですか。その営みが、人間の世界を舞台にしたときにどうなるかを撮りたかったんです」。
そしてまた、今作では欠かすことのできない、もうひとりの“主役”ミギーについても言及しなければならない。名優・阿部サダヲが、CGとして描かれるミギーの声にとどまらず、全身にモーションキャプチャースーツ、頭部にヘッドマウントカメラを装着するパフォーマンスキャプチャー撮影に挑み、まさにミギーになりきって息吹を注ぎ込んだ。だが現場には、当然ながらミギーはいない。染谷は本番時、コンピューターにミギーの動きを取り込むため、右手にマーカーをつけて撮影に臨んだ。
ミギー不在の撮影現場で、染谷は孤軍奮闘どころか一人二役を積極果敢にこなし、いつからかミギーと同化していった。だからこそ、「現場では何もない状態でひたすら頑張っていたので、初号試写を見たとき、開始3分で涙が出そうになったんですよ。パラサイトがウネウネしているだけなんで、全然泣くシーンじゃないんですが(笑)。それぞれのキャラクターが浮き立っていて本当に素晴らしいし、VFXが役者の魅力を立たせてくれたり、役者がVFXの魅力を立たせたり、その相乗効果も面白いことになっていると思いましたね」と振り返る。
完成した映像を見たプロデューサー陣は、口々に「染谷君じゃないと出来なかった」とうなったという。山崎監督も、「ミギーが入って完全な映像ができあがった時、まるで最初からそこにミギーがいたかのようで、ちょっと驚がくした。目線の動かし方も含め、『こいつ、ここまで読んでやっていたのか?』ってね」と驚きを隠せずにいる。さらに、「僕もある種の計算のうえでは見ていましたけれど、CGをはめてみないとわからないわけですよ。撮影中に染谷が『ミギーが見えました』っていうから、『こいつ大丈夫か?』と思ったんですが、『あ、本当に見えていたんだね』っていうのが、画として理解できたし、染谷に任せて本当に良かった」と賛辞をおくる。
ビッグバジェットであろうがなかろうが、染谷の作品に注ぐ情熱に変化はない。だが、今作ほど役者冥利に尽きる作品はないといっても過言ではないだろう。染谷もそれを認め、「難易度は高かったですが、右手にミギーがいるというルールがあるなかで、だいぶ自由に遊べたかなという気がしています。いろいろ試して、監督に『こんなのはどうですか?』という提案もできましたし。楽しかったですよ」と笑みを浮かべる。
さらに、2部作という初めての仕事を通して、「当たり前のことですが演じるということは、はなから虚構じゃないですか。それをどう成立させるかということを、強く再認識した」という。そして、「こんなに長い期間、撮影をしたことも同じ役と向き合ったこともなかった。それって自分の中ではより虚構感が増すわけじゃないですか。それを成立させていく作業はすごく面白かったんですが、改めて映画を作るっていう根本をこれだけ皆さんとともに膨らませることができたからこそ、見直すことができたんでしょうね」と明かした。
日本のVFXディレクターとして先頭をひた走る山崎監督が手がけたからこそ、「寄生獣」という企画が成立したという側面はある。最新鋭の技術もつぎ込んでいくなかで、撮影に採り入れることができなかったものもあったが、どんな時でも常に判断は的確で早かった。現場では、カットがかかった後に「前編が●%、後編が●%、全体では●%撮り終えています」と共有されている光景が見られたことを思い出し、来年4月25日公開となる後編「寄生獣 完結編」の進捗具合が何%なのかを聞いてみた。
「編集は出来ていますけれど、ほぼ0に近いですよ(笑)。CGに関しては前編を完成させたばかりとあって、スタッフもヘトヘトで、いまは腑抜け状態ですよ。昨日、顔を出したら、みんなでプロレスゲームをやっていやがった(笑)。ただ、前編を完成させたというノウハウがある。これは大きいんですよ。普通は映画を1本作ると膨大なノウハウが蓄積されて終わるけれど、なかなか違う作品に転用することができないので、そこで終わってしまう。ただ今回は、前編のノウハウを後編に全て注入できる。これは初めての経験なので、楽しみでワクワクしています」。
原作の連載当時には実現しえなかった表現が、CGやVFXの進歩により現代では可能になった。今後も10年後、20年後と可能性が無限大に広がっていくなかで、映画表現において今作が果たす功績は大きい。「僕らの亡骸の上を、皆が乗り越えていけばいいんですよ」と冗談めかして笑う山崎監督だが、見据える将来について語る姿はどこまでも晴れやかな面持ちだ。
「実写映画の中に言葉をしゃべる生きたキャラクターがCGで出てきて、主役レベルで活躍する映画は僕にとっても初めてでした。初めてなのに、随分と大きなハードルを無理やり越えている感じですね。染谷の右手をデジタル的に追いかけなくてはいけないっていうシンプルな事であっても収穫はありましたし、実写の中にCGを入れて演技をさせるということについては、これからは今までよりも短距離で出来るようになると思いました。まあ、無茶はしてみるもんですね(笑)。ただ、同時に足りていない部分もたくさんあって、キャラクターのCGを作るっていう部分においては、必死に頑張ってもあれくらいしか出来ない。改善点もいろいろと出てきて、泥縄式というか現場で対応することは多かったんですが、実戦じゃないとわからない事ってすごくあるんですよ。それにひとつひとつ取り組めたということは、スタッフにとっても大きな収穫になったはず。こういうタイプの映画ってそうそうあるわけではないので、今後も自らそういう機会を捻出していくしかないし、試していきたいですね」。
染谷の「早く後編が見たいです」という言葉でインタビューを締めようとしたところ、山崎監督からすぐさま横槍が入った。「俺だって見たいよ! 誰か出来上がった本編を見せてくれないかなあ(笑)」。今後もこの2人の動向から、目が離せそうにない。