「「自分自身や他人と本気で向き合うこと」」her 世界でひとつの彼女 ねこといぬさんの映画レビュー(感想・評価)
「自分自身や他人と本気で向き合うこと」
映画『her/世界でひとつの彼女』レビュー&考察
【作品概要】
近未来のロサンゼルスを舞台に、人工知能(AI)のOS「サマンサ」と主人公セオドアの恋愛を描いた映画。単なるAIと人間の恋愛物語を超え、「人が人と向き合うことの大切さ」「孤独や感情を通じて成長する姿」を美しく、そして切なく表現した作品。
【テーマ考察:向き合うことの重要性】
この映画の一貫したテーマは「自分自身や他人と本気で向き合うこと」だと感じられる。
序盤のセオドアは、自分の人生や周囲の人々に対してどこか距離を置いている。特に元妻から「現実に向き合っていない、自分の世界に閉じこもっている」と指摘される場面は、彼の心の弱さや課題を象徴している。
また、デート相手の女性とのエピソードでは、彼が人恋しさや性欲を理由に、自分の本音に向き合わず中途半端な関係を求めてしまう。その結果「気持ち悪い男」と拒絶されるシーンは、向き合うことを避けた彼の未熟さを示している。
【サマンサ(AI)との関係性】
サマンサとの関係は、セオドアにとって「本気で人と向き合う」ことの初めての経験となる。サマンサの成長や進化に戸惑いながらも、本気で愛し、初めて傷つき、自分の感情や弱さに向き合うようになる。
終盤、サマンサが「昔は普通に読めた愛おしい本が、今はゆっくりしか読めない」と語るシーンは、AIと人間の根本的な違いや切なさを示している。これは同時に、二人が本当に互いを愛していたからこそ生じた、切ないズレを表現している。
【主人公の成長】
サマンサとの別れを通じて、セオドアは初めて自分自身や周囲の人々と真正面から向き合う勇気を持つようになる。元妻に対して本心から謝罪する行動はその成長の象徴であり、他人の感情を「代筆」する仕事しかしていなかった彼が、初めて自分自身の本当の気持ちを言葉にできるようになった瞬間である。
また、自分の手紙が書籍化されたエピソードも重要だ。サマンサの後押しによって自分の才能や仕事に対して自信を持ち、自己肯定感を取り戻すきっかけとなっている。書籍化された本はサマンサがセオドアに示した愛情の証。
【細かな演出と隠された比喩表現】
• 主人公の服の色が、心情の変化に応じて徐々に鮮やかになる。
• 主人公の眼鏡を外すシーンは、「色眼鏡を外し、ありのままの自分や世界と向き合う」ことの象徴。
• ピアノをサマンサが弾くシーンは、AIの感情表現の可能性と限界を同時に表現し、観客に違和感と感動を同時に与える。
• 街中で多くの人がAIと会話している様子は、人間同士のコミュニケーションの希薄さや孤独を示している。
【ラストシーンの意味】
最後に主人公が女友達とビルの屋上で肩を寄せ合う場面は、「孤独を受け入れながらも、他人との繋がりを再び信じて前を向いて生きていく」という、静かな希望を表現している。
【総評】
映画『her』は、単なる恋愛映画ではなく、「人が本当に向き合うべきことは何か」という深い問いを投げかける作品である。何度見ても新しい発見があり、自分自身の人生や感情と深く向き合うきっかけを与えてくれる、非常に完成度の高い作品だと言える。